カテゴリ:人間考察( 108 )

 

浅ましき人々

雑誌の記事によると公人であるA氏は「視察」と称してフィジー島だかなんだかに行くらしい。
公費出張であります。氏の趣味はダイビング。
視察の途中、ダイビングに費やされる時間が確保されているらしい。

自分の金で行ったら? と雑誌の記事は結んであった。まさに正論だ。
A氏は料亭会議費問題で都民から追及されている。
うまいものは自分の金で食べに行くべきだ。

何でそんなことが平気でできるんだろう?

別の公人B氏。やはり視察と称してヨーロッパへ行くそうな。
「何しに?」
みんな首をかしげる。
退職まじかなB氏。
去年はやはりフィジー島かなんかに「視察」と称して行ったそうな。
自分の金で行ったら?

浅ましき人々。

そういわれないよう、「視察」に携わる人よ、襟を正そう!

by yoshi-aki2006 | 2007-09-28 10:59 | 人間考察 | Comments(2)  

どんな人が好きか?

人が好きな人は「利他主義」の人ではないだろうか?
そして、人が嫌う人は「利己主義」の人だろうと思う。

利他主義。ナルシズムの対極にあるもの。
様々な僥倖は自分に授けられたものではなく、人に授けられたものだろうとして人にそうしたよきものを還元する力。

少なすぎても多すぎてもうまくいかない自分と他人への認識の配分。
そういう力の配分がうまくいっている人。
利他は己のためならず。
必ず100倍実って自分に返ってくる。
その実りを自分の若き家族に還元していく。
これが社会の「おとうさん」「おかあさん」たるものの立ち位置だろう。

そんな人に私はなりたい。
そんな人の家族に私はなりたい。
そんな人を私は応援したい。

ところで。
私は低コスト高パフォーマンスな人間であると自負しているが、我が家を徘徊している野良猫の中には高コスト低パフォーマンスなやからもいる。

このミルクは子猫にと思って仕込んでいても、いつの間にかぶよぶよに太った野良猫大将が全部飲み干している。
熱のあるあの猫に水を上げたいと思って水を置いておいてもこのぶよぶよ大将が全部飲み干してしまう。

ちょっとは子猫とか他の猫のことを考えろよ、えっ!!

とこのぶよ猫に1000回は言ったと思うが、しらーん顔して日向ぼっこしている。

「ね、おまえさん、何かいいことをして猫社会に寄与しようとは思わんのか? 」
と1000回は言って聞かせたと思うがしらーん顔だ。
わかるかわからんか知らんがテレビまで訳知り顔で見ている。
サッカーのボールが転がっていこうものなら大喜びだ。
なーんもしないで、ねっころがって、若い猫、弱っている猫の上前をはねてしらーん顔。

もっとも人間にもこういう人はいるけどね。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-27 12:06 | 人間考察 | Comments(2)  

起爆材を内側に抱える人々

わが母。葬式とか入学式、結婚式というと突然スイッチが入る。
「お葬式だわ、服を買わなくっちゃ!」
「入学式だわ、服どうしよう?」
ともかく、何が何でも最終的に服を買うところに行き着くわけだ。
しかも、お気に入りのデパートのでなければならない。

「家に服、積み上げてあるじゃない。あの中から着れるものを探せばいいでしょう?」
いつも私はそのように助言するのだが、彼女にとって積み上げてある服はどうでもいいものであり、イベント⇒新しい服で出る! この流れが命なのである。

我が家では葬式とか入学式、結婚式などのイベントがあるたびワクワク気分が
高まった母のいそいそデパート通い・・・・という儀式が繰り返される。

時々、別バージョンが挟まってくることがある。父の具合がイマイチだ。ふすま、畳の張替えをしておかなくちゃ? ね、佳子さん?
「は?」と目を剥く私。食べていたまんじゅうがのどにつかえそうである。「ついでに家の外壁も塗り替えたいんだけど?」

