生きていて欲しかった!~18世中村勘三郎さん~「中村勘三郎 最期の131日」波野好江さん著作

12月といえば紅白歌合戦という人もいらっしゃるでしょうが、私はどうも歌舞伎が気になるほうでした。
関西への出張があれば京都の南座に伺うことも楽しみの一つでしたし、
近年は春や秋の平成中村座を拝見することも大きな喜びになっていました。

ところがその歌舞伎の一大役者であった中村勘三郎さんが急逝され、なんともいいようのないさびしさを感じ、歌舞伎を見るのがつらくなりました。

親しい人、親族の逝去にも見舞われる中高年はその寂しさを埋めてくれる存在に気持ちを救われるものです。
そんな人々の光にもなって輝いていた18世 中村勘三郎さんはそれはそれは素晴らしい役者さんでその舞台は「お客さんを喜ばそう」に徹した見事なものでした。

思い返せば、ある日、聞こえてきたのは勘三郎さんの耳鳴りの不調でした。
時折、「俺はもうだめだ、と弱気になっている」との話も漏れ伝えられ、
「あり得ない」と思いながらも心配していましたが、
2012年春、復活!
スカイツリー完成に時を合わせたその舞台を見ることができました。

が、このブログにも書きましたようにその際、花ふぶきの中で怨霊となって踊り狂う中村勘三郎さんに何とも言えない寂寥感が漂っていたことを思い出します。

この前に拝見した時は弾けていたのに、おや?

と思いました。

間もなく、がん治療のため入院。
その後、あっという間に亡くなってしまいました。

フアンとしてはどうにも納得のいかない最期だったのです。

そうしたフアンの気持ちを汲んでくださったのでしょう。奥様の波野好江さんが一周忌に合わせたように集英社から本を出してくださいました。

一気に読んで納得できた部分が多々、ありました。

何で体が命の役者なのに手術などしてしまったのだろう?
それが私の感じる最大の謎というか、不満でした。

手術さえしなかったら、今もご存命であったろうと思います。抗ガン治療でがんはほぼ消失していたというのですから。

なのになぜ外科手術をしてしまったんだろう?
周りにいいアドバイザーはいなかったのか?
手術したから、4か月で死ぬことになってしまったんじゃないか。

ずっと、その点が納得できませんでした。

詳細は本を読んで各自ご判断いただきたいのですが、

笑福亭鶴瓶さんがやんわり、手術のリスクを伝え、翻意を促し、
妻の好江さんが止めようと

ご本人がどうでもと手術を選択してしまったようですね。
その理由は、ここからは私の推測ですが、

人を喜ばせたいという気持ちから医者も喜ばせたかった。
本の中にはご本人が医者を強く信頼している様子がうかがえます。(手術しないのは)先生に悪いじゃないか、ともおっしゃっていたようです。

また、勘三郎さんは意志の強い人。一度決めたらまっしぐら、というところもあるようです。

本人のプロデューサー的感覚から、がんからの奇跡の復活を果たすため、薬で治ってしまいました、ではなあ・・・と考える部分もあったのでは?

同じ病にかかり復活を果たした桑田佳祐さんは勘三郎さんと同世代。彼の復活の姿に自分の姿も重ねていたのかもしれない。

でも、奥様の好江さんが「もしも、あの時」と悔やまれるように、フアンとしても考えます。

がんが少々体のどこかに残っていても命があるのと
がんがすっかりきれいになって死ぬのと
どちらを選びますか?
そう、勘三郎さんに迫りたかったなと。

がんが少々体に残ってたっていいじゃない。まさか4か月で死ぬようなことはないでしょうに。
なんで体に大きな負担をかけてまで、すべてきれいに採らなくちゃいけないの?
手術が元で死ぬよりよほどいいじゃない。
医者から言わせたらとんでもないことかもしれませんが、私はそう思います。

好江さんの本を読んでつくずく思ったのは医者の世界は板前さんやシェフと同じでフランス料理のシェフがいきなり和料理はできないのと同様、医者はゼネラリストではなく、専門タコツボなのですね。
だから、その医者の専門分野と患者の病がベストマッチングするかどうかは運が大いに関係していると思います。耳鳴りの時のうつ病判断をした医師には私も疑問を感じました。

それと、患者側にもリスクの大小がある。同じ医者の執刀で桑田さんは治ったのに勘三郎さんは事後の感染症で死んでしまった。

周囲の人を心配させまいとして手術後、すぐ歩いてみせ、それが原因とも私には感じられる激しい嘔吐で結果的に肺に感染症を引き起こしてしまった。

自分のことのように辛く感じたのは、体を動かしてナンボの役者稼業なのに動くに動けず、ご自身のことを
「今はただの肉の塊」とおっしゃったとのこと。
聞くほうもいうほうも辛い状況でしたね。

もう一つは「(あなたの体を切り刻んで)癌は一つもありませんでした」と報告に来たというがんセンターの医師が帰ったあとの勘三郎さんは病床で動けない体を横たえて空しく窓の外を眺めていたそうです。

何のために自分は手術をして、こういう不自由な状態になっているのだろう? と情けない気持ちで一杯だったろうと思います。

考えれば考えるほど、あきらめようにもあきらめられない勘三郎さんの死ですが、
それでも、見方を変えればかつては肉体を使って私たちを魅了し、今は見えない力で私たちを魅了する状態なのだと思えば、少し慰められます。
かつてシビックホールでも観劇させていただきました
復活を信じた2012年春の平成中村座観劇
浅草でお神輿でお見送りした2012年12月本葬の日

東劇でかかっているドキュメンタリー。
観れば「惜しいお宝を失くしたなあ・・・」との思いが募るかもしれませんが、足を運びたいと思います。
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さて、12月恒例といえばもう一つ。
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週刊チャートブックの新春特別号です。
私も寄稿させていただいていますので是非、お手に取っていただければ嬉しいです。

by yoshi-aki2006 | 2013-12-31 11:10 | 感謝 | Comments(2)  

Commented by hikosaka at 2014-01-01 01:53 x
明けましておめでとうございます。
氏神様に参拝してきました。昨年は色々ご指導頂き有難うございました。今年も楽しみに元気な講演に参加したいと思っています。今年もよろしくお願いいたします。
Commented by yoshi-aki2006 at 2014-01-01 10:45
本年もよろしくお願いいたします。

今年も御一家の繁栄とご健勝をご祈念いたしております!

お役にたてるよう、精進いたしますのでどうか今年も叱咤激励いただければ嬉しく存じます。

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