子供は忘れない

時々、子供が「どうかしたのか?」と思うほど泣いていることがある。
そういう時はともかく現場を見る!
「人が見ている」ということで子供を泣かしている大人の行為の抑止力になれば、と願ってだ。
それは必ず、休日に起こる。
火がついたような子供の泣き声。
何事かと思ってカーテンを開け、あわててサッシ戸を引くと、40歳手前くらいの男性(いつもこの男だ!)が3歳から5歳くらいの女児を激しく泣かせている。
私が見ていることに気がつくとある日の彼は取り繕ったように女児と歩き去った。
次に目撃した時は母親とおぼしき女性と一緒だった。女児の激しく泣く声に驚いてベランダに立つと、男性は女児の背後に回り、女児を万歳の格好に吊り、はだしの彼女のかかとを交互に激しく後ろから蹴り上げているのだ。靴を履いた自分の足で!
女児は「やめて-」と絶叫して泣いている(当たり前だ)
想像するに女児が歩くのに疲れ、抱っこをせがんで歩かないので、男性がおしおきのつもりでそんなことをしているのかと思うが、それにしてもあんまりではないか。
この人、本当の父親かな?
しばらくすると母親が女児に靴を履かせ、その手をとって歩きはじめた。すると、男性は拳骨で女児の頭を殴った(!)
女児は「痛いーッ」と激しく抗議して絶叫し、また泣く。
親だかなんだか知らないが、ここまで彼女がやられることはないだろう。
私がこの女児に成り代わって、この男に噛み付いてやりたいくらいだ。
それにしてもこの母親は何だ? 父親だか情夫だか知らないが、私だったら、「何をする!」と男を制止するが。

夕暮れが迫る遊歩道を歩く別の母子。母親がまるで大人にいうみたいな口調で小さな子供を脅している。「このまま、ここに置いていっちゃうからね」
なんてことを言うんだ、と鬼女を見る。 ほかでもない母親に暗闇迫るヒト気の少ないこんな場所で、そんなことをいわれた小さな子供の気持を考えたことがあるのか?

子供はけして忘れない。自分に向けられた暴力やひどい言葉、ひどい仕打ち。
自分の親だからって許すことはない。一生涯覚えているものだ。
そして、それは目に入ったごみや抜き損なったとげのように親子関係、ひいてはその子のその後の人生にちくちくと刺さってさまざまな障害をもたらすのである。
私は「大人が小さな子供に何してんのよ!」と見てあげることでしか子を守ってあげられないが。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-09 16:03 | 事象観察 | Comments(0)  

今日はインターネット・サイトのご案内です!

時々、私がまとめ役みたいな立場となってインターネット上の
サイト
で皆さんとディスカッションさせていただいています。

今週末から来週末まで、まとめ役としてまた、担当させていただいております。
全体をご覧になる場合は
ここをクリックしてみてください。

テーマを決めて、他のかたや自分の感じ方、考え方をオープンにし、それぞれがその意見を参考にして迷いなく生きていこうよというのが目指している着地点です。
このすばらしいサイトを企画・運営されているのは女性経営者としていつも光り輝いていらっしゃるあのカリスマ・エクセレント・ウーマンの佐々木かをりさんです。

佐々木かをりさんの運営されているイーウーマンをぜひのぞいてみてください。
そして、どうぞ投稿もしてみてください。
いつもこのブログにコメントを下さる男性陣の皆様も大歓迎です。
基本的には女性サイトですが、男性もご投稿が可能です。

私は実務で朝から晩まで株の原稿を書いたり、話したりしています。
電車に乗っても、飛行機、新幹線で講演先に向かっても、道中でチャートを広げて見ていると、お隣にいらっしゃるたまたま乗り合わせた方から「株はどうですか?」としょっちゅうお声をかけていただきます。

もちろん、そういう皆様あっての私です。できるだけそうした話題にお答えし、これからもお答えし続けたいと考えておりますが、たまには株や経済以外の話題で皆様とコミュニケーションさせていただきたいなと思うことがあります。

その意味で能力と経験と見識が要求される厳しい競争社会で営む実務と違って、ノースポサーで運営しているこのブログや今日、ご案内するサイトのようにライフスタイルなど大きな視点、多様なテーマでお話させていただいたり、ご意見を読ませていただけるのは私も命の洗濯、心の風通しができて、とってもとっても楽しみです。どうか、ふるってご参加くださいませね!!

