花木で天動を知る

今年は例年になく皐月が見事だ。
f0073848_8104726.jpg

山手線では駒込の駅に咲く皐月が大迫力だが道路わきの植え込みの皐月も小雨に打たれながら、フューシャピンクの花を開かせている。

皐月の花が見事に咲くときは傾向としてその年の天候が不順な気がする。晴れ間に恵まれず、行楽日和が少ない。



自然に恵まれた地域に住んでいたときはこの皐月に限らず、桃の木、連翹、小手毬などいろんな花木が年によってよく咲く年、そうでもない年があることを学んだ。

人もきっとそうなのだろう。一生懸命やっても芽の出ないとき、ちょっとの努力で大輪の花が咲くとき。

努力は必要だ。しかし、時がある。天がその環境を必ず運んできてくれる。
自然のシナリオの中で咲けるときを油断しないで待つ。
そしたら今年の皐月のように見事に咲ける!

しかし、咲くだけでは勢いで終わる。要は実りだ。
実ったらまた芽だしをしなければならない。
芽が出たら風雪に耐え、また花を咲かせる準備をする。
人の一生も花木と同じこと。
がんばりましょうぞ。


お知らせ
アスカビジネスカレッジのレポートで5月11日前場売りを提唱しておりましたが、金曜日のNYダウ急落で皆様をグッドリードできたと思います。次回の発信は16日です。アスカビジネスカレッジにつきましては
当方ホームページ左リンク先一番上をご覧ください。

為替110円割れ、108円方向についての予測的中レポートは
マネーパートナーズFXコラム(木曜日)をご覧ください。直近レポートと152回レポートが特にご参考になると思います。
FXにご興味のある方は著名な経済ジャーナリスト 田嶋智太郎氏を中心にフレッシュで美しく目下大ブレイク中の経済キャスター 志水洋美さんと私の対談が参考になると思います(当方FXコラム木曜日にリンクが貼られていますのでクリックしてご覧ください)。

また直近の相場見通しにつきましては16日テレビ東京系列15時半~で時間が許せばお話したいと思っております(生放送のため、当日の状況によります)。お時間がありましたらご覧くださいませ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-13 08:26 | 感謝 | Comments(0)  

勝手欲望体系な人々!

面白いブログを書くと大評判だ。口コミで広まるらしく、来訪者の方もぐっと増える(うれしい!)。

今日も打ち合わせにあちこち出向いたが、多くの人から
「ブログ見ていますよ!」
と声をかけてもらった(赤っ恥、青っ恥、汗、汗、汗だ~!)

「ちちは大丈夫ですか?」
と聞かれて、
「ああ、父ではなく乳ね」
と思い、また汗だ~!

「痴漢は最近の話なんですか?」
「危ない地域に住んでるんじゃないですか?」
「火事だと叫びなさい」
とかいろいろなご意見、ご感想をいただく(感謝、感謝! だけど汗だ、汗だ~!)

もうその地域には住んでいないが、そこに住んでいたときには痴漢も含め、実にいろんな人を見た。

その地域には3大ファーマーがいた。M松さん、K林さん、K藤さんだったと思う。各氏いずれ劣らぬ豪農で広大な土地を持っており、野菜作りをしながら、相続対策に頭を悩ましておられた。その地域は東京、横浜いずれにも近く、急行も停まったので地価は高かった。
土地があるのは財産だがありすぎるのも大変なんだな、と3大豪農さまの領地に相続対策用の賃貸マンションが次々に建っていくさまを見ながら思ったものだ。
ちなみに私が痴漢に遭遇したのはその豪農さまの領地であるうっそうと樹木が茂った一角であった。