いわく、親戚の人がお見舞いに来てくれたとき、家がキレイでなくっちゃミットもないでしょ。それに万一のときは泊まりに来てもらうわけだし。

我が家に親戚が泊まりにきたのは半世紀のうち数回・・・。その数回のために彼女は狭い押入れに五組もの客用布団を収納しておられたことをぞっとしながら思い出す・・・・。

それにしても社会性のない人はかくもおそろしい。外壁塗り替え・・・・。100万仕事である。原稿を100万円分書くのに幾星霜・・・・。私は筋腫腹を抱えながらハァァァァァァァァ~とため息をつく。

さて、シーンはイベントを目前に控えたわが母上、デパート徘徊。
私はお財布を持って、ぞーっとしながら彼女の後ろをついて回る。勘定奉行だからだ。
彼女の足が特選品売り場などで止まろうものなら、心臓が高鳴って心の中で手をあわせる。
「どうぞ、サイズが合いませんように」と。

長年、このかたの消費意欲が治まることを願って止まないが、こうしたパターンの消費スタイルな人を時に見かける。
お買い物をお願いすると、奇妙奇天烈な論理で別物を買ってくる人がいるのだ。
500円くらいの御菓子を5つ買ってきてくださいな。
セッションのお世話をしてくださる女性スタッフにちょっとしたお茶請けを差し入れたいから。
そうお願いしたつもりが、女性⇒セッション⇒おしゃれ⇒ウイスキーボンボン????

といった具合に、「え? 何でそうなるの?」という飛躍をして困ったものを買ってくるわけだ。
「イベントなのでウイスキーボンボンはちょっとねえ」というと「えへへ、実は私がウイスキーボンボン好きなんです」と頭を掻く。
「あなたが好きなものを買ってきてくださいとは頼んでいませんよ」というと「女性はこういうキレイなものが好きですよ」とまるで悪びれる様子もない。困るよなあ~~~。

「買う」「買ってよい」という命題を与えられるとばぁ~っと暴走する人々。


ところで。

私はこういう人たちに非常に興味がある。
投資の世界のボラティリティにきっとこういう人々は寄与しているはずだからだ。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-22 10:27 | 人間考察 | Comments(6)  

私××歳だから・・・・

よく、私、今××歳だから、というフレーズを聞く。
私もよく口にしていた。

が、最近はもにょもにょ。とても人様に語れる年齢ではなくなってきた!
四捨五入すると50歳。

これで46歳から54歳まで通すつもりではあるが、50歳の次は60歳。60歳の次は70歳。
未踏のシルバー山脈が聳え立つ。

スタイルがいい×子さん。かつての私とおなじように「私×歳だから」とよく口にする。

どういう心理か、×子さんをヒントにちょっと前の自分を検証してみる。
「うそー、若ーい!」といわれたい・・・、のかもしれない。
つまり自分に自信を持っているわけだ。

が、うそー、若ーい、といわれたいために自虐的に年を明かすのも、また、若いがあたりまえだったころには考えられなかった行動様式で、年増ならではのフレーズという気がする。

四捨五入で50歳世代に突入すると、月日はまな板の鯉のうろこ。一端さばかれ出すと容赦なく飛んでいく。そして、気がつきゃ丸裸の老人だ。

私は今、ほとんど「私×歳だから」とは言わなくなっている。「若ーい」と言われなくても、見ている人が「この人若いな」と思ってもらえるよう、精進あるのみ。
内臓年齢が30歳~40歳くらいということなので、中に外をあわせられるよう、何かして励もう!
若かりし日々をそれで何日取り戻せるかはわからないけど。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-21 23:13 | 人間考察 | Comments(2)  

トコトン力+α

話が振られてくる。すると、すぐ調査に動く。
人と知り合う。すると、生き筋、死に筋がすぐわかり、水路を開ける。
スタンスを決めたら? トコトン推進していく。
細いシワの動き一本で相手の気持の動きを知り、対処できる。
そして、明日を呼んで来れる。