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-08 15:04 | お知らせ | Comments(3)  

けし饅頭

数年前、10センチ大の胃がんを切除したE子さん、
「今にして思えば、がんとは知らなかった当時、毎日のように甘いものが食べたくなったわね」
という。がん細胞はことのほかブドウ糖を消費する。がん細胞のありかを探るのに人気の高いPET診断はこの原理に注目して開発された診断法だ。E子さんが当時、やたらと甘いものが欲しくなったというのはうなずける。

MBAにチャレンジした近しいおっちゃん。私が原稿を書く前に「あんぱん一気食い」とかするのをたびたび目撃し、私のことを結構、本気で笑ったり、そしったりしていたが、このかたも卒論をお書きになるとき、あんぱん10個食いとか平気でなさっていた。脳みそは糖分を必要とするのである。私とあんぱんの関係を深く知ったおっちゃんは以来、たまに甘いものを差し入れてくれる。よしよし。苦しゅうない。さらに励めよ。

ダイエットに挑戦しているKさんは糖分カットを申し渡されたが、「仕事が手につかなくて脱落する人がいるらしいよ。ホントは人参も糖分が多いからダメっていわれているんだけど」とおっしゃりながら「今日は特別」と野菜スティックになってる人参を「あー、うまいなぁぁぁぁ」としみじみしながらかじっていらした。そうだ、糖分はうまいのだ!

なのに、どうも最近の甘味は「甘さ控えめ」とかうたっているものが多くないか?せかされ原稿を書いているさなか、どうしても甘味が食べたくなる。目くそ鼻くそが昨日来より、わが顔面に張り付いている情けない状態でも甘味食べたさの欲求に耐えかねて、ついに私は部屋を飛び出し甘味屋へダッシュ!! やっとの思いで手にした甘味を袋から出すのももどかしく、口に運ぶが、
「何これ? ぜんぜん甘くないじゃーーーーん!!!」。
このときの腹立たしさ。悔しさ。情けなさ。今度、悲嘆の様子をビデオに撮るから日本甘味屋協会さん御一同でぜひ見てもらいたい。
何でお団子なのに甘くないわけ? 何であんこがこうもあっさり味なの?
何でっ、何でっ、かような上品な甘さなのよ---???  許せんわぁぁぁ。

何度も何度も失望と期待のハザマでだんごだましに遭遇してきたのだが、究極の甘味をこたび私は入手した。関西空港にしか売っていない。東京では町田東急に週一しかこない。仕方がないから大阪・堺のお店に電話して、「土産にもらったけし饅頭が忘れられない」とお願いして送ってもらった。甘味ファン、この饅頭はほどよく甘い。お試しあれ。

f0073848_2145032.jpg

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-07 21:07 | 医食同源 | Comments(6)  

春のトレンド

今春はコーヒー色ってのがちょっとしたトレンドなのかもしれない。
また、コーヒー色の厚手木綿のコートを着ている女性を見た。なかなかに素敵であった。
この色を春カラーとして着るのは意外感があってとても新鮮な印象を受ける。

それとおととしあたりから続いているプリント柄のゴージャス・スカート。
屏風のような大胆な絵柄が引き続き人気だ。今年のデザイナーズもアート感覚のプリント柄を多用しているので華やかな絵柄がなお提供されるだろう。

