そっと見守る

いつも一生懸命さと親切さ、素朴な人柄が伝わってくるスーパーのレジの担当さんがいた。
年のころは60歳前後。
特に言葉を交わすわけではないが私はこの人が好きで、どうせ並ぶならその人の列にと思っていた。

その人のレジで私の番が来た。「あ」と思った。その日の彼女の左目の周囲には紫色の内出血の跡があった。私の「あ」に気がついて、彼女は哀しそうに目を伏せた。すぐさま、私にはその跡をつけた人が暴漢などではなく、家族なのだと分った。

いつも明るく振舞っているけどいろいろ辛いことがあるんだな。私は何も見なかったというふうに努めて普通にお金を払い、その場を去った。

引っ越して以来、そのスーパーにはもう通っていないが、どうしているだろう。彼女の人生に楽しいことがたくさん訪れているようにと願わずにはいられない。

最近めっきりやせたA子さんのことも気にかかる。いつも明るく振る舞い、人に気ずかいを見せるよくできた人である。
ある日、「あれ?」と思うほど辛そうな日があった。その後、人ずてに具合が悪いのだと聞いた。
しかし、私は彼女の腕に内出血の跡を見た。つかみ合いのケンカをしたときにできる位置にである。夫や息子とうまくいっていないんだろうか?

どうした、どうした、と聞くのは野暮だ。努めて知らん顔をし、そっとしておいてあげること。その人が晴れの顔に戻ったとき、また何事もなかったかのように接すること。それがエチケットというものだ。

人が入院したような話を聞くと、大騒ぎして花を持ってはせ参じたり、花を贈ったり、電話をかけたりしがちだが、健康人の常識で行動するのは残酷だ。

そっとしておいてあげるのが一番の情である。
相手が頼ってきたときだけしっかり応えてあげればいい。
間違いだらけの冠婚葬祭術みたいなことを山ほどやって、ようやくそんなことが分るようになるわけだが。

by yoshi-aki2006 | 2006-07-29 23:09 | 人間考察 | Comments(0)  

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