素朴な疑問

いっつもとっても不思議よー。

デパート、駅ビルなどでお菓子やおせんべいの箱詰めを3つ、4つとまとめて買うことがある。
お客さんにお土産として渡したり、訪問するときのお土産として。

ショーケース内側に立っている人に注文するたび、毎回不思議に思うのだけど、生もののケーキ屋さんは別として、何で乾物のおせんべいや焼き菓子など、日持ちするものまでお客さんから発注された後でそのつど包装するのかしら?

一日何個かは売れるものなんでしょう?
だったら、客待ちしている時にお客さんが来たらすぐ持たせられるようにあらかじめ包んでおくといいのになー。

熨斗紙のあるなし、の指定があるから?
外熨斗にすればいいし、中熨斗でも無地でいいじゃない?
下に名入れなんて法事とかよっぽどの時しかないと思うけど。

ショーケースを前にして、注文した箱詰めのお菓子を包装してもらうのを待っていたら、私の後ろに行列ができていた。ひとりが買うと客が付く。人間心理とはそういうもの。

あんまり長々待たされるんで、何人かは別の出店のショーケースに流れていった。
私だったら、
このお菓子は一日平均何個売れる
という分布を時間、曜日、月別に作り、出勤と同時に注文を受けたらすぐ渡せるようにあらかじめ包装をしておく。毎日出荷個数を観察していれば何個予備に包装して置けばよいかがきっと分ると思う。

出たとこ包装は株が下がってからばたばた売ったり、株が上がってきたら大騒ぎして買うのに似てプロじゃないよね。「なんちゃって店員さん」だよ。

お客さんを待たせずにお菓子を売って売って、売りまくるには待たせないこと!

編集者さんを長々待たしている立場じゃ、言えないかもだけどね(*_*)

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-18 23:54 | 事象観察 | Comments(4)  

ラブラブ

あなたってす・て・き! だぁい好き!

f0073848_11545860.jpg






f0073848_11563088.jpg


そ、そうかな?
照れるなぁ。


いつまでも仲良くしようね!
そうだね!

f0073848_11575041.jpg

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-18 12:01 | 感謝 | Comments(4)  

にゃんとも

やってもやっても仕事がおわんないよーん
f0073848_23492884.jpg




こんなことっていつまで続くんかにゃん?

f0073848_23504362.jpg



ま、終わったら昼寝もできるにゃん?
その日を楽しみにがんばるにゃん!

f0073848_2352428.jpg

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-16 23:52 | シンキング | Comments(2)  

変化日に備える

朝おきるとまず金魚にえさをあげる。
彼女達(と勝手に「女性」と決め付けている勝手飼い主のワタシ!)
日が昇る頃から水槽の中で
「早く朝ごはんー」と
大騒ぎだ。

日中はとろとろ寝ているくせに今は写真を撮らせてくれないくらい動き回っているので写真ナシでお愛想ナシだが気温がぐんぐん上がり始めるこの季節、ごはんよりも気にかけていることがある。

なんども哀しいお別れをして死んだ金魚は私に教えてくれた。
水質と温度管理が大切なんだと。

夏に向かうこの季節から秋口にかけて、ペットボトルを凍らせたものを水槽に浮かしておく。
これで今の二匹は煮え金魚にならずに西日の当たるマンションの一室で六年も生きてくれている。人間だってぬるま湯といえどもあまり湯に入っていると湯あたりする。
金魚も同じでちょっと冷たい水で飼ったほうが長生きするようだ。


電車の中でこのところ喪服の人をたくさん見る。
人間もこの時期、体調を崩しやすい。
夏に向かう変化月。
それが皐月咲くこの季節。
これから夏至まできつい上り坂だ。
変化日に備えて万全にいきましょう!