しかし、時に「もう服はいいわな」と思うことがある。
体は一つしかないんだし。
服がたくさんあっても着こなせるかどうかはまったく別問題。
収納の限界もある。

年収2億数千万円、愛車がフェラーリなど数車という女医さん。毎シーズン、ブランド服をざくざくっと買いそろえ、その季で捨てる(!)。
なんとバチあたりなっっっ!!!
と最初は思ったが、そういう考え方もありかも。

傷み具合でいえば服は20年たっても着れるものは着れる。
しかし、着る側のこちらはドッグイヤーさながらに年をとっていく。
足も体もそれなりに維持できていても首と手と顔の年齢を若く保てている年配女性は少ない。
そして、たいていの服は顔とのバランスがモノをいう。
足からすーっと上に上に視線を上げていって、最後に顔を見たときに、服と顔がそぐわないとどうしようもないのだ。

シーズンごとに似合う服だけを数点新調し、その季であっさり処分する。
クローゼットの中のもう着ないのに捨てられない服の山を見て、女医さん方式を考える。
捨てればまた、新しい服と出会える。
過去の栄光と新しいことへのチャレンジと、さあ、どっちを取るといわれるのと似て、とっても難しいんだけど、ま、春だしね。違う考え方もしてみなくっちゃ、さ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-07 08:05 | アンテナ | Comments(0)  

今日はラジオ放送をご案内します!

今日はラジオ放送をご案内します。

どの皆様のトークもすばらしいです。
私は今回、木曜の深野康彦様のご担当日に呼んでいただきました。
60分の番組の頭から20分過ぎあたりに出演しています。
流れは深野康彦さんと小野紫さんのトーク
和島記者 アローズ(深野さんとトーク)
日経新聞 ジャスダック報告(記者さんが主にトーク)
その後です。

また、為替については当ブログ左にある木村佳子のホームページのリンク先
新しいマネパのURLからいけます
FXコラムをクリック
いろんな方のご意見がきっとご参考になると思います。私のコラムは木曜日更新です。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-06 22:14 | お知らせ | Comments(0)  

美人色

なまっちろい肌にいきなりおろしたてのリクルートスーツを着たってな子が携帯片手に
電車の中でぐだくだしゃべってる。

中身は不定愁訴みたいな内容だ。落ち込んだ、だからあんたに聞いてもらいたい。うまくいかなかった、ブルーな私を救ってよってか?  人のダメ話を聞かされる相手こそいい迷惑だろうな。

服地の糊が取れてないようで彼女が動くたびにカサコソと音がする。服も本人もまだ社会になじんでいない印象だ。
会社に勤めるということは今まで以上に社会性を求められる。会社のバッジをしたまま、不都合な行為をすると、会社の人、取引先などあちこちに迷惑が飛び火する。

そんな自覚がないから会社では仮面社員、携帯仲間としゃべる時だけホントの自分てなことになるのだろう。
もっとも、最近は「そんなこといったって、あのオジサンもこのオバサンも・・・」てな中高年も多くて、よい見本は少ないのだけど。

「こんな子が入社する会社は困るよな」と見ていたらその後ろにちょいといい女が・・・。

土色の肉厚木綿のコートに灰色のサブリナ風のパンツ。ローヒールの靴。渋い緑のラメ入りニット。首にはあっさりしたプレーンなチェーン。籐の柄がついた紫色の傘。一つ一つのディテールがお金のかかったよさげなモノでありながら、押さえた色形。主体が自分で服や小物に着られていない。
化粧はしているが口紅の色がアースカラーなせいか、精悍な感じでなかなかにカッコいい!
全体的に「私、ちゃんと仕事しまっせ」って感じの漂う女性である。何してる人だろう? マスコミっぽいな。

階段を上がっていくあの若い女性もいい! 体にフィットした明るい土砂色の地味なスーツが白い肌を引き立てている。きびきびした動作で、この人もかっちり仕事しそうな感じだ。
服のセンスや動作にそこはかとなく「その人」が現れて、ちやんと第三者に大事なことは伝わるものだ。

