電車の網棚に大事なものを忘れたら?

某日はおばあちゃんに「三隣亡」(悪いことは3度続く)と戒められたことを思い出す一日でした(´;ω;`)
電車の網棚にすごく大事なものを置き忘れてしまったのです( ゚Д゚) 電車の網棚に大事なものを忘れる? あり得ない!!  人生初のことであり、
絶体絶命とはまさにこのことです。

いきさつは事務所で使っている精密機器の具合が悪いので、リモート先にある機器を梱包して電車に乗り、携帯でメールのチェックをしていました。いつも荷物が多いため、この日の持ち忘れに気が付かないまま、次のステーション駅に向かいました。そして、ふと、その改札で前の電車の網棚に精密機器を置いたままだったことを思い出したのです。

そこからは超人ハルク、いや、阿修羅のごとく、ギヤややややややー――――とおそらく叫びながら降車駅の改札に走りました。山姥の絶叫を聞いた方はびっくりされたと思います。実は自分が一番驚いたのですが(-_-;)

さて、駅改札。

こちらは手に汗握り、ハアハア息せき切って駅員さんに説明するのですが、よくあることらしく、駅員さんは「忘れ物センターが××にありますから、そちらに向かってください」といいます。その場所はエキナカにそんな場所あったの? というくらい、はるかかなたに感じられました。

そして、「何時何分のどの号車のどの席に座っていましたか? 向かわれている間に忘れ物センターに伝えておきます」とヒアリングが開始されます。
「早くしてくれ―――――」と喉から手が出るほど焦るのですが、「ここは他者の力を借りなくてはならないので、冷静に伝える必要がある。落ち着いて思い出そう」と腹をくくりました。
今までの光景を画像巻き戻し作戦で思い出し、乗った電車は正確に特定し、説明できましたが、号車はだいたいのところしか言えません。どこどこ駅のエレベータの後ろの号車であったことは覚えているのですが、その車両が何号車だったかは「たぶん、×号車かと」程度の記憶でした。

駅員さんがなぜ、何分発の何号車に乗っていたかにこだわるかというと、網棚に乗せたまま該当電車が走行している場合、次の停車駅で駅員さんが該当号車のドア前に待機して、さっと探し当て、ピックアップの発見率を高めるためです。

しかし、たいていの場合、乗客は何となくすいてそうな場所で電車の到着を待ち、スマホ画面に集中しながら降車駅まで乗車していると思います。私は漫画はほぼ読まないし、ゲームもしないので、スマホを見ないで乗車しますが、それでも時々は込み入ったメールを見ることがあります。そんな時は、無意識に乗り降りし、あっという間に降車駅についていて「わっ、我を忘れていた」とおどろくことがあります。

認知力という点で、走行している電車で窓外の景色と時間の流れかたを実感しているのと、そういう現実時間以外のスマホ世界に関心を奪われている場合では時間と現実の認識がまったく違っています。

加えてマスク装着で血中二酸化炭素が増加し、頭の回転も鈍りがち。

その日は込み入ったメールを見て対策を考えたり、隙間時間を利用してデパートで使うポイントカードのアプリ移行などをしており、かなり脳疲労していたのかな、と思います。

さてさて、乗っていた電車の特定が済み、「だいたい六号車だったかと思います」と回答。その電車の次の停車駅で一回目の捜索に期待しましたが、出ず。次の停車での捜索には20分かかるといわれ、待っていてもその日のスケジュールに響くため、仕事に戻ることにしました。

すると、移動中の電車内で「出ました」と連絡をもらいました。やれやれ・・・・。
用事を済ましてはるか遠くの名前だけよく知っている終着駅まで引き取りに行くことに・・・・。駅員さんのご協力に感謝しつつ、いやいや、とんだ一日になった、と思ったのもつかの間、今度はこちらが指定していた時間なのに、このアクシデントにすっかり気を奪われて、大切な品の宅急便の受け取りそびれが発生していました。今度は営業所に受け取りに行くことに。
一難去ってまた一難とはまさにこのこと。
いやはや、ドミノ倒しの厄介ごとを自ら招いたことに気を落としながら、次の移動先に向かう途中で、「今日は昼に何も食べていなかった」と思い、エキナカ蕎麦屋で遅い昼食をとることにしました。さあ、気を取り直してと改札を出て、事務所に向かおうとしたところ、入場した回数券がない。

あ、エキナカ蕎麦屋で手を消毒したときにカウンターに回数券を置き忘れた、と思い出しましたが今更、戻る気にもならず、新たに電車賃を支払うことに。

つまり、この日は三回の「あーあ、やっちゃった」があったわけです。
なんでこうなっているんだろう、とさすがに落ち込みました(´;ω;`)
一日、10くらい時間決めの処理案件があり、脳疲労が起こっているんだ、と自覚。
この日はしっかり休むことにしました。