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-16 08:56 | 事象観察 | Comments(7)  

サバの女王

旧約聖書に出てくるのがイスラエル・三代目の王、ソロモンに恋したイエメンの女王sheba。
彼女は絵にもかかれ、歌にも歌われた有名なシバの女王。

こっちはそのむこうをはってサバの女王だ。

私に限らず株の仕事をしている女性、売り決め、買い決め系の仕事の人、市場関係の女性はたいてい「サバの女王」だ。サバッサバッ。現場系の多くがそうだ。

売るの? 買うの? どうするの?
売るなら売るの、買うなら買うの段取がある。
決定したらすぐ、その段取りで動かなければならない。

バシバシバシと仕事して、始まったらきっちり決めて、
あっさり終わって、また次の段取りで動いていく。
済んだことはなるべく忘れる。
悔やむヒマがあればよく寝て明日、ちゃんとやればいい。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-15 23:44 | ライフスタイル | Comments(0)  

ところかわれば…

朝から和歌山。

こっちは東京のどんより天気が嘘のように晴れだ。晴れ、晴れ、晴れ!
ところかわれば気持ちも変わる(^^) 

都内から5時間かかって仕事先へ。2時間仕事してまた東京へ。日本百景が近くにあるのに、また今度だなぁ(T_T)/~

こちらの人々の細事にこだわらないおおらかさと緑風に寿命を膨らませてもらったことに感謝して帰るとしょう(^^)

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-14 20:43 | Comments(3)  

カラスさん

昔、仕事仲間から「カラスさん」と呼ばれる人がいた。
マリア・カラスに似ているからではない。
イソップ童話のカラスのような人という意味である。
イソップ物語に登場するカラスは他の鳥のように美しくなりたくて他の鳥の羽根で自らを飾り立て、最後にはそれがばれて・・・・という内容だ。

カラスさんもそれと同じことをしていた。
誰かが売れる。するとその人が気になって仕方なくなる。
そして、その人に近ずいていく。
挙句、その人のそっくり真似をする。

カラスさんは気になる人がいると仕事にかこつけ面談したり、安い講座の講師をしてくれと依頼したりする。そして、相手の持っているものを盗用するのだ。

「あの人、パクるよね!」
と業界では話題になっていたが本人はなぜ人から敬遠されるのか全くわかっていなかった。

「主婦」という肩書きが受けると「一介の主婦からプロに転向」というふうにプロフィールに入れる。代表取締役社長として華々しく売れている女性と知り合うと、法人化していないのに自分の名前を冠にして××事務所代表と肩書きを変更していた。

この人は心の病をわずらっていた。小さい頃、お姉さんをなくしており、母親からしょっちゅう「あの子が生きていたら」と亡き姉と比較され、精神的虐待を受けたり、逆に「お前しかいない」と急に大切にされたりして育ったという。「自分はこれでいい!」とアイデンティティを確立することができないまま、いつも母親に気に入られようとするクセが抜けず、大人になってしまった、そんな人だった。

男のカラスさんもいる。キラキラ輝いている人にスポンサーとして接近する。ずーっとスポンサライス゛を続け、相手の持っている客、能力、労力を吸い尽くす。その間、相手を決して成長させず、自分のオシメを替えてくれ、といわんばかりに迫り続け、つきっきりで世話をさせる。何しろスポンサーだ。誰も逆らえない。そして、相手の持っているものを全部取って弱体化させ、次第に下手に出ていた体勢を逆転させて、相手をかしずかせようとする。
「こんな野郎といつまでも組んでいられるか」と実力者ほど次第に頭にきて去っていく。
去られるとこの男のカラスさんは逆上してあらゆることをする。
しかし、男のカラスさんは実は満足なのだ。好物である相手のアイデンティティを吸い取って、その人になりきれたような気がしてすっかり高揚しているからだ。
相手が去っていくことを憎むが、その実、もう相手は必要ない。自分では製造できなかったピカピカの人のアイデンティティを吸血鬼のように吸い取ったので、もはや相手はお払い箱でいいのである。カラスさんは、また自分を不安な気持にさせる確乎としたアイデンティティを光らせている獲物に接近していく。

女のカラスさんと男のカラスさんに共通していたものは「脅威的な母親」である。
かれらはその母親によい顔をしたい。
カラスさんたちは母親に誉められ、認められるためには何でもするのだ。

