人間と未来

「子供は私の命」という親がいる。
「株式市場が生きがい」という投資家がいる。

みんな「未来」を産むものに「希望」を見出し、ある種、執着するのだ。

植物を育てたり、動物を飼ったりするのもみんな、そのものの持つ未来に私たちは惹かれるからである。

その意味では男が若い女性に気持を引き寄せられるのは自然の摂理といえる。若い女は男にとって「未来」であり、「希望」であり、よりどころなのである。

英雄、色を好むというが、英雄とは「未来」を創造しようという意欲を持った人といえるかもしれない。

人間のみならず、この世に生を受けたものは全て「未来」を志向する。
「未来」は「希望」であり、「希望」は生きるエネルギーである。

さて。1年後、5年後、自分はどうしているだろう。
どうなっていれば満足か。
さりはさりとて、どうあるのが世の中にとって有意義なのか?

姪や若き人たち、街行く子供達を見て、ふと立ち止まって考える。
私は消費社会の中のステイタスとされる行事には余り関心がない。
自分がいかに「理」=ことわりを獲得してその実現を図っていけるか?
そのことに関心がある。
会社に惹かれるのは経営とは理念の実践に他ならないと思うからだ。
株式市場に興味を持つのは株価という「世間」と経営が将棋のように面白いからだ。

しかし、日々生まれる株価だけ見ていては「未来」も「希望」も少々、ちっちゃい。
遠く、未来を見据えるには器を大きくしないといけない時期かな、と考える。

それには明るい見通し=展望を持たないと、ね。

展望が人に風を送り、波をかき分け運行していく帆を押す力になる。

元気な人には希望がある。希望があるから未来が開ける。
それがまた新たなエネルギーになる。
「社長インタビュー」で感じることはトップに立つ人はそういう人である、ということ。
私もあやかって、広く物事を見てみよう。
そしたらグリーンに立つ旗が見えてくるかもしれない。

by yoshi-aki2006 | 2007-07-04 01:08 | 人間考察 | Comments(0)  

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