さて、今回の教訓です。
電車の網棚に荷物を乗せるのは立っている時だけにする。
座っているときは置き忘れる!
乗る電車、乗る号車は乗る前にちゃんと見て、画像認識で脳に記憶させること。
電車の中でスマホを見るのは一定の期間だけにし、乗り降りの前には次の行動に関心を向ける。

いつも時間にせかされていたり、介護などの他者サポートなどで薬の飲み忘れなど気にかけている項目が多いと、知らず知らずに脳疲労、心労で疲れ果てている。
リセットするために時にはしっかり休んだほうがいい。

久しぶりに超人ハルク、阿修羅、山姥の雄たけびなどを体現し、夏至下での自己管理を再確認し、疲れ果てないように再構築しようと思いました。
しっかりしなければ!!!


さて、講演会のお知らせです。こちらはばっちりです(^▽^)/

■6月27日 札幌 



■6月30日 東京 東証会館








# by yoshi-aki2006 | 2022-06-24 12:03 | 工夫 | Comments(2)  

ジャニーズの塚田君、凄い!

熱海五郎一座の2022年の公演を見に行ってきた。
熱海五郎一座 新橋演舞場シリーズ第8弾 東京喜劇「任侠サーカス 〜キズナたちの挽歌〜」(2022年5月29日 - 6月26日、新橋演舞場)

ゲスト出演の浅野ゆう子さんはじめ、一座の皆さん、さすがと思う名演技だったけど、その中でも特段、素晴らしかったのがジャニーズの塚田僚一さんだった。

木下大作 役(ゲスト出演)で登場される塚田さん。私は塚田さんのことをよく存じてなかったのだけど、あまりに素晴らしい舞台を拝見して、一体あの役者さんは誰なんだろうと調べて、ジャニーズの塚田僚一さんだと後から知った次第。

いや、体中からびりびりした電流みたいな、金粉みたいなものがリアルタイムでほとばしっている感じ!
特に花道で4人で踊るシーンにびっくりし、全部、持っていかれたようにしばし、放心しました。

こういうダイナマイト級のエンターテナーが世の中にはいるんですね。

昨年の紅ゆずるさんにもびりびりと感じたものですが、いやー今年もやられた! 熱海五郎一座。
毎回、びりびり来るゲストとしっとり系のゲストを絡めて、浮世のうさを忘れさせてくれるこの公演。ちょっと前の公演では安倍晋三さんの姿も話題になりましたが、今年も楽しい舞台が6月26日まで展開されます。

それにしても、舞台人などから感じる「びりびり感」の正体は一体何だろう?
願わくば、多少ともびりびり感を発せられるようになりたいものですよね。

物理的な面でアプローチすると実際、筋肉を鍛えていることによって電解質の体から何かが出ているのではないか、という仮説。

紅ゆずるさんは宝塚の歌と踊り、塚田僚一さんも舞台でのアクロバットなどで肉体を鍛錬されている。
なので、びりびり感を出すにはまず肉体を鍛えることが大切といえそうです。
そういった観点で知り合いを思い浮かべてみると、70歳台でも「あら、違うな」と感じた一人はボクシングを趣味にしていた。
みんなで集まった時にフロアで踊る機会があった時、「へえー」と思った人は「昔、ダンスをやっていた」と言っていた。

筋肉を鍛えることがびりびり感につながっていくと信じて、もっと筋肉を鍛えたいなと思いました。
後は精神力ですね。
心の部分。

この精神力、心というのは本当にむつかしいものです。
人の心はいかようにも変わる。一生懸命、心を砕いても誰にも理解されないことがある。
利用され、踏み台にされ、壊され、ないもののように悲しみ、苦しみをおおわれてしまうこともある。
被害者であり加害者であることも人の世の中にはある。

悲しいかな、誰もその人の心の弱さを変わってやることはできない。

一番、励みになることは「環境に左右されない」という意思を持つこと。
「どんな環境であってもそれに負けない」
「環境を言い訳にしない」という思いを貫くことだと思います。

強い肉体に強い心を持って魑魅魍魎うごめく火事場を渡り抜け!

塚田君の演技を見て、そんな風に思いました。塚田君、ラブ♬
また見に行こう!









# by yoshi-aki2006 | 2022-06-15 12:42 | アンテナ | Comments(0)  

ボケ家系の教訓

母方でボケた人はいないが、父方はボケ系統だ。
父の姉もボケたし父もボケた。
本人は笑ってごまかしていたけど65歳くらいから徐々に父はボケていたんだ、と今ならわかる。

「あ、うちのお父さん、ちょっとおかしいな」と私が気が付いたのは実家に電話して「FAX送って」と電話口に出た父に頼んだ時、ため息をついて最終的に「よくわからん」と言葉を返してきた時だった。

「えっ? あんなに機械に強かったのに・・・・」と私は驚いた。地図や模型作り、お城の設計図などにも興味が強く、簡単な電気器具の不具合などたちまち直してくれていた父なのに、FAXが送れなくなっている!