こんな人に私は弱い。脱帽する。

今まで1人、そういう人がいた。仕事仲間にもこういう人が1人いる。

寡聞にして知らず。世間にはもっとたくさんのこうした人々がいるのだと思う。

困るのはこの対極にいるタイプだ。その人に何か用事を頼むのに1000時間くらい説明しなくてはならないようなタイプ。以前はそういう人にも全身全霊で分るまで話していた。今は、相手を選ばないと寿命が来てしまう。私と合わないタイプは説明に多大な時間を要する。それが分ってからは、相手にも仕事であれ、プライベートであれ選ぶ権利があるだろうから、さっと引くようにしている。


トコトン力・・・・。そうした緻密な能力にブラスαとして仁義が分り、相手が自分に惚れるに任せる、つまり人がその人を愛する気持を弾かない。こんな人なら・・・・、う~ん、素敵ですね。旦那にするにはちょっと大変そうだけど。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-21 09:04 | 人間考察 | Comments(0)  

安倍さんダウンに考える

安倍さんはなお入院とか。
私には彼とそっくりの症状になって入院した知り合いがいる。

その人はその後、三年、入退院を繰り返した。

ちなみにその人の病名は「うつ病」だった。

よくいろんな意見が飛び交うが、私は自分にあてはめて、これはできる、ここまでできるということを踏まえて発言しような、と思う。

批判は簡単だが実行は難しい。
また、自分がその人以上にできるかどうかはわからない。
それなのに容易に批判するのは酷だ。

環境問題などもそう。
たとえばごみの分別はしているからそこまでのレベルの環境対応はオッケー。では、ビン、缶、レトルト容器をきれいに洗って捨てているかといえば、できていない。
だから、洗わずに出す人を批判はできない。ともに反省する。
その姿勢がいいと思う。

今回のこと。
安倍さんは小泉さんの毒に気がついて、次第に脱力したのかもしれない。
もしも、自分が小泉さんだったら?
自分よりできのいい後継者を喜ぶだろうか?
私は小泉さんは恐ろしい人だと思う。そして、安倍さんにレールを引いたことでちょっとかわいい人でもあると感じる。

今回、福田さんと麻生さんが全国で演説している。
みんな、興味をもって演説を聴いている。
「ちょっとまずいよな」と感じているのは小沢さんかもしれない。

小沢さんと真剣勝負できる人は誰か?
やっぱり、小泉さんかな。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-18 10:47 | 人間考察 | Comments(2)  

病膏肓

私の趣味はアナリシス、つまり分析なので読み物もFBI捜査官プロファイルみたいなものが好きだ。
で、移動時間や待ち時間が多いときは新聞などを見つつ最近の事件を考察してみるのだが、犯人であったり事件に巻き込まれるタイプには少なくとも二つあるような気がする。

一つは「相手のようになりたい」というキャラクター、アイデンテティの盗人タイプだ。
こういうタイプは日常生活を見回してみるとかなりよくいる。

誰々さんのようになりたいと常に願っているから、ねちこくターゲットとする人間の生年月日や住所、好みのブランド、付き合っている相手などの個人情報、つまり相手の細部を知りたがる。
ストーカーはこのタイプに多いと思う。

自分に勝ち目がないと自分がもっとも認識しているから、ターゲットとする相手が途方もなく憎くなる。
本人は自分のほうがイケテルと思っているのに社会的には相手が売れているわけなので、憎悪が爆発するわけだ。

このタイプと思えるのは整形で顔を変えつつ全国を逃亡、時効のわずか前に逮捕された中年の女性。また、掲示板などに書き連ねたり、なにか細工をして憂さを晴らそうとするのはだいたいこのタイプ。ナンバー2がカリスマ社長を裏切り、破滅させていくケースもこのタイプだと思う。

「今のあなたじゃだめだ」と常に近しい人に厳しく言われ続けられたとか兄弟と比べられ続けられた、人並みの容姿なのに勘違いするような育てられ方をしたとか、再起不能なほどノーと拒絶された体験を持つような過去がある人であることが多い。
こういう人がキャラクターの盗人に始まり、アイデンテティの盗みになって、そのうち相手の持ち物が欲しくなり、まねしたり、奪い取り、さらに完全に相手を自分のものにしたくなって、事件になっていく。不倫もこういうキャラクターが絡んでいるのではないか。

