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ウエルカム! 「おじんおばん」

「40歳からが勝負」
とフラメンコの師匠。フラメンコのルーツであるベリーダンスも40歳からが勝負なのだという。

ただでさえ美しい女性が半裸体でひらひら舞えば、フェロモン・シャワー全開。
見ているものは踊りのうまい下手以外の要素で充分魅了されてしまうが、
フェロモンの出に頼らない全人的な踊りを実力とするならば40歳からが勝負、というわけだ。

40歳。微妙な年齢である。気分は30歳代。体はおおいなる曲がり角。

人がどのように老いさらばえていくか、つい観察してしまうが、45歳くらいまでは女性もまあまあ、きれいだ。
問題はその後である。卵巣ホルモンが「あ、この人、せっかく卵を送っても、もう、子供産まないんだ」と判断を下し、ホルモンの供給をやめてしまうと、女は一気に中性化する。
その過酷な裁定に気が付くのが40歳代後半だ。
この時期は「女ってどんなだったかな?」と確かめながら生きていく歌舞伎・女形の世界を体験する。

女らしさや美貌とは子供を産むための遺伝子の工作だったんだと思えるほど、出産可能期を過ぎた女性に自然の摂理は容赦がない。
この時期から更年期が始まる人もいる。

しかし、気に病むことはない。外国の医師の意見に、この時期を乗り越えれば女性にはすばらしい能力を発揮できるステージが待っているのだというのがあった。
フェロモンに左右されないで仕事に集中できるため、偉業を成し遂げることも可能で、現に活躍している女性の例をたくさん掲げて、勇気ずけてくれる。
中性化こそ、「待ってました! 仕事適齢期」というわけだ。

そうさなぁ。私もいずれ「おじんおばん」と化して社会に役に立つ人になれればいいなぁ。
「おじんおばん」「おばんおじん」をよく観察してよいお手本を探してみよう。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-30 07:41 | シンキング | Comments(6)  

罰当たり

料理屋に出向く。
ワーッとさわち料理がでる。
これでもかこれでもかである。
いまどきの人はそんなに大量に食べない。にもかかわらず出る、出る。
何だ、この店は。よく考えて出してよ。主婦としては気がかりである。
無駄にして捨てるほどもったいないことはない。
料理になってくれた魚、それを捕った漁師、運んだ人、さばいた人、盛り付けた人。
みんな無駄働きになる。
銭がもうかりゃいいってモンじゃない。
生き金使いにならなければ、本当の経済人とはいえない、と私は思っている。
仲居さんに「ちょいと、こんなに運んできて食べきれないわよ。折り詰めだしてよ」
という。
ある仲居さんは「はぁ~」と聞き流す。面倒なことにはかかわりたくないようだ。
別の仲居さんは「うちはそういうことはしていない」ととぼける。ったく!
出せ、出せ、出せ。年季の入った主婦(私のことだ)を甘く見るなよ。
今度ははっぴを着たおっちゃんに言う。
「もったいないでしょ、食べきれないから、折り詰め出して」
「生モンは持って帰らないでくださいよ」
「早く持ってきなってば」
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しかめつらのはっぴのおッちゃんとの交渉の果てにタフ・ネゴシエーターの私はやっと15枚ほどの折り詰めをせしめ、みんなに配った。
押し寿司を詰めるもの、揚げ物を詰めるもの、男も女もせっせと詰める。
こういうとき、ちゃんと私のいうことを聞いて素直に詰めるヤツが大好きだ。
「えっ、いいんですか。詰めて持って帰っても」とライターのOさん。
「あたぼーよ、そこいらにいる猫にあげても捨てるよりはましだよ」
私の力説にみんなウンウンとうなずいて詰め終わる。よしよし、みんないい子だ。

今に出された料理をこんなに残すようなバチあたりなことは許されなくなる。
中国人の方々が旺盛な食欲を見せ、魚も肉も穀物も将来は非常に逼迫すると予測されている。私が店なら、残す量は出さないし、残ったら客に持って帰らせる。そのほうが店だって後片付けが楽なはずだ。
50年後、日本人はこんなに海に囲まれながら、かの国の漁によって魚が食べられなくなると
警告している学者もいる。
命をなげうって料理になってくれた海の幸、山の幸。 けして残すまじ。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-28 23:09 | シンキング | Comments(2)  

