今年もいろいろ勉強したなあ! 

組織論研究の一例。

年がら年中もめているヤジサン、キタサンがいて、
揉め事のたびに若手というか、中堅は「それっ」と動員をかけられるそうだ。

聞けばたわいもない話でもめているわけだ。要するにヤジサン担当の部署に関することでコミュニケーションを取り合えば五分で済む話なのに、キタサンは口もききたくない。だから間接材として若手というか中堅を投入して、てんこしやんこ、てんこしゃんこするわけだ。

仲良くしてくれよー、と若手、中堅の悲鳴。

仲間うちでの対立を話し合いで解決すればいいものを、ついに専門家を動員しての火事場にしてしまったんですね。

男同士ってそんなに嫌いは嫌いなんだろうかな?
女の私にはその感覚がさっぱり分らん。

嫌いは嫌いでも、仕事は仕事として、相手のすぐれた面は面として尊重し合えばいいと思うけどなあ!

こういう集団において私なら考えることはただ一つ。
後進の人が自分と同じような目に合わないように土を耕す。

公正な誰が聞いても納得される公衆道徳を作る。
贔屓の人には手厚く、そうでない人には、例えば同じ会費を払って運営している場なのに待遇格差があるなんておかしい組織だよなー。
それでは「汚い世界の人たちの集まり」と思われる。
味方には手厚く。敵にはとことん、不公平に。若手が逸脱して手盛りをしていても役に立つならと忠告しない組織。そんなこんなして質的劣化を招き、つぶれた会社はたくさんあろうに。

いろいろな例を見聞して、人生で成功している人の潔さに惹かれる。
内部対立から外にはじき出された人のその後を追跡調査した文献を見つけた。
それによると、あっさり職を捨てて腐った組織を後にした人は腐った組織が崩壊していく過程でたくさんの逮捕者が出るような状況とは無縁で、無傷で会社人として成功している例が多かった。

ある人は日本を代表する会社の社長になり、ある人は会社を起こしてその道で名を成している。
残ってポストに拘泥したり、組織の中の天皇職にしがみついた人は晩節を汚した例が多かった。

そうした症例をたくさん見聞して、天命としていろんなことを受け入れられるかどうかが人の人生のその後を決めるんだな、ということを学んだ。

そんなことを知って、私も則天去私の精神で日々の出来事を悔いなく決定していこうと思いましたねえ。
それには常に曇りのない視点でモノゴトを見ることだと思う。
人と初めて知り合った日のように遺恨なく、晴れの気持ちでどんな人とも曇りのない気持ちで接することが大切だ。
そう思えば、どんな人にも挨拶ができる。こびる気持ちや認められたいという劣等感があると、あの人は自分の味方、あの人は敵と色分けして偏る。
行動の指針は常に幼子がそばで自分を見ていると肝に銘じることだ。
するとしてはいけないことにはいけないといえると思うし、いいことにはいいといえると思う。

誰にも利用されず、悔いのない人生を生きていくために身につけるべきことがある・・・。
なーんてことを組織論で学んだのでありました。

いろんな人の例を見て学ばせてもらう日々。毎日、毎日が勉強ですね。
はあ、知恵熱で浮かされそうだ~。

by yoshi-aki2006 | 2009-12-23 22:55 | 日々雑感 | Comments(0)  

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