当時、私が借りていたのはK林さんの耕す畑のそばのコの字私道に立つ一軒家だった。
将来、絶対、私道コの字型に立つ一軒家は買うまい、と思うようなことがここでは多々あった。
まず、私道への駐車で各家がもめるのだ。
それこそ、各自奇妙奇天烈な独自の論理で自己主張をする。
例えばうちの右隣りの自営業のT島さんは「買った時、私道の分もお金を払っており、登記簿上、うちの私道持分が一番広いから、うちは商業車を二台停める権利がある」
という。なるほど<一理ある気がする。
すると、奥の家のT花さんが「うちもT島さん宅のように門のまん前に車をおきたい」と言い出す。T島さんにいわせれば「T花さんちの私道持分はほとんどない」とのことだ。
「二台も置くなんてあつかましい。一台は駐車場借りてそっちにおいてくれ」
「何いってんだ、私道の持分もなく、金もその分払ってない癖して!」
ついにT花さんの旦那とT島さんはこのことで殴り合いのケンカになったそうだ。
挙句、うちの家のまん前にT花さんの車が置かれることに!<なんで~???

うちの左隣の一家も不思議な人たちだった。その家の玄関から歩いていったほうが絶対に公道に近い。
にもかかわらず私たちが借りていた家の植え込みを勝手に引っこ抜いて道を作り、一家全員がうちの庭を横切ってうちの門から出入りする>なんで~???

その家のご主人はガーディニングが大の趣味でそのうちの庭には年中珍しい花が咲き乱れていた。想像だが自分たちの家はキレーにしておきたかったのかなと思う(それにしても、ねぇ?)

その家のご主人はある日、とんでもない暴挙に出る!

朝起きたら、ご主人がドドもびっくりのステテコ姿でうちの庭に立っているんで、ぎょっとして、
「何してんですか?」
と聞くと、
「いやー、雑草を抜いてあげてたんだよ」
って見たら私が植えていた花を全部引っこ抜いて、自分の好きな花を植えている!

花を愛する人は心清き人・・・・・という思い込みを見事に覆してくれたその家のご主人!
毎日一mmずつ隣家の土を耕して、登記簿上ではなく、自分勘定で可処分地域を拡大していく勝手欲望体系な人々!
ここでの体験でずいぶん世間力がついた気がする。
いやはや、いろんな人がいるもんだ・・・・。
まだまだ、この先、未知なる特異な人格との出会いはあるんだろうけども。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-12 00:56 | 人間考察 | Comments(2)  

見返り美人?

夜道を歩いているとき、背後に気配がすることがある。
振り返ると誰もいない。
しかし、いつもその地点で必ず気配を感じる。
そしてその気配はしばらく私に付き添ってくる。
おばあさんのような、静かな気配である。

そして、ある地点までついてくるとすっと消えてしまう。


以前住んでいた地域でもある一角に差し掛かると必ず背後に付いてくる気配があった。
誰だろう?
振り返ると誰もいない。
毎晩そうだ。
毎回そうだ。

ついてくる気配は温かい雰囲気のモノだ。
悪さをするわけでもなさそうである。
「また、付いてきてるよ。私はもう家に入っちゃうからね」
そう念じると
「はい、分りました・・・」
とすーっといなくなる。

駅から15分も歩く家に住んでいた頃のことだ。
満月の夜、「またついてきてるよ」と思った。
見返すと背後には誰もいなかった。
坂道に差し掛かり、小さなお地蔵さんがある一角に階段があった。
そこに一灯、街路灯がある。
階段を下りようとすると影が2つある!
背後に誰かいるんだ!!
心臓が高鳴って、思わず足を速めた。
階段を降りきったところで私は背後を振り返った。
頭髪の短いTシャツにジーンズの30歳くらいの男が立っていた。

なんだ、人間じゃないか。あーびっくりした。お化けかと思ったよ。
と、安心した途端、男は私に襲い掛かってきて、私を押し倒し、あろうことか思い切り服の上から乳をもんだ!
野郎! 何をしやがる!!! 私は怒り爆発(あったりまえだ!!)。
成敗してくれる! 今度は私が講演で鍛え上げた大声を張り上げてタックルだ。
男は後姿からは想像も付かなかった私のフロントの様相にびっくり仰天。
怒髪天をつく不動明王に負けじとも劣らないすさまじい怒りの形相と憤怒の炎、雷もかくやととどろく雄たけびに度肝を抜かれたらしく、一目散に逃げ出した。
ま~て~~~!!!
追いかけること数百メートル。途中でおっかけに参加してくれたアベックと一緒に大捕り物だ。