組み合わせの妙を楽しむ

知人と一緒に韓国にいったときのことだ。
宝石売り場があった。
石が大好きでデザインにも興味がある私が猫にまたたび状態でショーケースに近寄っていこうとすると、知人は「私、宝石に興味ないから」とそっけないのだ。
「若いときに宝石をつけるなんておかしいもん」と譲らない。
なんと愛想のない女かな、とその場は譲ったが、ヒカリモノが好きな私としては韓国で宝石をじっくり見られなかったことはずっと心残りだった。

しかし、彼女の信条も一理ある。若い時はそれだけで美しいのだから特段飾り立てることはない。もっとも、旅行時、彼女の年齢は四捨五入すれば私と同じ40歳代。その年齢を「若い」と思うかどうかは人によって感想が違うだろう。

しかし、なんたって私はヒカリモノが好き。好きなのに、買ったら燃え尽き症候群で満足してしまい、ほとんど身につけない。そのうち、人にあげてしまったりする。
そして、また、別のものが欲しくなる。f0073848_6162679.jpg

このところは幅広の指輪が欲しくなり、ずっと探していたのだが、手持ちの指輪を組み合わせたら、ちょうど欲しかったタイプの指輪になった。ダイヤのエタニティの真ん中にしているのは単独では立て爪がじゃまっけなのと、よく光りはするが石の大きさが私の体の体積との比較で今ひとつバランスがしっくりこなかったもの。

リフォームに出さなくてよかった。組み合わせると使えるものもちゃんとある。一つ一つ生かし場、生かしようがあるのだ。
ちなみに真ん中の指輪は20歳代の半ばに買ったもの。後の知恵が若いときに仕込んだモノを生かす例だ。自分の中にもこの指輪のように生かしようのある蓄積がたくさんあればいいのだが。心して日々励もうと思う。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-26 06:24 | 感謝 | Comments(3)  

舌は3代

原稿を書いていると何かをバリバリと噛みたくなる(私はワニか?)
氷、せんべい、飴・・・。こういうものを食すが、次第に飽きる。
第一、体重計の数字更新スピードも速くなり、せっかく原稿料をいただいてもサイズの大きい服代に消える。

そこで今日はたけのこご飯だ。そんなことをしているヒマがあったら原稿の一枚でも早く書いて送って来いと叱られそうだが、ま、食べねば書けない。お怒りのかたがた、許されたい。
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たけのこは皮を剥くと半分以下の分量になる。あく抜きのために米のとぎ汁で煮て、小口に切って今度は土鍋でたけのこご飯にしつらえる。ご飯は土鍋で炊くほうがおいしい。板前さんがいっていたけど本当だ。
みりん、酒、濃い口、うすくち、昆布だしで強めに味付けして、ワカメとあわせて炊き上げる。
火を止める最後の数分はちょっとおこげが出来るよう耳と鼻で頃合を測るとよい。

トッピングに若芽があればいうことはないが、今日はナシ!


料理本の編集が長かったかたから「お洋服のデザイナーはご本人だけの力でのし上がる人がいますがお料理の先生はそうはいきません。舌が育つのに最低3代はかかりますからね」というようなことを伺ったことがある。

うちは父方、母方に旅籠や旅館の人がいるし、叔母も割烹の女将だったから、うまいかどうかは別として、みようみまねで料理を作るのは苦ではない。

舌は3代。おいしく料理を作れた日にはおじいさん、おばあさん、ご先祖様に感謝しよう。
そして自分も、子孫に感謝されたいものである。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-25 09:51 | 医食同源 | Comments(4)  

民主候補勝利で外国人動揺? 連休もあって株価下落

ここに引用したヤフーチャートは昨日までの様子を示した日経平均株価の日足です。
移動平均線内で収まる下げであればよいですね。
連休前はこんな展開が多いものです。
なお、今日の様子は最新のチャートを確認してくださいね。

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相場見通しにつきましては

火曜日配信 アスカビジネスカレッジ(相場展望、速報 研究銘柄)
木曜日プレビュー 増田足(水曜出稿 々 )
木曜日プレビュー マネーパートナーズ(速報 為替見通し)
月曜日発売   週刊誌「奥様株」

のローテーションでお届けしています。
今週は日証新聞水曜日版にも出稿します。
なお、ラジオ番組は目下もろもろ調整中です。もう少しお待ちください。

年後半のイベントにつきましては詳細が決まりつつありますので、
調整が付き次第、ホームページにてご案内いたします。

 

by yoshi-aki2006 | 2006-04-24 17:18 | 時事 | Comments(0)  

