淡交

大学院時代の友達と一献。

こうして飲むのは半年ぶりかそれ以上だけど、
ブログを読んでくれていて、
その間に私に何が起こったか、どうしているか、そっと見守ってくれていたらしい(サンキューです!)。
その日の院友に共通していたことは「知らない世界があるんだな」と感じるやぱっと日本を飛び出し、日本人以外の人のライフスタイルや考え方、よしとする生き方に接し、言葉や知識をモノにして、早いうちから力まないで「自分流」を確立したことだ。

日本的な会社を「一部上場」であっても不毛な派閥争いが始まり巻き込まれるとみるや、あっさり退職し、起業し、それも無理が来たなと思うと、さらっと外資に転職し、そこで何百人もの人々をマネジメントする立場になっている人、外資でしっかりステップアップしている女性。

そして、彼女、彼は温かい人柄でいつでも答えてくれるけれど、不用意に踏み込んでこない点で見事だ。
欲のある人は腹に何かを隠して接近してきて、ちょっと親しくなると「実は」と何か持ちかけてくることが多く、それがその人にとってはいいことでも、こっちにとっては「?」なこともあるのに、そういうことがない点で利害が絡まない友たちは本当にいいな、と思うし一緒にいて心からホッと、する。

人を見守りながら、ある時は集まり、ある時はそっと心配し、トンネルから抜け出すと「よかったね」とほほ笑む。昔からこうした人と人との淡い交わり、淡交が人との付き合い方で尊ばれるのはできそうでなかなかできないことだからだ。

「貴様とおれとは同期の桜」式にがっつりだと勇ましいがともに玉砕の危険をはらむことがあるし、
どこに行くにも×ちゃんと一緒というベタトモが本当の友達だとは限らない。

淡々と人と付き合う。

今日の東京のさわやかな空気は季節のせいだけではなく昨日の院友との一献のおかげだと思う。

by yoshi-aki2006 | 2010-10-23 14:52 | 感謝 | Comments(0)  

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