その話を聞いて腹を抱えて笑った仕事の担当さんは
「先日、出会い系でデイトの約束をした相手を待ち合わせ場所の近くから観察したらオカマちゃんだったな」
ってアンタ、どういうオチを付けようとしてるのよ、と思ったが、よい薬になったはずだよ。
その痴漢には。後ろ姿が女だからって、女にもいろいろいるからね。

以来、私も背後の気配には気配と侮らず何度も見返るようにしている。
幽霊よりも生身の人間のほうが何倍も悪いことをするからね。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-10 18:54 | 事象観察 | Comments(4)  

ツキ筋

忘年会、新年会などで主催者さまが抽選会をしてくださることがあるが、
稀に高額商品があたる。

昨年のある忘年会で立て続けに高額商品を当てた知人が困惑顔で
「事務所開きをしたばかりなのにこんなところで運を使ってちゃしょうがないんだけど・・・」といっていた。それも分る気がする。
仕事一本の人が「絶対、馬券、宝くじ、株などを買わない」といっていた。
勝負運をばくちや株の銘柄で消費したくないというわけだ。
それも分る!

しかし、当たるなら当たったほうがよい(~よね~!)

「今日は絶対何か当てたい!」というときは会場内でぴっかぴっかの人のそばに行くとよい。
あるパーティ会場で私にはその人が競馬評論家の阿部幸太郎さんに見えた。
阿部さんは雄雄しきダイナミックな滝のようなスカッとした実にいい男である。
阿部さんからはびりびりとした電磁波のようなものが出ている気がした。
つつつーと阿部さんのそばに近寄り、私はつぶやいた。
「籤運、来い来い!」
その日、カメラが当たった!阿部さまさまである。

とある日、試写会に招かれた会場で抽選会があった。
私は座席から抽選箱に手を入れた人にぐいっと念力をかけた。
「あ、次、私が当たる!」
強い確信が矢のようにやってきた!
と、その時だ。となりに座っていた
とほほ系の知り合いが「どうせ。あたりゃしないよねぇ・・・」とため息をついた。
「コイツめ、縁起でもない、何をいいやがる!」と思った瞬間、当たり番号が読み上げられた。
私の番号札と三番違いだった。
抽選会には強運の人を伴うべきである。

私が尊敬する公認会計士のA先生はツキ筋と付き合いなさいと教えてくださる。
確かにツキ筋はいる。
困ったことが起こる。難問が持ち上がる。
ぱっとある人の顔が浮かぶ。連絡する。あっという間に難問は解決する。
それどころかモーゼの杖みたいに道が開ける!

私もどちらかというとツキ筋だ(自称)
「あなたをお呼びするとその日を境に支店が活性化する」と転勤の度に律儀に講師に呼んでくださる支店長がいる(感涙)

もっとも支店長、部下の皆様が粉骨砕身働かれるからこそ支店が活性化するのだろうが。

ツキ筋にツキをもらって仕事の展望が開ける。
ツキには乗ることが大切だ。
自分も人のツキ筋になれるよう、がんばろう!
本日もまだまだ気張ります!! 仕事続行!!

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-09 18:02 | 感謝 | Comments(12)  

チャクラ天気予報+お知らせ

ヨガでお魚のポーズだったと思うがチャクラを刺激する寝技がある。
チャクラは人間の頭のてっぺんの、河童のお皿同様に大切な部分である。
電解質70%の人間のことだ。
おそらくチャクラを通して天の運行、森羅万象と何らかの交信をしているに違いない。

天と交信しているかどうかは別として私のチャクラは低気圧感知機としては
抜群の性能だ。
何しろ、東京が雲ひとつなく晴れていても
「あっ、ただいまインド洋赤道付近で低気圧発生の予感・・・」
と感知する。
「ばかな・・・」
といつまでたっても怖いもの知らずな配偶者。
「賭けるか? 明日は低気圧接近で午後から雨じゃぞ」
「よし、賭けよう!」
といつまでたってもカモになる配偶者。

私はチャクラをなでながら、せしめた1000円でアイスクリームなどを買ってきてたらふく食べる。
しかし! 賭けに勝つのはよいにしても低気圧接近は困る!