新人を迎える職場の人も多いと思うけど、地に足のついた女性は凛として美しい。
こびずおごらず堂々と。
そして、この時期、ちょっと押さえた色味のスーツが女性の美しさを引き立てるような気がする。
春は花と若葉の季節。しかし、明るい色を冴えさせているのは濡れた土や枝々の渋い色味との対比だから、ね。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-06 00:08 | アンテナ | Comments(0)  

自分に出来るちょっとしたことから・・・

一人目の子供は駅から2キロ離れた保育園に。
二人目の子供は駅から5キロ離れた保育園。
「しかも、それぞれにお迎え時間が違うのよ」
と知人の仕事を持つ女性から聞いて、やはり仕事を持ち一児の母であるE子さんは二人目を産むのをためらっているという。

時々、まだ若いのに頭髪が臭う女性とすれ違うが、
「家事、育児、仕事に追われ、もう、一週間も髪の毛を洗えていない」
とフリーランスのライターさんから聞いたことがあるのを思い出す。
きっととんでもなく忙しくて風呂にも入れないお母さんたちがいるのだろう。

子供の頃、銭湯に行くと、脱衣場に置いてある子供用のベッドに、赤ちゃんに沐浴させたばかりのお母さんたちが宝物のように子供を抱えて風呂からあがってきていた。
赤ちゃんをベッドに寝かしてその体を拭き、産着を着せてオシメを当てる。
お母さんたちはずぶぬれのままだ。
タオルで前を隠すことも出来ず、濡れたままで一心に子供の世話をしているそうしたお母さんたちの顔は皆やつれ果てていた。
しかし、赤ちゃんが笑うとお母さんたちの眼にも光が宿って、口元もほころんでいた。

いつも番台にいる女将さんはお母さんたちが赤ちゃんのしたくを終える頃を見計らって、
「見ていてあげるから、さ。奥さんも湯に浸かってきなさいよ」と声をかけていた。
「そうですか、助かります」
お母さんたちは本当にうれしそうに、そして済まなさそうに小さくお辞儀して、すぐ風呂場に戻っていった。
このときのことを思い出しながら、自分に出来るちょっとしたことをしてあげればいいんだ、と思う。漫画、携帯ゲーム、メールにふけっている「姿は中高年、頭は・・・」ってな自分世界に浸りこんでいる大人にならずに、さ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-04 11:09 | シンキング | Comments(4)  

粋の研究 2

「年をとったらこんな女性になれたらいいな」
と思う一人にC子さんがいる。
水戸黄門様の女性版のような彼女と時々お目にかかるのがとても楽しみだ。

滝の流れるラウンジでひとしきりお話が弾んで
「お食事でもいかが?」
とその日も誘っていただいた。喜んでお相伴させていただいたのだが、
入ったお店でお料理を選ぶと、支配人みたいな方が
「ただいま、こちらのコースをお勧めさせていただいております」
と私たちが選択したのより三割ほどお高いコースを熱心に勧めるのだ。
「じゃ、それで」
とあっさり、応じたのだが、とても「星3つです!!」とはいえないような内容だった。

お互いに相手をおもんぱかって、
「えっ? あの料金でこの内容はないわよね???」との心の動揺を見せないように食事したのであるが、一皿一皿に、「あららん???」とC子さんも内心思っておられるな、というのは感じた。

さて、C子さん。
お支払いの際に、
「たしかに最初に選択したコースとは違うお勧めコースをいただきましたが、内容をお間違いになったのではございませんか? とてもさっぱりしたコースでしたわ。あの内容であのお値段はありませんわよね。きっとお間違いでしょう」
と静かな口調でおっしゃった。
すると相手もさるもので、最初はきょとんとしていたが、
「大変申し訳こざいません。手前どもがコースを間違えました。大変失礼いたしました」
と応じて、最初に選択した料理の値段で支払いは無事に済んだのだ。