もう一つは相手の幻想につけこんで乗っかっていくタイプだ。「私はやんごとない出である」といいつつ、金を無心する偽公家。投資詐欺や俺俺詐欺もこの部類に属すると思う。人はこの手の人に幻想のつぼをいたく刺激されて、ほろほろとだまされていく。最近、よく取材している研究者に話を聞いたが、投資の世界にこのタイプが潜んでいるという。未公開株上場話のうそ事件の陰にはこうした幻想かきたてやが介在しているケースが多いそうだ。


通常は新聞種になるほどには至らない。また自分がそんな風に反応するように間違ってインストールされた存在だと気ずいた場合、自己補正に務めて成功する人もいる。そして、社会にはこうした両タイプでも善なるものとしてよい方向で発展している人も少なくない。

しかし、テレビ、雑誌、ゲーム、時代の広告などにうまい具合に共通幻想の種を撒き散らされ、知らぬうちに私たちはキャラクター渇望症や幻想付け込みがた詐欺に思いのほか感応しやすくなっている。つまり、こうしたキャラクターは相手を求めるので鍵と鍵穴の関係を構成してしまうのだ。

もしも、鍵に鍵穴と目され突っ込んでこられたらどうしよう?
どうすれば、おぞましいものと無縁でいられるか?

一つわかったことは会いたくない人物に自分がならないように生きることだ。
自分が会いたい人と同じように生きていれば、いつか波長が合って類友の法則で美しき善なる魂の人と出会うことができると思う。
やってみるべ。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-17 01:57 | 人間考察 | Comments(0)  

信用できる人、付き合える人

相手を信用できる人かどうかを知る手かがりは言っていることとやっていることの一致があるかどうかだ。
言っている事はキレイ。やっている事は汚い人は一杯いる。
お付き合いはやっていることがキレイな人のほうが気持がよい。

次に、決済能力を持っている人かどうかも重要だ。
何でも「上に聞いてみないと・・・・」で話が進まない人とは付き合っても伸展はない。
「分りました。責任をもってお支払いします」。そういえる人と付き合わないとビジネスは進まない。トップと話をすると早い。決済能力を与えられていない人は是非、決済能力を持つようにしてほしい。そうでないと信用されない。

プロセスと結果と。
ノド元すぎれば暑さを忘れというが、途中、どんなに世話になっても、欲しいものが手に入るとコロッと態度が変わる人がいる。
これは結構多い。私は、誰が縁の下の力持ちだったかを常に考える。そして、その人の所にねぎらいに行くことが大切だと思う。

人には裏表がある。これは誰にもあると思ってよい。
しかし、余りに落差が大きい人は「病気」だ。だから愛想のよすぎる人、べったりな人は要注意である。むしろ、あまり人におべんちゃらを言わない人のほうがいい。
人の裏表を知る機会は結構ある。例えば、こんな「ごっこ」をしてみると面白い。まずは事務服を着て、はじめての人と対応する。次にスーツを着て、名刺を切る。

先日、それをやってみた。すると、事務服のときは「ちょっとー、あんた、うちの社長は×時に来るから、ソレまでに仕事をかたずけてよ」とある会社の人に言われた。「はい、かしこまりました」と私は挨拶して、ちょっと間を置いて、スーツを着て、同じ相手に名刺を切った。するとその人は気がつかずに「先生、一つよろしくお願いします」と平身低頭、非常に腰が低かった。
「あはは~! 」と思った。

もちろん、私だってがちこーんとべらんめえでがんがん相手にいうことがある。しかし、相手が若い人でもきちんとこちらのいうことを受け止めている人かどうかは分る。ちゃんと受け止めている人には敬意を表して、ちゃんと対応する。

信用できる人、付き合える人。

毎日が見極めの試練日である。自分も相手に、そして相手を自分も。
よい相手と付き合えるといいね。
一ついえる事はうっとおしい相手とはできるだけ付き合わないことだ。
それと、話をして分らない人とはやはり分かり合う事は難しい。
難しい山には登らないこと。
そんな山に登って苦労するより、花の道を歩くほうがよい。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-07 22:24 | 人間考察 | Comments(0)  