何しろ天気予報が九州に雨と伝える前にまぶたが開けていられないほど眠くなる。
そして関東に低気圧が接近するとともに睡魔に襲われ爆睡してしまう。
あっと気がつきゃ、12時間も寝ていることがある。
仕事がたまっている時に、ったく低気圧ったらぁ・・・!
今日もご覧の低気圧が鎮座ましましている。
こんな日は相場も今ひとつ。低気圧連動相場になる。
雨がざっと降ればすっきりするのだが。
相場はともかく低気圧非連動型の体質をなんとか改造したいものである。
f0073848_985789.jpg

画像ウェザーニュース
出所アサヒ・コム天気図

お知らせ
今週発売の週刊現代に先般の株式予想ダービー結果が発表される。
ウィニングランをするのは誰か? 入賞者による銘柄紹介もたっぷり!
ご興味のあるかたはご購読くださいね!

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-08 09:15 | 事象観察 | Comments(2)  

40にして惑わず!

弱冠というのは20歳を指す言葉なのだそうだ。

 30歳は而立(じりつ)
 40歳は不惑
 50歳は知命
 60歳は耳順(じじゅん)


「40にして惑わず」と釈迦はのたまい、「人生50年」と舞った織田信長は49歳で本能寺で最期を迎えた。
知命とは命についてそれまでの経験を踏まえていろいろ考える時期という意味も含まれているように思う。
信長はこの時、「人生は50歳で一区切りだ。さっさとせねば!」と急ぎすぎ、領地では名主だった「理=因果応報」の世界を愛する明智光秀の虎の尾を踏んだのかもしれない。

惑わず、命を知って粛々と生きる・・・。
「うーん、難しいよ! そんなふうにすらっと行かない!!」
とひとりごちたら、
「いいんだよ、当時との寿命対比で換算したら七掛けで」
とある人が。

ん? 七掛け? 七掛けだと私は而立期ってことね?!
而立は、「30歳にして立つ!」というようにこれからの発展をも示唆する。

よっしゃあ~、私はやるでぇぇ~。立って動き回って、ブイブイいわしてやるっ!!!

とはいえ、椅子から立つことは許されない。げ、原稿を書かねば連休返上の皆の衆に申し訳がたたない・・・っっっ。
今年は人の正月休みもつぶし、その上に皆の衆の連休までつぶしてしまった。
なんと罪作りなことであろう?

死しても惑わず原稿を書かねばのう・・・。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-07 07:33 | ライフスタイル | Comments(4)  

なんちゃってプロ

「私の頭、スイカじゃないんだけど」
「はっ????」
「そんなにごしごし洗ったら痛いわよ」
「す、すみません」
「もうお流し終えちゃうの? 耳の後ろを見てみなよ。泡が溜まっているから。ちゃんと流してね」
「耳の後ろをタオルでごしごししごくと痛いよ。耳の後ろの皮膚って薄いからね」
「シャワーヘッドを頭蓋骨にゴンゴン当てないようにね。客を脳震盪で殺すよ」

シャンプー台に仰向けになった客(私)から、ビシバシいわれて、美容師のタマゴは
「オッ、困った困った」状態になる。

シャンプーする人がよそ見しているのから小さなあくびをかみ殺すのまで、客は目をつぶっていてもみんなお見通しだ。教室や講演会で聞き手は自分一人くらい何をしていても講師に分るまいと思う。しかし、一度、演台に立ってみると全ての人が見渡せ、一人一人が何をしているかが手に取るように分かる。あれと同じで、目を閉じている客には、洗い手の動静は全て、バレバレである。人間は目がふさがれていても相手が何をしているかがわかるようになっている。

伸びる人はすぐ分る。こちらが何をいわんとしているかパッと掴み、
「こうですか? どうでしょうか?」
と、どうやったら客が満足するか、いろいろ工夫してみせる。こういう人はクレーマーをロイヤルカスタマーにしてしまう。客がつかなければどんな商売もやっていけない。だから、こういう人はいつかきっとヒトカドの人になる。