いやはや、やるもんだなあ、と私は改めてC子さんを見直した。
私ならこうかっこよくは決められなかったろうな。
小柄で物静か、お年を召していてもモーゼのように道なき場所に道を作ってすいすい渡って見せる粋な女性である。大いにお手本にしたいものだ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-03 00:32 | スタディ | Comments(0)  

お金の運用に通じる服の話

時々、自分で生地を選んで、洋服を作ってもらう。
オーダー料金は既製服を購入するのと比較して若干高めだ。
仮縫いはナシで出来上がりは注文してから約2~3週間後。

さあ、晴れて注文した服とご対面となるわけだが、期待以上の作品が出来上がっている割合は四割。あとは奇妙奇天烈なものが出来てくる。

理由の多くは、そもそも生地に合わないデザインを注文していること。
ブラウスに向く生地でスーツを作るとライトの下では下着がすけすけというようなことが起こる。
バイヤスで裁断したほうがきれいなシルエットになる生地、バイヤスだとごわごわした質感が目立ってしまう生地。生地によって的確な指示を出さなければならないがその経験が私に足りていない。そういう失敗作もある。

次によほどの達人でないとうまく仕上げられない繊細な生地を選び、あまり器用でない縫い手にあたるとこれも満足のいかない作品になる。

ダーツは体の曲線に服をフィットさせるために必要なものだが、作り手は「オーダーなんだから、長く着られるように」とか「自分の体からして、これくらいの量だろう」と頼み手の体に聞かずに自己判断することがある。これが仕上がりに響くことも多い。

口頭で念を入れて説明し、見本も持っていったのに、縫い手に伝わっていない。
頼み手、取次ぎ、実際に縫う人。
人間が三人介在すると最終的に違った話になることを思い知る。

しかし、こうしたことはよい経験になる。
いくら説明しても相手に伝わらないことがある。このことを知るのは重要だ。
生地に向いた最適なデザインは? これもいずれもう少しわかるようになるだろう。

稀にお直しナシ! ということがある。すると取次ぎの方は心から喜んでくれる。あまりうるさいことを言わず、取次ぎの方を喜ばせてあげる大きな気持も必要だ。

オーダー服の難しさを体験して素敵な既製服の背景を知る。素敵な既製服はそれこそ私がオーダー服で味わう「こんなはずでは・・・」という経験を山のように積んだデザイナー、プロデューサーが「これぞ」と吟味した作品を現場に投入しているのだろう。
よい既製服選びは金融商品選びにもつながる。
オーダー服はお金の運用に通じる部分がある。
どちらもうまく付き合えるようになりたいものだ。

# by yoshi-aki2006 | 2006-04-01 11:04 | スタディ | Comments(2)  

鉄の女に!

髪の毛はスタミナの象徴で量が多い人は頑張りが利くそうな。
年齢とともに髪の毛が細くなることを考えるとうなずける部分がある。

髪の毛は二年位前の自分の栄養状態を表すとも聞くので
自分の食生活の反省材料にすることもできそうだ。

B子さんは色白でほっそりした体型。
とても高校生になる二児の母には見えない佳人である。

かねてから、きれいな人だな、と思っていたが先日ゆっくり話しをする機会があった。
時々、目の前を星が飛ぶという。
つまり、貧血気味でふらふらするらしい。
色白だと思っていたが、本人は「青いでしょう?」と気にしている。赤血球が足りなかったのか。

女性の四人に一人は筋腫持ちだという。筋腫があるとどうしても貧血気味になる。
貧血を放置しておくと爪がぼろぼろになったり、口角が切れたり、髪の毛が細くなったりする。
ひどいときは失神したりする。