和泉さんの~Message~から学んだこと

世の中には「あんな人になりたくない」という自分にとっての見本がある。
例えば、通勤電車で化粧する人。

私は通勤電車で化粧する人を見るのが無性に辛い。
それは彼女が自分の周囲の人を感情を持たない壁のように扱うからだ。そう扱われる人の苦痛に思いを持たない。通勤電車の化粧女はそのことを態度で示している。
彼女たちは
「あんたにどう見られようと私は構わない。目当ての人にさえちゃんと見られればいい」。
だから、電車の中の他人なんかどうでもいい。

そのように思っている人だ。

目的地に化粧したきれいな顔で到着できれば。
目当ての人や場所できれいであれば。
電車の見知らぬ他人は私には何のかかわりもない。
だから、途中経過のどんな姿を見せても構わない。

そのように振舞っている人だ。

こうした電車化粧女と似ていると感じる人がいる。
×さんはある人が肩書きとして使いはじめたオリジナルな呼称をマネして使い始め、現在もその肩書きで仕事を得ている。大勢いる同業者の中から体裁よく目立つため?
肩書きをマネされた元祖の人が「オリジナルな肩書きをまねられ、弟子でもないのに私の弟子だと思われているようだ」と困惑していたので、×さんに、「困っていたよ。きちんと挨拶したほうがいいよ」と注意したことがあった。すると、無断で人の造語を使用している立場であるにもかかわらず「尊敬している人の肩書をマネして使っているのに、文句をいうその人に幻滅した。了見が狭い」と激昂した。

彼女は「保険の仕事は保険見直しで一巡した。もう保険関係の仕事はなくなる」と危機意識を強め、いきなり、私の仕事の領域である株式分野に首を突っ込んできた。
保険の仕事が減るから株に乗り換えって何?
命をかけて株式評論をしている私は頭から湯気が立ち上るほど腹がたった。株式評論は人の資産増減にダイレクトに響くものすごく責任の重い仕事だ。よかったか悪かったか、結果の判明がゆっくりな保険領域で仕事をしている人が安易に何をいう?
憤りと同時に「この人は他者の気持ちなどどうでもいい人なんだな」と感じた。
彼女の講演レジュメに私は無断引用をたくさん見つけた。「自信のなさ」から「体裁のよさ」を求めるのだろうか。私の講演で使っていたものや、退職後の時間を試算した他のFPの独自な見解、第一線でコンサルをしている人のもの。
その寄せ集めの資料で講演資料を作って稼ぐひどさを指摘しても「何が問われているか?」よく理解していないようだった。
また、その人は「私が港区の徒歩二分のマンションに住み、曜日で複数の男性を管理し、六歳年下の男性と同棲し、婚約者が北京にいて、経済雑誌の編集長とも付き合い、その他、自分を支援する複数の男性を確保し、結婚願望がなく、お金もあり、男たちが付き合うのに最高だと言っていることがうらやましいんだろう」と言い返した。「マンションの玄関で男同士がすれ違うニアミスはあっても部屋ではち合わせたことはない」と自慢までした。
私は生涯この男を愛し抜くというスタンスであればそれが不倫でも美しいと思う。そんな女性なら尊敬をする。しかし、彼女は何だろう? 不実を悲しむ恋人を持たない不幸を憐れんでやるべきか?
抑えがたい感情から、女としてゲスであると強い言葉で注意した。すると「ヒトには多様な生き方がある」という。多様というと聞こえはいいが、彼女のしていることは女としても人間としても魂がどうかしているとしか思えない。私はその人の言葉があまりに辛くて何年も悩んだ。こんな考えの人が世の中で仕事を得ているなんてショックだった。