よく姉妹で姉か妹かは結婚しているのにいずれかはキャリアウーマンで結婚していないという例がある。脅威的な母親は対外的に「上の子は嫁いで子供もいるんですが、下の子は結婚しないで困っていますのよ」と愚痴をこぼすふりをして実は他者に自慢しているケースが多い。
やれ、「結婚しない子は女だてらに会社をやっておりまして」「テレビに出てしゃべっておりまして」。
「まーあ、奥様、お嬢様すごいじゃありませんか」。
彼女は人にそういわれるアクセサリーが欲しい。自分の人生の勝敗を子供で晴らそうという貧しきかな、寂しきかな、その母の人生。

このタイプの母親は自分の見栄道具である息子、娘はけして手放さない。
支配下から逃さない。
だから見栄道具の娘が結婚するなどといったら大変だ。医者や弁護士、エリートサラリーマンなどであればまだしも、フツーの人となんか結婚された日にゃあ、自分の面子にかかわるのである。

明日は母の日だ。白雪姫に毒りんごを食べさせたのは実母だという説もある。いろんな母親がいる。母性とは何か? カーネーションを送る側ももらう側もしっかと見据えたいものである。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-13 22:14 | シンキング | Comments(2)  

花木で天動を知る

今年は例年になく皐月が見事だ。
f0073848_8104726.jpg

山手線では駒込の駅に咲く皐月が大迫力だが道路わきの植え込みの皐月も小雨に打たれながら、フューシャピンクの花を開かせている。

皐月の花が見事に咲くときは傾向としてその年の天候が不順な気がする。晴れ間に恵まれず、行楽日和が少ない。



自然に恵まれた地域に住んでいたときはこの皐月に限らず、桃の木、連翹、小手毬などいろんな花木が年によってよく咲く年、そうでもない年があることを学んだ。

人もきっとそうなのだろう。一生懸命やっても芽の出ないとき、ちょっとの努力で大輪の花が咲くとき。

努力は必要だ。しかし、時がある。天がその環境を必ず運んできてくれる。
自然のシナリオの中で咲けるときを油断しないで待つ。
そしたら今年の皐月のように見事に咲ける!

しかし、咲くだけでは勢いで終わる。要は実りだ。
実ったらまた芽だしをしなければならない。
芽が出たら風雪に耐え、また花を咲かせる準備をする。
人の一生も花木と同じこと。
がんばりましょうぞ。


お知らせ
アスカビジネスカレッジのレポートで5月11日前場売りを提唱しておりましたが、金曜日のNYダウ急落で皆様をグッドリードできたと思います。次回の発信は16日です。アスカビジネスカレッジにつきましては
当方ホームページ左リンク先一番上をご覧ください。

為替110円割れ、108円方向についての予測的中レポートは
マネーパートナーズFXコラム(木曜日)をご覧ください。直近レポートと152回レポートが特にご参考になると思います。
FXにご興味のある方は著名な経済ジャーナリスト 田嶋智太郎氏を中心にフレッシュで美しく目下大ブレイク中の経済キャスター 志水洋美さんと私の対談が参考になると思います(当方FXコラム木曜日にリンクが貼られていますのでクリックしてご覧ください)。

また直近の相場見通しにつきましては16日テレビ東京系列15時半~で時間が許せばお話したいと思っております(生放送のため、当日の状況によります)。お時間がありましたらご覧くださいませ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-13 08:26 | 感謝 | Comments(0)  

勝手欲望体系な人々!

面白いブログを書くと大評判だ。口コミで広まるらしく、来訪者の方もぐっと増える(うれしい!)。

今日も打ち合わせにあちこち出向いたが、多くの人から
「ブログ見ていますよ!」
と声をかけてもらった(赤っ恥、青っ恥、汗、汗、汗だ~!)

「ちちは大丈夫ですか?」
と聞かれて、
「ああ、父ではなく乳ね」
と思い、また汗だ~!

「痴漢は最近の話なんですか?」
「危ない地域に住んでるんじゃないですか?」
「火事だと叫びなさい」
とかいろいろなご意見、ご感想をいただく(感謝、感謝! だけど汗だ、汗だ~!)