伸びない人はいわれた途端、固まって萎縮したり、口ではすみませんとか言っているが、うるさい客が帰ると、「ったくー、やんなっちゃうよ」てなことをいって、口と心が分離している人だ。
何をやっても自分が勝り、客商売には向いていない。こういう人は働き者の配偶者か親におんぶにだっこになり、生涯、自立は難しい。客商売に向かなければ、資本主義社会で食べていくことはできない。

美容師のタマゴに限らず、最近、「なんちゃってプロ」がすごく多い。
なんちゃってデザイナー。なんちゃってエステシャン。なんちゃって先生。
なんちゃって社員。
いっちょ前にプロ風に構えているが、とても人からお金を頂戴できる技術じゃない。
客側が逆に我慢料としてお金をもらいたいような仕事師。それを本人だけが分っていない。

なんちゃってプロは料金ドロボーと同じだ。
他山の石、人のフリ見てわがフリ直せで気をつけたい。

付け加えれば、相手が真剣に「ちゃんとやろう」と気合を見せ、首尾よくできたときには思い切り誉め、時にはチップをバーンと弾もう。それがプロを育てる客の務めである。
文句を言うだけでは客も「なんちゃって客」に過ぎない。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-04 07:32 | 事象観察 | Comments(2)  

私の愛猫史

かつては家猫の世話以外に、外猫にも毎日餌やりに通っていた。
雨の日も雪の日も何年もだ。

当時、バブルの始まりで野良猫が棲み家にしていた民家はどんどんペンシル・マンションになったり地上げされて更地になっていた。

棲み家を追われた猫たちは行き場を失い、路頭に迷っていた。
そんな猫をいじめる大人がいた。
なぜか小金を握ったセコイ成金ほど猫に石を投げたり、置かれた餌を捨てたりしていた。

一方で餌やりに通う人々もいた。タクシーの運転手さん。ホステスさん。
心優しき市井の人々。

夜、餌やりの人と出会うと見ず知らずでもお互いの思いはすぐ以心伝心で分った。

「今日は私があげといたから」
「ああ、そうですか。ほんじゃあまあ、私のは置いておくわ」
短く言葉を交わし、軽く会釈して夜の闇にまぎれてお互いに帰っていく。
そんなメンバーの顔ぶれもどんどんかわっていった。

何年か通ううち、何匹かつれて帰った。それが7匹になり、家猫となった。
そしてみんな天寿を全うした。

今は猫供養で金魚以外は飼っていない。

飼い主現役時代、私が猫を飼っていると知ると、人はいろんな猫グッズをくださった。
外国土産で猫のマグカップ、猫のブローチ、猫柄のTシャツ、袋物、置物などなど。
頂いたことには心から感謝したが、当時は、どの猫のグッズを見ても
「うちの猫のほうが100倍可愛い」と思った。グッズの猫に心奪われることはなかった。

しかし、愛猫の7回忌も近くなるとさすがに猫禁断症状が出る。
どんなグッズの猫も可愛く思える。
写真は知人の愛猫だ。そうそう、うちの猫たちもこんなポーズ、したっけな。
f0073848_0213529.jpg


猫の寿命は野良猫5年、家猫15年前後と聞く。長寿猫は20年も生きるらしい。
自分の余命を考えて、猫が死ぬほど好きでも「もう、責任をもって一生を世話してあげる私の寿命がない」と飼わない人もいる。私もその人の心境に今は近い。
ブランド猫をイージーに飼って、飼いきれなくなって引越しとともにそこいらに捨てていく浅墓な人たちが多いと聞く。
そんな一員にはなりたくない。猫を飼わない愛し方もあると考える日々である。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-03 00:37 | ライフスタイル | Comments(0)  

