立ち止まり、考える力。静かに怒り続ける力。NOといえる力。

おかしな話がたくさんあってふと読む本になるほどとうなずかされる。
こんな地震が多い国になぜ原発が推進されたのか? 平凡新書 「戦後日本とCIA」にヒントがあった。
もちろん、推進して儲けた人がいるからでしょう。その人たちは儲けて今や悠々自適ライフ?
それとも原発で苦しんでいる人の姿にこうべを垂れているだろうか。

電力が安定供給されたことで日本の経済発展はあったのだし、それで所得が得られた人、株価が上がってよかった人と辿っていくと私たちも担い手だったといえる。ならばせめて未来に禍根を残さないこれからの電力供給の在り方を考え、実現させたいものだ。

海外ニュースでは・・・。
よその家に自分の敵が隠れている。それを成敗しに行けば個人レベルでは住居不法侵入だし、理由はともあれ敵といえども襲撃すれば犯罪だが、国家レベルでは許されるのか?
パキスタンが主権の侵害を表明したというが当たり前だ。

おかしいことにはおかしいといおう。
その声がかき消されたとしても、疑問を覚えたことを忘れるべきではないと思う。

去年の今頃のひと悶着。あれも忘れられない出来事だ。

年間18000円の会費。みんなでそれを支払って維持されている研究者のための団体で
民主化と不正防止の規範作りを推進しようと役員選挙を実施した。にも関わらず選挙結果を反映しないまま現在も旧態依然として運営されている。

役員任期や職員の給料計算の方法、支払い上限規定を無視して給料もらい放題にならないようにしたい。その改革をしようというのが選挙の背景にはあった。
ところが選挙は公正性では不完全なもので、疑念が持たれていた側が逆のプロパガンダを流してよく事情を知らない人を洗脳し続け、結局もとのもくあみに。

怪しいことに加担した人たちを私は忘れない。
怪しい人らが自分の利益のために何をどう理由ずけて、これから何をしようとしているかモニタリングし続けよう。

立ち止まって考える力がなく、しょうがない、長いものに巻かれろ、金持ちケンカせずとただ流されれば原発災害と同じだ。安全神話を信じ込まされた、それと同じこと。

見て見ぬふりをして自分の損得、計算ずくで進めば、その流れつく先にはきっと最も見たくない事柄が待ってるよ。

だから忘れない。それは静かに怒り続けるということと同義語だ。
納得できないことには違うと思い続けよう。
利用されず、代理戦争の手先にならず、容易に迎合せず、こびない。へつらわない。
NOといえる自分で淡々と。

自分が未来のどこかで会いたい人とつながれるように。
自分の力がほんとに助けたい人に役立つように。

by yoshi-aki2006 | 2011-05-09 15:48 | 生きる力 | Comments(0)  

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