フェロミアというよく効く鉄剤があるが、この薬と体質が合わない人がいる。また、お茶やコーヒーと一緒に飲むと薬効が阻害される。

豊かな髪の毛は鉄の足りている証で言い換えれば健康体であり、スタミナ充分という前述の説を裏付ける。

プルーンやほうれん草など鉄分の多いものをせっせと食べていつまでもカラスの濡れ羽色の髪、キラリンと光る強い爪、柔らかな口元を維持したいものである。

# by yoshi-aki2006 | 2006-03-31 10:30 | スタディ | Comments(2)  

3月29日は朔だった。地球から見て太陽と月が同じ方向になり、地球からは月が見えない。
この日はエジプトなどで昼の1時頃、皆既日食が観測されている。

この日、もしくは次の日から満月に向かって新しいサイクルがスタートするので朔には1日という意味もある。
キリスト教では一週間7日のうち一日を日曜日として祈りと休養にあてましょうとしているが、ヨガの先生には朔の日である新月とその対極の満月の日を休む人がいる。これは体験上、もっともだな、と思える。朔や満月の日を境にして体調が変わるのをしばしば実感するからだ。

株式市場では今年3月29日取引分から4月渡しになるので実質新年度入りの日にあたる。
29日は何かと重要なスタートの日だったわけだ。

気がつけば一年の4分の1は既に過ぎている。そして、春分の日、お彼岸も過ぎ、新月満月サイクルでは新しい日のスタートだ。
これから夏至、秋分の日、冬至と大きなサイクル、中規模サイクル、小規模サイクルの中で体調を万全にして歩みきらなければならない。
私の場合は、既にさんざん、彼岸餅を食べて体力増強に備えたことだし・・・(それにしても彼岸餅はとってもおいしかった~!)

# by yoshi-aki2006 | 2006-03-30 03:21 | 時事 | Comments(0)  

NHKさん、いくつからお年寄りなの?

65歳の女性が怒っていた。病院にいったら医師が看護師に
「ちょっとー、このおばあさんに××してあげてください」
といったそうな。
「一体、誰がおばあさんなの? 失礼しちゃうわよ」

まったく同感である。気の毒に。
言われたくないわよな、赤の他人におばあさんだなんて。
じゃ、この医師はおばさんには「おばさんにさー、処置してあげてよ」
おねえさんには「このおねえちゃんにさー」とか言うのだろうか?
そんな失礼なことはいわないだろう。
おばあさんだけにそういうなんて、老人蔑視もいいとこだ。
私がその場にいたら言ってあげたよ。
「具合が悪くて病院に出向いているのに、これじゃ、よくなるものも悪くなりそうだ」って。

医師もいろいろだ。人気病院の医師たちは患者に対して言葉を選んで話しているが、言葉も態度も技術もぞんざいで荒っぽい人も確かにいる。

私はおじいちゃん、おばあちゃんという呼び方は親族しか使ってはいけない言葉だと思っている。
馴れ馴れしく赤の他人に使う言葉ではない。

人は他者が認識しているようには自分の年を認識できていない。
誰もが自分は年の割には若い、いい線いっていると思ってるものである。
本人が半値、八割、2割引、つまり3分1程度にしか思っていないことを100%以上に評価すると、こと、年齢の場合は怒りを買う。

テレビなどで、「お年寄り」とか「おじいちゃん」「おばあちゃん」と気軽に呼んでいるのを見聞するが、お年寄りっていくつからを言っているの? ニュースなどでもよくこの言葉を使っていて、気になる。
呼ばれている人は不愉快に思っているだろうな、と見ているこちらのほうがハラハラすることが多い。

特にNHKははっきり、いくつからの人を高齢者と呼び、お年寄りと規定しているのか、報道の現場、アナウンサー、視聴者にちゃんとした指針を示してもらいたい。
私は自分のことをビーエービーエー(BABA)、男性版はジーアイジーアイ(GIGI)と言っている。もちろん、一般的な呼称として採用されるとは思っていないが(当たり前か ぷっ)。