しかし、本人が口にした私生活のことは置いておこう。

ここでは仕事への姿勢だ。人のオリジナルを無断使用すると人に不快感を与えるよとその人は何度か耳にしたはずなのに、10年以上たつ今も、相変わらずのようだ。

行列のできる法律相談所というテレビ番組がブレイクすると
すぐ平気で「行列のできるなんとかかんとか」と自分の講演タイトルに使う。
月刊誌で「投信選びの最新セオリー」という特集があるとすぐそのタイトルで講演をする。
日経オンラインで「プラチナ コンセルジュ」というリレーコラムの執筆者になるとすぐそのタイトルもいただいてしまう。いったいこの節操のなさはなんなんだ? 次々とパクれるこの精神は何? 恥ずかしくないの?
盗ったもん勝ち?
そうした文言を考案したコピーライター、クリエイターに敬意を表さないの?
創った人は「あ! 自分が生み出したコピーを他者が無断で使っている!」と気が付く。
けして「よく使ってくれました」と愉快に思う人ばかりではない。
しかし、この人は人の気持ちなんかどうでもいいんだ?

×さんは雑誌コラムに私に注意されたことをあてこすって「専門性もないくせに偉そうに(株を)語るなと言われた。見返してやるために自分は大学院に進学し、ファイナンスを勉強している。そして、いつか、どうよ、私はダイヤモンドのように傷つかないと証明してやる」と書いていた。つまり、大学院で知識を獲得したら、何を語ろうと文句はないだろう、というわけだ。わかってないなあ、相変わらず。株に口を出したいのであれば、先人に敬意を表するやり方があるだろう。そういう作法を他者への配慮をしないからトラブルんだよ。
マネばかりしていた会社は社名を捨てて再生の道を選ばなければならなくなったし、先進国のブランドのマネばかりしていた某国はその怪しさが露呈して、目下、世界的に不信を囲っている。マネはクリエイトとは違う。そのことの意味を何年もかかって彼女はいずれ知ることになるだろう。

彼女は私とけんかしてこじれたとか、いじめられているから支援してほしいなどと知人たちに協力を要請しているらしい。たしかに彼女の知人は10年以上も前から2ちゃんねるでさんざん書きまくっていた女性ライターだし、今もそのライターが担当するページで定番のようにその人はコメントをしている。支援友達というわけか。

私はその人とケンカしたわけではない。あまりの嫌悪感からその存在自体がものすごく辛いだけだ。「その人の講演でよくあなたの名前を言っていたからすごく仲がいいのかと思っていた」という人がいるが、勝手に名前を使われて迷惑こそすれ、仲がよかったわけではない。どんな人かな、と話してみたら、仰天するような話をされてショックを受けたというのが近いと思う。

しかし、一点、彼女に同情するとすれば、彼女と私をケンカさせたい人がいて、その人物がトリガーを引いたことで梃子の原理で彼女がワーッとなって私の家に真夜中に電話をすることになったことだ。その人物はかねがね彼女の私生活を他者に明かしていた。つまり批判めいた気持ちを持っていて、それを直接自分の口からはいえなかったんだろう。その女性ライターに火をつけられて、ケンカ腰の電話を私の家に真夜中にかけてきたのだと思う。
その女性ライターは彼女のことをやっかんでいた。そして私のこともやっかんでいた。
2人のやっかみの対象をケンカさせて、お互いに悪口を言い合わせれば両方の目障りな人物を減退させることができる。そう考えて彼女を焚きつけたことは承知している。

しかし、そういう人と友達でいられる彼女にも問題はあるのではないか。また、平気で人の肩書やレジュメ資料、有名な人聞きのよいタイトルを無断使用し、売れている人のビジネスモデルに心や魂もないまま型からまねして体裁を繕い、その浅ましさを注意されると「見返すためにファイナンスMBAをとってやる」と反応するその人間性がただ辛い。
マネして恥じない。マネされた人の感情に配慮しない。
そうまでして一体、この人は誰に対して体裁を繕っているのだろう?