もうその地域には住んでいないが、そこに住んでいたときには痴漢も含め、実にいろんな人を見た。

その地域には3大ファーマーがいた。M松さん、K林さん、K藤さんだったと思う。各氏いずれ劣らぬ豪農で広大な土地を持っており、野菜作りをしながら、相続対策に頭を悩ましておられた。その地域は東京、横浜いずれにも近く、急行も停まったので地価は高かった。
土地があるのは財産だがありすぎるのも大変なんだな、と3大豪農さまの領地に相続対策用の賃貸マンションが次々に建っていくさまを見ながら思ったものだ。
ちなみに私が痴漢に遭遇したのはその豪農さまの領地であるうっそうと樹木が茂った一角であった。

当時、私が借りていたのはK林さんの耕す畑のそばのコの字私道に立つ一軒家だった。
将来、絶対、私道コの字型に立つ一軒家は買うまい、と思うようなことがここでは多々あった。
まず、私道への駐車で各家がもめるのだ。
それこそ、各自奇妙奇天烈な独自の論理で自己主張をする。
例えばうちの右隣りの自営業のT島さんは「買った時、私道の分もお金を払っており、登記簿上、うちの私道持分が一番広いから、うちは商業車を二台停める権利がある」
という。なるほど<一理ある気がする。
すると、奥の家のT花さんが「うちもT島さん宅のように門のまん前に車をおきたい」と言い出す。T島さんにいわせれば「T花さんちの私道持分はほとんどない」とのことだ。
「二台も置くなんてあつかましい。一台は駐車場借りてそっちにおいてくれ」
「何いってんだ、私道の持分もなく、金もその分払ってない癖して!」
ついにT花さんの旦那とT島さんはこのことで殴り合いのケンカになったそうだ。
挙句、うちの家のまん前にT花さんの車が置かれることに!<なんで~???

うちの左隣の一家も不思議な人たちだった。その家の玄関から歩いていったほうが絶対に公道に近い。
にもかかわらず私たちが借りていた家の植え込みを勝手に引っこ抜いて道を作り、一家全員がうちの庭を横切ってうちの門から出入りする>なんで~???

その家のご主人はガーディニングが大の趣味でそのうちの庭には年中珍しい花が咲き乱れていた。想像だが自分たちの家はキレーにしておきたかったのかなと思う(それにしても、ねぇ?)

その家のご主人はある日、とんでもない暴挙に出る!

朝起きたら、ご主人がドドもびっくりのステテコ姿でうちの庭に立っているんで、ぎょっとして、
「何してんですか?」
と聞くと、
「いやー、雑草を抜いてあげてたんだよ」
って見たら私が植えていた花を全部引っこ抜いて、自分の好きな花を植えている!

花を愛する人は心清き人・・・・・という思い込みを見事に覆してくれたその家のご主人!
毎日一mmずつ隣家の土を耕して、登記簿上ではなく、自分勘定で可処分地域を拡大していく勝手欲望体系な人々!
ここでの体験でずいぶん世間力がついた気がする。
いやはや、いろんな人がいるもんだ・・・・。
まだまだ、この先、未知なる特異な人格との出会いはあるんだろうけども。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-12 00:56 | 人間考察 | Comments(2)  

見返り美人?

夜道を歩いているとき、背後に気配がすることがある。
振り返ると誰もいない。
しかし、いつもその地点で必ず気配を感じる。
そしてその気配はしばらく私に付き添ってくる。
おばあさんのような、静かな気配である。

そして、ある地点までついてくるとすっと消えてしまう。


以前住んでいた地域でもある一角に差し掛かると必ず背後に付いてくる気配があった。
誰だろう?
振り返ると誰もいない。
毎晩そうだ。
毎回そうだ。

ついてくる気配は温かい雰囲気のモノだ。
悪さをするわけでもなさそうである。
「また、付いてきてるよ。私はもう家に入っちゃうからね」
そう念じると
「はい、分りました・・・」
とすーっといなくなる。

駅から15分も歩く家に住んでいた頃のことだ。
満月の夜、「またついてきてるよ」と思った。
見返すと背後には誰もいなかった。
坂道に差し掛かり、小さなお地蔵さんがある一角に階段があった。
そこに一灯、街路灯がある。
階段を下りようとすると影が2つある!
背後に誰かいるんだ!!
心臓が高鳴って、思わず足を速めた。
階段を降りきったところで私は背後を振り返った。
頭髪の短いTシャツにジーンズの30歳くらいの男が立っていた。