# by yoshi-aki2006 | 2006-03-28 20:47 | シンキング | Comments(2)  

芳香

ベランダに立つ。しばらくするとなんともいえない芳香が鼻腔をくすぐる。
最初、分らなくて、階下か階上の奥様の香水のにおいがわがテラスにも漂ってくるのだと思っていた。それにしても、奥様、素敵な香水をつけていらっしゃること・・・。
東洋の春の夜といおうか、
象げ色の肌に紫ピンクの紗でもまとった美女の香りといおうか、
最初、夜の調べが帯となって流れくる感じで、
次に蘭系統の濃厚な、だけど、まだ若い香りが「私はここにいますよ」とそっと告げるように
そこはかとなく漂うのだ。

思わず、その香りにうっとりしていると足元から青白い細い蛇が渦を巻きながらするすると昇ってきて、まるで虜にするように体の周りを占拠する。そんな感じのにおいなのだ。

一体、芳香の主は?

ようやく「ひょっとして?」という存在を見つけた。よく可憐なピンク色の花をつけるベンケイソウの一種の花月という植物だ。
花を摘んでみたがどうやらにおいは花ではないところから滲み出しているようである。

花月のようなにおい立ついい女になりたいものよ、なあ(木村佳子)。
f0073848_2345157.jpg

# by yoshi-aki2006 | 2006-03-27 23:15 | 事象観察 | Comments(0)  

さて、シニアライフ、どこでどう暮らす?

f0073848_0233021.jpg

将来、どこで誰とどう暮らすかは大きな課題である。
あったかい地域に移り住みたいというのが選択肢の1。
新幹線が停車する温かい近場に温泉付きの住まいをしつらえ、時々、所用で東京に。悪くないと思う。
水のおいしい地域がいいという選択肢もある。ワイナリーがある街が候補である。これもいい。

日本庭園のある料理屋さんで会食するうちに皆でお金を出し合って、こういう中庭のある家を買おうじゃないの、という話になる。

「いいわねえ」と私より2つ年上の女性。彼女は夫が社長を務める会社の役員だが、子供たちもそろそろ巣立つ。真剣にどう住まうか考えているようだ。

老親の問題もある。大きな家に老親棟を設け、いっそ老親のお友達で独り者も引き取っちゃおうか。そんな話もでる。

あと、一人身の親類。彼らも呼び寄せて寺内貫太郎一家のように大勢で暮らす。
悪くないわねえ、と一同うなずく。

証券会社の営業さんが言っていた。お客さんに60歳台で一人身という人がいた。
この人は株が好きでしょっちゅう注文をくれていた。あるとき、その人からぱったり電話が来なくなった。
「お金持ちだし、旅行に出られているのだろう」
と思っていた。二週間ほどして、彼のマンション自室での孤独死が確認された。死臭からマンションの管理人が不審に思って警察に通報。それで判明したそうである。つまり、彼は独身ライフを満喫していた反面、誰からも省みられない生活であったのだ。

彼の持ち株はぞろぞろ名乗り出た親戚たちが売ってよい日に一斉に売却し、彼らは現金を得るやそそくさと姿を消し、それっきりだったそうだ。
「故人はどう暮らしていましたか、とか、故人が世話になりましたねでもなく、私ははーっ、人情ってこんなもんかなと思いましたわ」
と営業さん。
子供がいないとか独りの人はシニアライフをどこで誰とどんなふうに暮らすか、考えをまとめておくといいよね。

# by yoshi-aki2006 | 2006-03-27 00:46 | ライフスタイル | Comments(2)  

東京城南の桜

ふくらはぎに熱を感じるほど歩いてもせいぜい7000歩だ。
お散歩圏の桜は六分咲きといったところ。
雨が降りそうだし、また低気圧接近でもあれば風も強まる。
満開狙いはなかなかに難しそうだ。
f0073848_1630988.jpg

# by yoshi-aki2006 | 2006-03-26 16:31 | 時事 | Comments(0)