本音の津波

パーソナルの語源、ペルソナ。
仮面という意味だ。
本音と建前でいうなら仮面は建前だろう。
私たちは日々、大なり小なり仮面をかぶって人と接している。
しかし、このところ、この本音と建前に関する事件事故が多い。
奈良・一家三人焼死事件の犯人である高校生は試験の成績が悪いと暴力を振るう父にあわせる顔がなくなって、「全てなくなればいい」と家に放火した。

「ごく普通の子」といわれるいわゆるいい子の事件が後を絶たないが、普通の子の仮面をかぶっていても本音の部分では怒りが増幅している。


表の顔が振られる、倒産の危機、などで否定されたとき、あるいは否定されそうなとき、
「なにくそ」という力は裏の顔、本音と建前でいうと裏の顔のほうが力を発揮する。

しかし、この裏の顔、本音の顔の部分は誰かに丸ごと肯定してもらわないとパワフルには機能しない。
そして、この部分が病んでいたり、偏っていたりするととんでもないことをしでかす。

おばあちゃん子は三文安い、といわれるように、小さい頃、身内にちやほやされすぎるとこの裏の顔が偏る。

高貴な人の子はこの部分を育てるべく、親が幼少のみぎりから高僧や学者、識者に養育を任せる。親の寵愛で子をだめにしないように。「公」が分る人間=人の上に立って人の役に立つ人間にするために。

育児の真っ最中の知人の奥さんからの年賀状に「育児とは育自なんだと気がついた」という名言があった。

夏休み、親子ずれでどこも満杯だ。
自分でできる子。考えられる子。いいこと、悪いことがわかる子。そんな子供に育って欲しい。
電車内で優先席に座りながら、化粧にいそしむ若い女性や平気に1.5倍の横幅を占領して他者に配慮することなくだらしなく座る中年男。悪い大人のお手本に染まることなく。

それとどんな形であれ、愛の道筋をつけられる人間になってもらいたい。
誰彼なしに異性交渉を持つ浅ましい魚食家にならず、一筋、筋の通った人の愛し方ができる人間。

人を愛する力も本音と建前でいうなら、本音の部分で、だろう。
本音の部分が病んでいると愛の道筋をつけられる人間にはならない。
自分をちやほやしてくれる人ばかりを求めて、魚のように泳いでいく人生を送ることになる。

それが満たされないと異性を監禁して思い通りにしようとする。

建前、仮面社会の価値観で成功しても、本音部分が全てをぶち壊す。
女性監禁事件の大阪の男の親はマンション一棟を所有する資産家だ。
建前社会では資産家として成功しても、まるごと愛し愛されないと育成しない本音部分では敗北者になってしまう。


ファッション誌的なライフスタイル、消費社会でのステイタスを志向する、バブル期入社世代は
特に気をつけたい。建前社会で成功しても外からは見えない本音部分をおざなりのするとしっぺ返しは津波のようにやってくる。

by yoshi-aki2006 | 2006-08-07 06:47 | 人間考察 | Comments(0)  

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