なんだ、人間じゃないか。あーびっくりした。お化けかと思ったよ。
と、安心した途端、男は私に襲い掛かってきて、私を押し倒し、あろうことか思い切り服の上から乳をもんだ!
野郎! 何をしやがる!!! 私は怒り爆発(あったりまえだ!!)。
成敗してくれる! 今度は私が講演で鍛え上げた大声を張り上げてタックルだ。
男は後姿からは想像も付かなかった私のフロントの様相にびっくり仰天。
怒髪天をつく不動明王に負けじとも劣らないすさまじい怒りの形相と憤怒の炎、雷もかくやととどろく雄たけびに度肝を抜かれたらしく、一目散に逃げ出した。
ま~て~~~!!!
追いかけること数百メートル。途中でおっかけに参加してくれたアベックと一緒に大捕り物だ。

その話を聞いて腹を抱えて笑った仕事の担当さんは
「先日、出会い系でデイトの約束をした相手を待ち合わせ場所の近くから観察したらオカマちゃんだったな」
ってアンタ、どういうオチを付けようとしてるのよ、と思ったが、よい薬になったはずだよ。
その痴漢には。後ろ姿が女だからって、女にもいろいろいるからね。

以来、私も背後の気配には気配と侮らず何度も見返るようにしている。
幽霊よりも生身の人間のほうが何倍も悪いことをするからね。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-10 18:54 | 事象観察 | Comments(4)  

ツキ筋

忘年会、新年会などで主催者さまが抽選会をしてくださることがあるが、
稀に高額商品があたる。

昨年のある忘年会で立て続けに高額商品を当てた知人が困惑顔で
「事務所開きをしたばかりなのにこんなところで運を使ってちゃしょうがないんだけど・・・」といっていた。それも分る気がする。
仕事一本の人が「絶対、馬券、宝くじ、株などを買わない」といっていた。
勝負運をばくちや株の銘柄で消費したくないというわけだ。
それも分る!

しかし、当たるなら当たったほうがよい(~よね~!)

「今日は絶対何か当てたい!」というときは会場内でぴっかぴっかの人のそばに行くとよい。
あるパーティ会場で私にはその人が競馬評論家の阿部幸太郎さんに見えた。
阿部さんは雄雄しきダイナミックな滝のようなスカッとした実にいい男である。
阿部さんからはびりびりとした電磁波のようなものが出ている気がした。
つつつーと阿部さんのそばに近寄り、私はつぶやいた。
「籤運、来い来い!」
その日、カメラが当たった!阿部さまさまである。

とある日、試写会に招かれた会場で抽選会があった。
私は座席から抽選箱に手を入れた人にぐいっと念力をかけた。
「あ、次、私が当たる!」
強い確信が矢のようにやってきた!
と、その時だ。となりに座っていた
とほほ系の知り合いが「どうせ。あたりゃしないよねぇ・・・」とため息をついた。
「コイツめ、縁起でもない、何をいいやがる!」と思った瞬間、当たり番号が読み上げられた。
私の番号札と三番違いだった。
抽選会には強運の人を伴うべきである。

私が尊敬する公認会計士のA先生はツキ筋と付き合いなさいと教えてくださる。
確かにツキ筋はいる。
困ったことが起こる。難問が持ち上がる。
ぱっとある人の顔が浮かぶ。連絡する。あっという間に難問は解決する。
それどころかモーゼの杖みたいに道が開ける!

私もどちらかというとツキ筋だ(自称)
「あなたをお呼びするとその日を境に支店が活性化する」と転勤の度に律儀に講師に呼んでくださる支店長がいる(感涙)

もっとも支店長、部下の皆様が粉骨砕身働かれるからこそ支店が活性化するのだろうが。

ツキ筋にツキをもらって仕事の展望が開ける。
ツキには乗ることが大切だ。
自分も人のツキ筋になれるよう、がんばろう!
本日もまだまだ気張ります!! 仕事続行!!