明日のある人

連休の谷間、式典に招かれスピーチを。

取材陣が多数来場していて晴れがましい席だ。
こんな僥倖にあやかれることに心から感謝である。

事前に文言を考えぬいてプリントアウトし、用意万端のコーディネイターのCさんとは違い、
私は赤ペラ。

Cさんとは2年ぶりだ。相変わらずブイブイいわすんだろうなぁ、と思っていたが、出だしは案の定、「変わっていないな、この人」と思わせられる自己宣伝からスタート。公的な式典に何をいいだすんだろうとハラハラしたが、以前と違って、言葉が洗練されている。

2年前は闘争心むき出しで、同性を見る眼が暗く、挨拶もろくに出来ない人だった。
表舞台と楽屋での落差が大きく、内心、「お若いの、顔を洗って出直してきな」と思ったものだ。

しかし、今日はどうだろう。キチンと挨拶はするし、言葉は洗練されているし、すっくとしていてなかなか立派だ。前は暗かった目にも明るい光が宿り、顔全体に「顔光り」がある。

うんうん、なかなか良くなった。いいよ、その調子!
この人なりに課題を消化し、今日の晴れの日を迎えたのだろう。
人のよい姿を拝見させてもらえるのはうれしいことだ。

言葉は人の生きる姿勢、心のありようをかくも如実にあらわすものだ、ということを痛感する。

すし屋や美容院に入ったとき、「いらっしゃいませ!」と大きな声で迎えられると
「また、来よう」と思う。
「おや、客かい」というようなぶすーっとした応対の店には「二度と来てやるもんか」と思う。

みんな、金持ちになろうと思って働いているんだろうに客に「二度と来てやるもんか」と思われちゃあ、明日がない。つまり、いずれ食っていけなくなる。そういうことに人は慢心して気が付かない。

「木村さん、私、こちらでお先に失礼いたします」
以前はこういうことを言わなかったCさんだが、キチンと動作を伴った挨拶をして帰って行く。
「明日のある人」になるために言葉の重要さを知ったのだろう。

やってくる日は全て明るい。その明るさを信じられるような生き方をすることだ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-05-02 02:19 | 感謝 | Comments(1)  

ウエルカム! 「おじんおばん」

「40歳からが勝負」
とフラメンコの師匠。フラメンコのルーツであるベリーダンスも40歳からが勝負なのだという。

ただでさえ美しい女性が半裸体でひらひら舞えば、フェロモン・シャワー全開。
見ているものは踊りのうまい下手以外の要素で充分魅了されてしまうが、
フェロモンの出に頼らない全人的な踊りを実力とするならば40歳からが勝負、というわけだ。

40歳。微妙な年齢である。気分は30歳代。体はおおいなる曲がり角。

人がどのように老いさらばえていくか、つい観察してしまうが、45歳くらいまでは女性もまあまあ、きれいだ。
問題はその後である。卵巣ホルモンが「あ、この人、せっかく卵を送っても、もう、子供産まないんだ」と判断を下し、ホルモンの供給をやめてしまうと、女は一気に中性化する。
その過酷な裁定に気が付くのが40歳代後半だ。
この時期は「女ってどんなだったかな?」と確かめながら生きていく歌舞伎・女形の世界を体験する。

女らしさや美貌とは子供を産むための遺伝子の工作だったんだと思えるほど、出産可能期を過ぎた女性に自然の摂理は容赦がない。
この時期から更年期が始まる人もいる。

しかし、気に病むことはない。外国の医師の意見に、この時期を乗り越えれば女性にはすばらしい能力を発揮できるステージが待っているのだというのがあった。
フェロモンに左右されないで仕事に集中できるため、偉業を成し遂げることも可能で、現に活躍している女性の例をたくさん掲げて、勇気ずけてくれる。
中性化こそ、「待ってました! 仕事適齢期」というわけだ。

そうさなぁ。私もいずれ「おじんおばん」と化して社会に役に立つ人になれればいいなぁ。
「おじんおばん」「おばんおじん」をよく観察してよいお手本を探してみよう。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-30 07:41 | シンキング | Comments(6)  