第41回フローラステークス、週刊現代、読売ウイークリー

今日は15時35分発走のフローラステークスを研究。
なんか団子になってもつれ込みそう。
松岡騎乗の3枠⑤ハギノプリンセス、郷原騎乗の3枠⑥ホウショウルビー、7枠⑮吉田豊騎乗のマイネサンサンが気になる。

分らないときは手堅く小さく。

私も馬として24日月曜日発売の週刊現代「株ダービー」で
八頭の中の唯一の牝馬としてパドックに入る。
前回は二位と三位をマーケットウォークの鮎川氏と激しく競い、ゴール間際で鼻差で
負け三位入賞にとどまった。
上位にはいると、次号にウイニングランが許され、また、入賞者同士で天皇賞を競わされる。
こんな競争、お笑いでしかないのだが、私も含めて各氏は命を賭けて銘柄を抽出する。
因果な商売だが、上位入賞を果たすと一気に支持者が増えて、シナジー効果が大きい。
今週の成績は発売日の24日始値、28日終値で査定される。
週刊現代で出そろった各氏渾身の銘柄に今週は大注目されたい。
笑って見守ってくださいね~!


同日発売の読売ウイークリーでは政治家の持ち株の査定を担当。なかなかよい株をお持ちの政治家も多かった。将来の有望株もちらっと分るかもしれない。ご参考になれば幸だ。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-23 11:49 | 時事 | Comments(2)  

インストール人間考

これから夏至に向かうのに、冬至近くの話で恐縮だがクリスマスツリーの話。
今はキリスト教でもないのにクリスマスが近くなると、家に電飾のツリーを飾り、聖夜を祈る人は多いが、この習慣を広めたのはクリスマスツリーを飾った居間でくつろぐイギリス王室の人たちの報道写真だった。

その写真を新聞で見た人々はなんて素敵なんだろうと思った。
格調の高い調度品に囲まれた部屋で品よく微笑む幸せそうな王室の人々。
その部屋の中に飾られた我が家にはないもの。しかし、手を伸ばせば届きそうなもの。
それがクリスマスツリーだった。
その写真が掲載されたあと、自分の家にもクリスマスツリーを飾ろうとする人がワッと増えたのだという。

身分の高い人、自分が価値を認める人が愛用しているものを自分も身につけたい。
真似したい。これは万国共通の思いで誰にもこういう傾向はある。

しかし、まるっきりその人そっくりにコピーするのはルール違反だ。

私の属するマネー業界を例に取ろう。まず、フリーランサーの人たちの肩書きだが、株式評論家とか経済評論家、経済ジャーナリスト、トレーダー、ファイナンシャル・アドバイザーなどは全て「自称」であり、名乗っている人は自分でその肩書きを選んでいる。
マスコミが勝手にその人の肩書きを書き換えたりすることは通常はありえない。
どんな小さな記事であっても肩書きは本人がゲラの時点でチェックする。
プロフィールも同様だ。

「話題の」とか「××屋として有名な」とあっても全て自称。
証明する記事なりデータを持たないまま、ムードを演出することも可能である。
一人が読者受けや印象のよい肩書きを使用し始めると、ちゃっかりとその人の弟子でもないのに肩書きコピー人間が登場する。前述のクリスマスツリー現象が起こるわけだ。

プロフィールもいつの間にか誰かの記述とそっくりだ。
えっ? この人この間までアナウンサーじゃなかったの?
あれ? この人は編集者だったんだよね? この人は芸能界の人じゃなかったっけ?

それがいきなり、ファイナンシャル・アドバイザーやFP、アナリスト、霊能者、大学教授、気鋭の金融ジャーナリストなどに肩書きを変えている。それにしても自分で「気鋭の」なんて、よく言うよな。

まあ、誰が何を名乗っても肩書きに中身が伴えば、読者の利益につながり、社会的に有益なことだろう。

しかし、ディスクは空っぽ。中身はどっかからインストールしてきましょう式の人の横行には苦言を呈したい。
私が理解に苦しむのは例えばキャリア・アドバイザーなどの肩書きを名乗り、中身の伴わない人が資格を取ったら文句はないでしょうとばかりにいきなり先生デビューする点だ。
アドバイザーと名乗る以上、その人のアドバイスに信頼性がもてなくてはならない。
その人自身がズルをせず営業ナンバーワンの実績を持つなど、何か確実に積み上げてきたモノがなければ説得力もない。
中身が空疎なままでは恐れ多くも人の前で「先生」業はできない。
ところが、この手のインストール人間はそういうことにはまったくお構いなしだ。世界的な営業成績を誇る女性が「好まれる営業トーク」みたいなベストセラーを出すや早速、「好かれる話し方」をテーマに講義を引き受けたりする。

肩書き、プロフィール、髪型、服装、ホームページ、仕事内容など、気になる人からインストール。お手軽に素敵なあの人から自分の空っぽディスクにインストール。そういうことに良心の呵責やノットフェアーなことをしている恥ずかしさって感じないんだろうか?