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-09 18:02 | 感謝 | Comments(12)  

チャクラ天気予報+お知らせ

ヨガでお魚のポーズだったと思うがチャクラを刺激する寝技がある。
チャクラは人間の頭のてっぺんの、河童のお皿同様に大切な部分である。
電解質70%の人間のことだ。
おそらくチャクラを通して天の運行、森羅万象と何らかの交信をしているに違いない。

天と交信しているかどうかは別として私のチャクラは低気圧感知機としては
抜群の性能だ。
何しろ、東京が雲ひとつなく晴れていても
「あっ、ただいまインド洋赤道付近で低気圧発生の予感・・・」
と感知する。
「ばかな・・・」
といつまでたっても怖いもの知らずな配偶者。
「賭けるか? 明日は低気圧接近で午後から雨じゃぞ」
「よし、賭けよう!」
といつまでたってもカモになる配偶者。

私はチャクラをなでながら、せしめた1000円でアイスクリームなどを買ってきてたらふく食べる。
しかし! 賭けに勝つのはよいにしても低気圧接近は困る!

何しろ天気予報が九州に雨と伝える前にまぶたが開けていられないほど眠くなる。
そして関東に低気圧が接近するとともに睡魔に襲われ爆睡してしまう。
あっと気がつきゃ、12時間も寝ていることがある。
仕事がたまっている時に、ったく低気圧ったらぁ・・・!
今日もご覧の低気圧が鎮座ましましている。
こんな日は相場も今ひとつ。低気圧連動相場になる。
雨がざっと降ればすっきりするのだが。
相場はともかく低気圧非連動型の体質をなんとか改造したいものである。
f0073848_985789.jpg

画像ウェザーニュース
出所アサヒ・コム天気図

お知らせ
今週発売の週刊現代に先般の株式予想ダービー結果が発表される。
ウィニングランをするのは誰か? 入賞者による銘柄紹介もたっぷり!
ご興味のあるかたはご購読くださいね!

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-08 09:15 | 事象観察 | Comments(2)  

40にして惑わず!

弱冠というのは20歳を指す言葉なのだそうだ。

 30歳は而立(じりつ)
 40歳は不惑
 50歳は知命
 60歳は耳順(じじゅん)


「40にして惑わず」と釈迦はのたまい、「人生50年」と舞った織田信長は49歳で本能寺で最期を迎えた。
知命とは命についてそれまでの経験を踏まえていろいろ考える時期という意味も含まれているように思う。
信長はこの時、「人生は50歳で一区切りだ。さっさとせねば!」と急ぎすぎ、領地では名主だった「理=因果応報」の世界を愛する明智光秀の虎の尾を踏んだのかもしれない。

惑わず、命を知って粛々と生きる・・・。
「うーん、難しいよ! そんなふうにすらっと行かない!!」
とひとりごちたら、
「いいんだよ、当時との寿命対比で換算したら七掛けで」
とある人が。

ん? 七掛け? 七掛けだと私は而立期ってことね?!
而立は、「30歳にして立つ!」というようにこれからの発展をも示唆する。

よっしゃあ~、私はやるでぇぇ~。立って動き回って、ブイブイいわしてやるっ!!!

とはいえ、椅子から立つことは許されない。げ、原稿を書かねば連休返上の皆の衆に申し訳がたたない・・・っっっ。
今年は人の正月休みもつぶし、その上に皆の衆の連休までつぶしてしまった。
なんと罪作りなことであろう?

死しても惑わず原稿を書かねばのう・・・。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-07 07:33 | ライフスタイル | Comments(4)  

なんちゃってプロ

「私の頭、スイカじゃないんだけど」
「はっ????」
「そんなにごしごし洗ったら痛いわよ」
「す、すみません」
「もうお流し終えちゃうの? 耳の後ろを見てみなよ。泡が溜まっているから。ちゃんと流してね」
「耳の後ろをタオルでごしごししごくと痛いよ。耳の後ろの皮膚って薄いからね」
「シャワーヘッドを頭蓋骨にゴンゴン当てないようにね。客を脳震盪で殺すよ」

シャンプー台に仰向けになった客(私)から、ビシバシいわれて、美容師のタマゴは
「オッ、困った困った」状態になる。

シャンプーする人がよそ見しているのから小さなあくびをかみ殺すのまで、客は目をつぶっていてもみんなお見通しだ。教室や講演会で聞き手は自分一人くらい何をしていても講師に分るまいと思う。しかし、一度、演台に立ってみると全ての人が見渡せ、一人一人が何をしているかが手に取るように分かる。あれと同じで、目を閉じている客には、洗い手の動静は全て、バレバレである。人間は目がふさがれていても相手が何をしているかがわかるようになっている。