同じ女性としてあまりの行状にショックを受け、私が命をかけて努力している仕事の聖域を土足で汚されたことなど、その人がらみのことで苦しみ抜いたこの数年、私はこの人から3つ学ぶことがあった。

ひとつは他人の領域を仁義なく犯すということはどういう感情を相手にもたらすか、分かってもらいたいと思い、私はこの人の領域に足を踏み入れてみた。自分がされて嫌なことを相手に学んでてもらいたいと思ってのことだ。
私はそこで「ちょっと挨拶をするなどして人に嫌な気持ちをさせない配慮はやろうと思えばできるはずだ」という確信を得て、彼女の人を人とも思わない自己中心的な行動原理を確信した。
しかし、いいこともあった。その場所でさまざまいろんな人との出会いがあり、苦しんだ代償として、今、大きな成果を手にできている。
もう一つは人を怒らせたらどんなに強い憎悪を引き出してしまうかを私は身を持って知った。この人から投げつけられたあまりに汚く衝撃的な言葉の数々。失礼な態度。先輩に対してあるまじき発言。他者に敬意を評さない電車化粧女のような無礼さ。それが他者の心に怒髪天をつく怒りを引き起こす。それがどれほどのパワーを持つかを私は知った。

だから私は多少相手に問題があったとしても、先輩や仕事先に対して、相手が怒るかもしれないと懸念を感じる時は火種がまだ小さい内に徹底的に謝りに行くことにしている。謝る勇気を持たないこの人によって私は猛烈な怒りの炎にさらされ、怒りの恐ろしさを知ったのだ。

そして3つめは汚いゲスな生き方、クリエイトしない生き方、マネして奪うばかりの在り方は他者を傷つけるということだ。電車化粧女の例をあげたように人に配慮しないあり方は他者の魂をクライシスさせ、不幸にさせる。そのことを私はこの人から傷つけられて学び、今一度、自分が信じられる人のために善なるものを目指せる人間でありたいと思うようになった。ヘドロのような汚いものを浴びせかけられ減退したが、最近、ようやくその泥から這い出せそうな気がしてきた。

その人はダイヤモンドは傷つかない、にっこり笑って返してやると書いていたが、私の知る限り、ダイヤモンドは人を飾って自分は飾らない。その人のように自分を飾るためのこざかしい行為はしないのだ。

by yoshi-aki2006 | 2007-09-06 02:00 | 人間考察  

ご機嫌さん

長年、猫を飼っていたので「猫博士 初級」くらいは名乗れるのではないかと思います。猫のご機嫌には詳しいのです。

猫も人間と同じで浮かれポンチキな時もあれば、みょうに元気のないときもあります。
そして猫の悩みも結構深いものがあります。猫の背中を櫛で掻いてあげていたときのこと。
猫は私に感謝して、気持よさそうにしていました。が、時々、なんともいえないつらそうな表情をみせることがありました。
どうして?
あるとき、猫の背中の地肌を調べていたら、ちょっとしたできものというか、ほくろみたいな隆起があり、櫛がそれに当たって痛かったらしいのです。でも、猫はご主人様が櫛で背中を掻いてくれているのに、ありがたいという表現のほうを優先し、痛いことを訴えなかったのでした。ホントに私ったら鈍感なことです・・・。

人もよくよく注意していると微妙にご機嫌さんな時とそうでない時があるようです。
飲み友のAさん。
穏やかな人であまり激しい感情表現はしないのですが、何度か杯を重ねるうち、
「今日はご機嫌なんだな」という日と落ち込んで不安定な日や不機嫌な日がわかるようになりました。定点観測の効用・・・、というか、そういうことをお互い分かり合えるのが友達付き合いですね。

以前の住まいにある分野で世界的に有名な××先生がいらしたのですが、この方は、玄関ホールなどでお会いした時、人をひと目見てその人が今、ご機嫌さんなのかどうかが分るらしく、
実にその場その場にふさわしい対応をされました。
こちらが機嫌がよいときはウィットに富んださりげない会話を。
こちらがブルーな日は会釈だけという具合に。

私も株だけでなくそうした人の状態を見る達人になりたいな、と思います。
ところで株式市場はなんともすざまじいことになって来ました。が、早くも底入れしたかにみえる銘柄も出てきています。16日の三時半からの生放送では投資法についてのお話をします。お時間があいましたら、ご覧くださいね!

by yoshi-aki2006 | 2007-08-16 01:42 | 人間考察 | Comments(0)