服の色やまったく同じアクセサリーを付けられる程度のストークならまだしも、オリジナルな部分をストークされると気分のよいものではない。

そういえば社名をもじって「まねした」といわれていた会社があった。売れてるサプリメントは何でも作って先行企業のシェアを取ろうとする非公開企業もある。「まねした」産業の末路は現在の低迷で明らかだし、サプリ会社の社長も非常識言動で顰蹙を買った時期がある。

私はオリジナルで勝負している会社や人を応援したい。人のおいしいところだけいただきみたいな調子のよい会社や人は好きになれない。ましてや、筋を通した挨拶もなく「まねっ子」に徹している人を応援することは一生涯ない。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-22 18:18 | 人間考察 | Comments(5)  

六道ツアー

特に信心している宗教はないがそれぞれの教えには感じるところがある。
例えばハンムラビ経典。

詳しい文言は忘れたが「目には目を 歯には歯を」という考え方には共鳴する。
炎天下、自分はしっかり靴を履き、日傘も差して、飼い犬には焼けたアスファルトの上を歩かせている人を見て、ハンムラビ経典を想う。
その人は怒った犬から焼けたアスファルトの上を無理やり引き回されるような目にあうのではないかと。私が犬ならそうする。
キリスト教では「相手が右ほほを打ったら、喜んで左ほほを差し出しなさい」という。
とらえようによっては恐ろしい教えである。
「心が何者にも強い私のほほを何度打っても、私は変わらない、変わるのはあんたのほうだ」
そんなふうに受け取れる。

仏教六道という考え方もある。
教えによると地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天道の六道があり、その中で生あるものは己が属す道でもがき苦しみ、嘆き、怒り、嘆息する。全ての苦しみから解放されたものが天道に属すらしい。

何でくだらないことにこんなに腹が立つんだろう?
それなのに怒りが増幅する。
そんな思いにとらわれた時、その人は天道以外の五道のいずれかにいるわけだ。

5万円で受けた仕事を「30万円でやった」などと吹聴し、嘘から出たまことを期待するいんちき女。それに怒り狂い、くそみそにけなす人。けなされたほうはいつも「あの人に負けたくない」「私にもできる仕事なのに何であんなヤツに行くの?」「あの人のギャラが幾らでどうして自分はこんなに安いの?」などと言っている。この類の話の所属は修羅道だ。
修羅の世界では常に他者が気になり、競争し、醜く争い、心の休まる時がない。

仕事関係者と平気で次から次へと交渉を持ち、フェアーに戦わずズルして得しようとする人。
これは畜生道。畜生道に属している人間は平気で新たな相手とまた同じことを繰り返す。

仕事や権力を得ても得てもなお欲しい。上昇志向がやたらと強い。ブランド、肩書きに貪欲。
これは餓鬼道だ。常に飢えていてけして満足しない。

やっと人並み=人間界に属せても自分や家族の健康、寿命は思うようにならない。志半ばで寿命が来たりする。

ありとあらゆるクソ、ミソなことをそぎ落とした先に楽々の天道がある(らしい)。
こういうことに詳しい人によると、腹立たしい人、困った現象は反面教師の役割を担って
自分の前に現れるそうだ。
「そういうお役目、ありがとう」と思えれば、「人を呪わば穴二つ」にならないという。
難しいが日々勉強。覚えておこう。やれるかどうかは別として。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-22 01:06 | スタディ | Comments(0)  

女の資源

ある料理屋に行ったときのことだ。女将か仲居頭か、凛とした着物姿に坊主狩り。
そんな女性に出迎えられて度肝を抜かれた。
私は彼女の案内に従い長い廊下を歩きながら、彼女の頭部を眺め、
「いや、実にお見事。こんな女性初めてみた」
と感心していた。
髪は五ミリほどに均一に刈り込まれ、全体的にはごま塩状態。
年のころ50歳前後。
頭の手術でこうなった、というわけでもなさそうだ。
何より、その女性の「見るなら見てよ! これが私、どう?」
という気迫が自らの意思で坊主頭にしていることを物語っていた。
着物姿で坊主頭。背筋ピンシャン!  しびれる!