伸びる人はすぐ分る。こちらが何をいわんとしているかパッと掴み、
「こうですか? どうでしょうか?」
と、どうやったら客が満足するか、いろいろ工夫してみせる。こういう人はクレーマーをロイヤルカスタマーにしてしまう。客がつかなければどんな商売もやっていけない。だから、こういう人はいつかきっとヒトカドの人になる。

伸びない人はいわれた途端、固まって萎縮したり、口ではすみませんとか言っているが、うるさい客が帰ると、「ったくー、やんなっちゃうよ」てなことをいって、口と心が分離している人だ。
何をやっても自分が勝り、客商売には向いていない。こういう人は働き者の配偶者か親におんぶにだっこになり、生涯、自立は難しい。客商売に向かなければ、資本主義社会で食べていくことはできない。

美容師のタマゴに限らず、最近、「なんちゃってプロ」がすごく多い。
なんちゃってデザイナー。なんちゃってエステシャン。なんちゃって先生。
なんちゃって社員。
いっちょ前にプロ風に構えているが、とても人からお金を頂戴できる技術じゃない。
客側が逆に我慢料としてお金をもらいたいような仕事師。それを本人だけが分っていない。

なんちゃってプロは料金ドロボーと同じだ。
他山の石、人のフリ見てわがフリ直せで気をつけたい。

付け加えれば、相手が真剣に「ちゃんとやろう」と気合を見せ、首尾よくできたときには思い切り誉め、時にはチップをバーンと弾もう。それがプロを育てる客の務めである。
文句を言うだけでは客も「なんちゃって客」に過ぎない。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-04 07:32 | 事象観察 | Comments(2)  

私の愛猫史

かつては家猫の世話以外に、外猫にも毎日餌やりに通っていた。
雨の日も雪の日も何年もだ。

当時、バブルの始まりで野良猫が棲み家にしていた民家はどんどんペンシル・マンションになったり地上げされて更地になっていた。

棲み家を追われた猫たちは行き場を失い、路頭に迷っていた。
そんな猫をいじめる大人がいた。
なぜか小金を握ったセコイ成金ほど猫に石を投げたり、置かれた餌を捨てたりしていた。

一方で餌やりに通う人々もいた。タクシーの運転手さん。ホステスさん。
心優しき市井の人々。

夜、餌やりの人と出会うと見ず知らずでもお互いの思いはすぐ以心伝心で分った。

「今日は私があげといたから」
「ああ、そうですか。ほんじゃあまあ、私のは置いておくわ」
短く言葉を交わし、軽く会釈して夜の闇にまぎれてお互いに帰っていく。
そんなメンバーの顔ぶれもどんどんかわっていった。

何年か通ううち、何匹かつれて帰った。それが7匹になり、家猫となった。
そしてみんな天寿を全うした。

今は猫供養で金魚以外は飼っていない。

飼い主現役時代、私が猫を飼っていると知ると、人はいろんな猫グッズをくださった。
外国土産で猫のマグカップ、猫のブローチ、猫柄のTシャツ、袋物、置物などなど。
頂いたことには心から感謝したが、当時は、どの猫のグッズを見ても
「うちの猫のほうが100倍可愛い」と思った。グッズの猫に心奪われることはなかった。

しかし、愛猫の7回忌も近くなるとさすがに猫禁断症状が出る。
どんなグッズの猫も可愛く思える。
写真は知人の愛猫だ。そうそう、うちの猫たちもこんなポーズ、したっけな。
f0073848_0213529.jpg


猫の寿命は野良猫5年、家猫15年前後と聞く。長寿猫は20年も生きるらしい。
自分の余命を考えて、猫が死ぬほど好きでも「もう、責任をもって一生を世話してあげる私の寿命がない」と飼わない人もいる。私もその人の心境に今は近い。
ブランド猫をイージーに飼って、飼いきれなくなって引越しとともにそこいらに捨てていく浅墓な人たちが多いと聞く。
そんな一員にはなりたくない。猫を飼わない愛し方もあると考える日々である。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-03 00:37 | ライフスタイル | Comments(0)