罰当たり

料理屋に出向く。
ワーッとさわち料理がでる。
これでもかこれでもかである。
いまどきの人はそんなに大量に食べない。にもかかわらず出る、出る。
何だ、この店は。よく考えて出してよ。主婦としては気がかりである。
無駄にして捨てるほどもったいないことはない。
料理になってくれた魚、それを捕った漁師、運んだ人、さばいた人、盛り付けた人。
みんな無駄働きになる。
銭がもうかりゃいいってモンじゃない。
生き金使いにならなければ、本当の経済人とはいえない、と私は思っている。
仲居さんに「ちょいと、こんなに運んできて食べきれないわよ。折り詰めだしてよ」
という。
ある仲居さんは「はぁ~」と聞き流す。面倒なことにはかかわりたくないようだ。
別の仲居さんは「うちはそういうことはしていない」ととぼける。ったく!
出せ、出せ、出せ。年季の入った主婦(私のことだ)を甘く見るなよ。
今度ははっぴを着たおっちゃんに言う。
「もったいないでしょ、食べきれないから、折り詰め出して」
「生モンは持って帰らないでくださいよ」
「早く持ってきなってば」
f0073848_2305292.jpg

しかめつらのはっぴのおッちゃんとの交渉の果てにタフ・ネゴシエーターの私はやっと15枚ほどの折り詰めをせしめ、みんなに配った。
押し寿司を詰めるもの、揚げ物を詰めるもの、男も女もせっせと詰める。
こういうとき、ちゃんと私のいうことを聞いて素直に詰めるヤツが大好きだ。
「えっ、いいんですか。詰めて持って帰っても」とライターのOさん。
「あたぼーよ、そこいらにいる猫にあげても捨てるよりはましだよ」
私の力説にみんなウンウンとうなずいて詰め終わる。よしよし、みんないい子だ。

今に出された料理をこんなに残すようなバチあたりなことは許されなくなる。
中国人の方々が旺盛な食欲を見せ、魚も肉も穀物も将来は非常に逼迫すると予測されている。私が店なら、残す量は出さないし、残ったら客に持って帰らせる。そのほうが店だって後片付けが楽なはずだ。
50年後、日本人はこんなに海に囲まれながら、かの国の漁によって魚が食べられなくなると
警告している学者もいる。
命をなげうって料理になってくれた海の幸、山の幸。 けして残すまじ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-28 23:09 | シンキング | Comments(2)  

組み合わせの妙を楽しむ

知人と一緒に韓国にいったときのことだ。
宝石売り場があった。
石が大好きでデザインにも興味がある私が猫にまたたび状態でショーケースに近寄っていこうとすると、知人は「私、宝石に興味ないから」とそっけないのだ。
「若いときに宝石をつけるなんておかしいもん」と譲らない。
なんと愛想のない女かな、とその場は譲ったが、ヒカリモノが好きな私としては韓国で宝石をじっくり見られなかったことはずっと心残りだった。

しかし、彼女の信条も一理ある。若い時はそれだけで美しいのだから特段飾り立てることはない。もっとも、旅行時、彼女の年齢は四捨五入すれば私と同じ40歳代。その年齢を「若い」と思うかどうかは人によって感想が違うだろう。

しかし、なんたって私はヒカリモノが好き。好きなのに、買ったら燃え尽き症候群で満足してしまい、ほとんど身につけない。そのうち、人にあげてしまったりする。
そして、また、別のものが欲しくなる。f0073848_6162679.jpg

このところは幅広の指輪が欲しくなり、ずっと探していたのだが、手持ちの指輪を組み合わせたら、ちょうど欲しかったタイプの指輪になった。ダイヤのエタニティの真ん中にしているのは単独では立て爪がじゃまっけなのと、よく光りはするが石の大きさが私の体の体積との比較で今ひとつバランスがしっくりこなかったもの。

リフォームに出さなくてよかった。組み合わせると使えるものもちゃんとある。一つ一つ生かし場、生かしようがあるのだ。
ちなみに真ん中の指輪は20歳代の半ばに買ったもの。後の知恵が若いときに仕込んだモノを生かす例だ。自分の中にもこの指輪のように生かしようのある蓄積がたくさんあればいいのだが。心して日々励もうと思う。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-26 06:24 | 感謝 | Comments(3)  

