とりかえばや 3

今まで何度か河合隼雄さんの「とりえばや」についてこのブログに書いてきましたが、
つくづく、いいアイデアだなあ、と思います。

外見が男であっても中身は「女」という人は結構多い。
自分が相手の女性性を引き出してしまうケースもあります。

私に対して「女」になってしまう男性と時々、遭遇します。
そんな時、こちらも「女」で接すると「女」対「女」になってうっとおしいことになります。

私が引き出してしまう「女」は「自分に似た人」だったりするのですが、嫉妬深い女性性をむき出しにする男性は何かを盗られたくないわけで、何を盗られたくないかを考えると、それは男を取られたくないわけです。
その男とははつらつとした才能ある美しい男であり、自分の中の憧れなんですね。憧れ、粘着しているうちに男は「女」化する。ということは「女」化している男は男性として強いコンプレックスを抱えているってケースが多いのです。

そんな「女」に絡まれたら大変です。「来た~」と思ったら徹底的に逃げるに限ります。しかし、逃げられなかったら?

一気に「おっさん」になる。
これはよく効く問題解決法です。

自分の中の「おっさん」要素を総決起させ、相手に西田敏行さんのような、伊東四朗さんのような、おっさんがいると思ってもらえるようにする。

たいていの「女」化した男性は私が「おっさん」モードになると安心して仲良くなってくれる。女の人がおっさんに安心するのと同じように。敵じゃないと思うんでしょうね。なんだコイツと思ってもらえる。

おっさんが通用しない場合もあります。「年増の女」化した男性は「おっさん」より「青年」がすき。
ていうか「おっさん」が嫌いな「女」化した男もいます。
青年になるっていうのは難しいんだけど。

そうやってそろりそろりと「女」化している男性の林をそうっと歩き抜けていかなければならない。
でなければ白雪姫のように毒りんごを盛られてしまう。

林の向こうまでたどり着いたら?
そこに待っているホンマモンの男のもとに駆け寄るのだ~!

この世の中には誰にでも自分を飛び切りの女にしてくれる男が1人だけいる。
この世の中には誰にでも自分を飛び切りの男にしてくれる女が1人だけいる。

そういう人と出会ったら、二つの勾玉がお互いを求める形で合わさって円となり、果てない旅に飛んでいける。

毒りんごを盛られないように林の中をそうっと抜けて走ってお行き。
林を無事に抜けるためにとりかえばやを上手に使って、ね。

ところで林の向こうにいる人ともう出会いましたか? 

スカッとどこまでも青い空のようなその人に。
やさしい花の香のするその人に。

とびきりの人に。あるいは1人の人のなかのとびきりの部分に。

by yoshi-aki2006 | 2009-05-21 06:22 | 生きる力 | Comments(0)  

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