「食べていかない?」「お姉さーん、キレイ! 」と呼び止められたら

急ぎ仕事でバタバタ目的地に行き、ほっとして家路につく道すがら、
「はい、味見だけして行って!」とポンとかんきつ類をカットしたのがついた爪楊枝を渡された。

食べなきゃいいのに、つい、食べてしまうんですねえ。
わがサガにあきれながらも、相手のテンポにどんどん乗せられていきます。

この手のナリワイに手を染める怖い感じの人ではなく、男性は清潔そうなエプロンをし、首からなにやら社員証のようなものをぶら下げていました。
これですっかり、駅に入っているスーパーの特別販売員さんだという錯覚が生まれてしまいました。

ああ、いつも買う、あのスーパーの店員さんがこうして販売促進のために駅で果物を売っているんだ、とそそっかしい私はすっかり勘違い。

男性は私が試食フルーツを食べ終わるとすぐ別の果物の試食を勧め、手が汚れたらこれどうぞとウエットテッシュを差し出す甲斐甲斐しさ。

私が食べている間、「買う買わないは別、さあ、食べてって!」と道行く人にもカットフルーツを差し出しています。こちらは続けざまに食べて、はあ、と一息。ここで「ごちそうさまー」と帰ることもできたのにちょっと手をふきつつ、一瞬の間が・・・・。

すると、矢継ぎ早に「お姉さん、キレイ」「独身?」とか男性はやたらとヨイショ。
バカなことに、そういうことを言われて、ウフフと口元がゆるむと同時に気持ちの隙ができ、うっかりと「これ、いくらで売っているんですか?」と世間話のついでにみたいな会話をしてしまうんですね。

すると、男性はバネ仕掛けの人形みたいな速攻度で計りの上にかごを乗せ、「えーっといつもはこれで1000円なんだけどお姉さん、素敵だからオマケしちゃう!!」と大奮発をして見せる。

「はい、これで1000円!」

お金を出す間際、絶対高いよなーとちらっと思うけれど、ふるさと館などで見かけるご当地ものはそれなりの値段がついているから、「ま、いーか」と買ってしまう。

ここまでの流れは人間の心理をよく読んだ販売戦略になっていて、ある種、お見事というしかない。

帰りにスーパーに立ち寄ると、もっと新鮮な同じかんきつ類が私が買った値段のほぼ半値で売られていた。
「やられた~!」と思ったけれど、あれだけの話術を駆使して、あの場所に立ち、しなびた果物を売らなければならない、まだ働き盛りのあの男性にはそれなりの事情もあることだろう、と思い直し、高く買った500円分は数分間の「お姉さん、キレイ」という魔法のことば料にお支払いしたと思いなおした。

スーパーのレジで後ろに並んでいるお客さんがいないのを確認して、顔見知りのレジの女性に「見て見て、かくかくしかじかでこれを1000円で買っちゃったの。私、バカよね~、おバカさんよね~♪(このフレーズをうたえる人は相当レトロな人だろうと思うけれど)」とおどけてみせると、その女性は、「実は私もひっかかっちゃった・・・」とささやいた。

えーっ! 毎日、物価最前線にいるあなたが~!

と驚いたのだけれど、彼女と私の共通項は? と考えてみると、

お人よしっぽいところ????? もっというと・・・・・。はい。

でも、ま、果物売りの男性があの話術でもって、おれおれ詐欺でなく、かんきつ類を売っていることは、まあ、目くじらたてるまいとしよう・・・、なんて、やっぱり、おひとよし以上の××かしら?

そして、これからはタフネゴシエーションが必要なアジアの露天商と付き合うような日々がわが日本でも多くなるのだろうか、と、消費税法案審議の日本の行く末を思いました。

そうそう、私の理想の老人像は中国語と英語でけんかでき、仕込み杖で悪党どもを蹴散らす怪老でした。
情にほだされないようにしないとなあ!
いや、情がない社会のほうが生きにくいかも・・・。
ある程度の年齢に達すると白黒で物事を決めつけられず、複雑系思考回路に迷います。

露店で生きる糧を求める人が増えていくかもしれない厳しい未来に「そういう人にかかわるまい」とはねつけるか、「そうでもしないと生きていけない人もいる。健全な形で共存できないか」と考えるか。

日本の人情分岐点に今いるのかもしれないですね。

by yoshi-aki2006 | 2012-05-25 10:27 | 日々雑感 | Comments(0)  

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