達人の領域~人の許し方

「あの人のことは生涯、許さない」
そんな人が誰の胸の内にもいるかもしれない。

私もそういう思いを抱いてよく怒っていたなあ!

しかし、だんだんと考え方、感じ方が変わってきました。

人は鬼のような顔をしていても実はものすごく弱いものだと時々、いろんな事象から学ぶからでしょうか。

さかのぼれば、この数年、許し難いと思っていたこんな事柄がありました。
ある団体で、いつも人を脅かしつけ、大きな声で自分流の正義(?)を説く人がいました。
その人はコンプライアンス担当となって大嫌いな人、反目する人、自分の役職への就任を邪魔する人の追い落としを画策していました。自分の嫌いな人への言いがかりの材料をせっせとあさっていたのです。

汚い野郎だなあ。

私より年かさの人でしたが、私はその人の蹉跌を気の毒に思っていた時期もあっただけに、その人が人の追い落としを画策していると聞いた時は心から残念に思いました。

その人と気心が通じるQさんとその人こそ、厳密にいえばコンプライアンス違反をしていました。
その証拠を多数の人が持っていました。
しかし、私もほかの人もそのことを追及しませんでした。
なんだかんだ言っても同じ釜の飯を食べた仲間だと思っていたからです。

そのことが表ざたになるとコンプライアンス違反であり、役職に就くにははふさわしくない。
が、あえてその人とQさんのことをみなは追及しませんでした。
それは温情でもあり、
人としての品であり、
馬鹿なことに血道をあげる幼稚さを自分の人生から排除したいと思った結果でした。

が、その思いをその人もQさんも理解することは有りませんでした。
恩義ある人、先輩格に対し名前を呼び捨てにし、
批判的に見ていた私に対しても私が見込み客となりそうなときは「もみ手」で資料を送ってきていましたが(Qさんは研究職から契約制の営業職に就いていました)、ある団体で自分たちがポジションがとれると、態度が一変。「お前、何をおれを批判してる」と嵩にかかった言い方をするようになりました。

何人かの人たちで、
「Qさんの変身ぶりは誠に残念だ」
と嘆きあい、時に、私も強い感情で「許し難い」と怒っていましたが、

人の心に気がつくことなく、更生のきっかけをつかんで人として成長することのできない品性の人もいる、と思うようになりました。

武士の世界では、あるいは戦国の世界では、
こういう品性の人間は粛清、成敗する必要があるかもしれません。

しかし。

しょうがないよ。
温情に対し、刃をむき出す品性を他人が治すことはできない。

いい大人であればなおのこと。

品性のよしあし。

食べる口、排泄する口、子孫繁栄の口。

すべてをひっくるめてその人の品性なのだから。

そう思うことが私の許し方です。

きっと私もそうやって遠くから見てくれている人の温かい情けで突き詰められずに自分でゆっくり問題を通して学び、成長のきっかけを与えられたことがあると思えば。

by yoshi-aki2006 | 2010-11-20 12:28 | 人間考察 | Comments(0)  

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