舌は3代

原稿を書いていると何かをバリバリと噛みたくなる(私はワニか?)
氷、せんべい、飴・・・。こういうものを食すが、次第に飽きる。
第一、体重計の数字更新スピードも速くなり、せっかく原稿料をいただいてもサイズの大きい服代に消える。

そこで今日はたけのこご飯だ。そんなことをしているヒマがあったら原稿の一枚でも早く書いて送って来いと叱られそうだが、ま、食べねば書けない。お怒りのかたがた、許されたい。
f0073848_9323247.jpg

たけのこは皮を剥くと半分以下の分量になる。あく抜きのために米のとぎ汁で煮て、小口に切って今度は土鍋でたけのこご飯にしつらえる。ご飯は土鍋で炊くほうがおいしい。板前さんがいっていたけど本当だ。
みりん、酒、濃い口、うすくち、昆布だしで強めに味付けして、ワカメとあわせて炊き上げる。
火を止める最後の数分はちょっとおこげが出来るよう耳と鼻で頃合を測るとよい。

トッピングに若芽があればいうことはないが、今日はナシ!


料理本の編集が長かったかたから「お洋服のデザイナーはご本人だけの力でのし上がる人がいますがお料理の先生はそうはいきません。舌が育つのに最低3代はかかりますからね」というようなことを伺ったことがある。

うちは父方、母方に旅籠や旅館の人がいるし、叔母も割烹の女将だったから、うまいかどうかは別として、みようみまねで料理を作るのは苦ではない。

舌は3代。おいしく料理を作れた日にはおじいさん、おばあさん、ご先祖様に感謝しよう。
そして自分も、子孫に感謝されたいものである。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-25 09:51 | 医食同源 | Comments(4)  

民主候補勝利で外国人動揺? 連休もあって株価下落

ここに引用したヤフーチャートは昨日までの様子を示した日経平均株価の日足です。
移動平均線内で収まる下げであればよいですね。
連休前はこんな展開が多いものです。
なお、今日の様子は最新のチャートを確認してくださいね。

f0073848_1712699.gif



相場見通しにつきましては

火曜日配信 アスカビジネスカレッジ(相場展望、速報 研究銘柄)
木曜日プレビュー 増田足(水曜出稿 々 )
木曜日プレビュー マネーパートナーズ(速報 為替見通し)
月曜日発売   週刊誌「奥様株」

のローテーションでお届けしています。
今週は日証新聞水曜日版にも出稿します。
なお、ラジオ番組は目下もろもろ調整中です。もう少しお待ちください。

年後半のイベントにつきましては詳細が決まりつつありますので、
調整が付き次第、ホームページにてご案内いたします。

 

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-24 17:18 | 時事 | Comments(0)  

第41回フローラステークス、週刊現代、読売ウイークリー

今日は15時35分発走のフローラステークスを研究。
なんか団子になってもつれ込みそう。
松岡騎乗の3枠⑤ハギノプリンセス、郷原騎乗の3枠⑥ホウショウルビー、7枠⑮吉田豊騎乗のマイネサンサンが気になる。

分らないときは手堅く小さく。

私も馬として24日月曜日発売の週刊現代「株ダービー」で
八頭の中の唯一の牝馬としてパドックに入る。
前回は二位と三位をマーケットウォークの鮎川氏と激しく競い、ゴール間際で鼻差で
負け三位入賞にとどまった。
上位にはいると、次号にウイニングランが許され、また、入賞者同士で天皇賞を競わされる。
こんな競争、お笑いでしかないのだが、私も含めて各氏は命を賭けて銘柄を抽出する。
因果な商売だが、上位入賞を果たすと一気に支持者が増えて、シナジー効果が大きい。
今週の成績は発売日の24日始値、28日終値で査定される。
週刊現代で出そろった各氏渾身の銘柄に今週は大注目されたい。
笑って見守ってくださいね~!


同日発売の読売ウイークリーでは政治家の持ち株の査定を担当。なかなかよい株をお持ちの政治家も多かった。将来の有望株もちらっと分るかもしれない。ご参考になれば幸だ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-23 11:49 | 時事 | Comments(2)