別の日。駅で切符販売機に立つ長い髪の女性の背後に並んだ。その人はチノパンにシャツ姿。腰に紺色のカーディガンを巻きつけている。女子大生?
彼女は切符を買うのにえらくもたついている。「どうしました?」と覗き込んで、「あ」と思った。
私よりもかなり年上? と思えるシニアだった。
若作りに彼女の失われ行くものが何か、分った。

髪の毛に女のコンプレックスや執着が如実に現れる。
ロングヘアは男性にもてる。35歳くらいまでは多少ブサイクでもその路線でなんとかしのげる。
顔の老け度が進むと髪を短めにし、前髪を少したらす手を使う人がいる。
そのスタイルもやがて限界がくる。
老け顔に中学生ヘアでは落差が痛すぎる。本人の狙ってるものも人に丸透けだ。
失った若さを目くらましさせようと悪あがきは続く。
巻き髪などフェミニン路線で、「色っぽい私」を演出する手があるじゃないか!
この路線もやがては目じりと口元の皺の深さとともに、「失われ行く自らの女性性に執着する年増」の印象を第三者に強調させていることに誰より本人が気付く。
その痛さに鈍感であれば、こまどり姉妹、山本リンダのNGになる。

ここでいっそ、かつて料亭で出会った「着物ごま塩坊主頭女性」になってみる!
それが嫌けりゃ叶姉妹みたいにあらゆることをして時間を止める努力をするほかない。
自然に年をとっていい顔になるって、そんなに簡単には出来ないことなんだ。
身近にそんな人がいたら心から尊敬したい。
それにしてもヒトは何をそんなに恐れて若作りに執着するのだろう?
女として若いってことだけにそんなに重点を置いているって、一体何なんだろう?
そんなにいつまでもちやほやされたいか?  灰になるまでってか?

by yoshi-aki2006 | 2006-04-20 23:39 | 人間考察 | Comments(2)  

孤独を恐れる人々

「一生に一度は結婚したいわね」
といいながらなかなか結婚しない、できない女性は多い。
彼女たちの年齢はおおむね38歳から40歳ちょい。

理由はまちまちだ。
A子さんは38歳。「ぼつぼつなんとかしなければ・・・」と焦るが、
四人しかいない部門で一日中パソコンと向き合う生活。
外部の人と接触するのは週一回、営業関係の人と会う程度。
勤務先は辺鄙な場所で人と連れ立って遊びに行くような場所からも遠い。
ひたすらワンルームと会社の往復が続く。
「環境を変えなくては・・・」
と思うが、会社が配置転換に応じてくれる気配はない。

B子さん。40歳。 その気はある。
が、彼女が入社した当時、新興企業だった勤務先は男女関係に驚くほどおおらかだった。
周囲のあまりにも野放図な男女の生態を見過ぎて、男性不信気味。
「子供がいて、素敵な奥さんがいても不倫している男は多いですよ。そういうのを社内で見聞しすぎたせいか、どこかでブレーキがかかってしまうみたいなんです」
という。気の毒に。

結婚を本当に望んでいるなら、38歳から40歳に差し掛かる頃がラストチャンスかもしれない。
まだ、その年齢なら子供が産める。産めるなら産んでおいたほうがいいというのが、私の感想だ。仕事はいつでもできるが子供はそうはいかない。

結婚できない女性の中には孤独を恐れる人々が彼女をがっちりブロックしているケースもある。
幸せな結婚とは程遠い生活をしている人とべったり親しくしていないか?
孤独を恐れる人たちは誰かが幸せな結婚をするのを手を替え、品を替え阻害しようとする。
ある時は「あなた、××さんと比べて負けてるわよ」と仕事をがんばるようハッパをかける。
共通の敵を作って団結する。
そうした人たちはしょっちゅう電話をかけたり、定期的にたずねたりして相手が自分を置き去りにして勝手に幸せになっていないか監視を怠らない。
物分りのよい友人や母親も含めて、周囲を見回してみよう。
幸せな結婚がしたいなら、現実にそんな生活を送っている人とこそ親しくすべきだ。
置き去りにされるのを恐れて、人が不幸でいることに安心しているような人とつるんでいる限り、幸福な結婚からは遠い。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-20 06:49 | 人間考察 | Comments(2)