あの時の父は70歳代の後半だったか。
父の姉、叔母は「やりて」で通っていて、一等地で店舗経営もしたし、不動産の賃貸収入が月収ベースで何百万円もあり、左団扇な老後を迎えていた。
先を読む叔母は「いずれボケる!」と自戒してあらゆるボケ防止体制を敷いていた。
食事にも気を付け、体も動かし、新たな知識を取りこむべく国内外によく旅行していた。
ケンカも強く、手八丁口八丁といった怪婆だった。
が、奮闘むなしくまだらにぼけて、90の声を聞かずに逝った。
ボケてる間に財産は一人娘の嫁ぎ先の人々によって、いい具合にされてしまったようだ。

恐ろしいことに私は父とこの叔母にとても良く似ている!

わお! 待ち構えるボケ人生!!

ボケないように奮闘はしようと思うがいずれはボケそうだ・・・。

一方、母方は長生きでまずボケた人はいない。
何がその原因だろうか。
浜育ちなためか海草が大好き。わかめを常食。魚もよく食べる。みかん、日本茶が好き。
そして手を動かす。
趣味がパッチワークだったり、刺繍だったり。

小さなころ、太陽の下を何キロも歩いて学校に通っていた。
記憶力が抜群で、細かいことまでよく覚えている。
メガネの人が少ない。目がよく見える。

願わくば私もこの母方のDNAに連なりたい。

が、父方にならないように今更、対策しても遅いかもと思ったり、何もしないよりましかも、と思ったりもする。

このところ、勝負事(FX)では負け知らず(言い過ぎ 盛りすぎ (;^_^A)なので、にんまりしてしまうけれど、いい間違いは多い。
相手の名前、松村さんを「村松さん」、声が似ている北野さんを「西川さん」と呼んでいたり、割り算を間違えたり。金融緩和と金利で引き締めを言い違えたり(死活問題~ (;^_^A)
そういう間違いがあると激しく落ち込む。

でもボケたら、それも気にならなくなるかも。
悩みから解放され、ただただほほける・・・。その未来もいいかも。ストレスフリーって世界がボケかもと都合よく解釈する(;^_^A

理想は、周囲の人を困らせず、ただただ、幸せにほほけて生きること。それができる環境を今から整えておきたいものだ。

さて、今日の動画はこんなテーマ!



ボケてる暇はない!! お仕事お仕事~
ということで次の講演予定は以下の通りです。
【木村佳子の講演予定】
●6月27日札幌  日本証券新聞社主催 札幌駅からすぐの自治会館
●6月30日東京  日本証券新聞社主催
●7月9日   新居浜商工会議所主催  新居浜リイガロイヤルホテル  
●7月16日   神奈川FP スタディグループ主催
●8月26日   洲本  日本証券新聞社主催

★日本証券新聞社主催分は同社のサイトでネットでのお申込み、もしくは【ご参加希望の開催地】をご指定の上、FAX(03-3662-0361)でのお申込みも可能です。

# by yoshi-aki2006 | 2022-05-12 01:15 | シンキング | Comments(0)  

「老後は冬山登山なみ」と想定することにした

も~、イヤ!
自分の家もかたずけられないのに二軒分の老親宅まで管理し、かたずけなくてはならない状態に突入して二年目。

人の考えでそろえられたモノは存在理由がそもそもよくわからない。 だけど、まだきれいなものも多く、捨てるには忍びない。
「どうしようか?」と考える機会が多いため、脳疲労が・・・。
加えて運んだり届けたり、かたずけたりも続くため肉体疲労、時間貧乏になって生活の質が劣化・・・。

老親Bの住まいは庭管理も侮れない。自然が豊かなのはいいのだけど、土地の広さに比例して虫や雑草もすごい。だだっ広いということは日差しを遮るものもないということで、木、雑草対策は日差しとの戦いもあって過酷。

木の伸びは「えーーーーっ」と驚くほど速く、4月、5月は魔法のように若芽が伸び、枝も張る。
おのずと剪定が必要になる。
自然のままの伸び放題ではさすがに風情がいまいちなので、植木屋さんにお願いしたい。しかし、かなりな費用がかかるので頭痛の種だ。

昭和の親戚はその費用を惜しんで脚立から落ち、寝たきりになった挙句、ボケ、しかも長生きだったからたいがいにしておかなくてはならないのだが、やはり、私にもその昭和感覚が色濃く残っており、ついつい剪定ばさみを持って木々をめぐる。西の木、東の木、南の木、北の木、そして雑草雑草雑草・・・・。

すると時には枝々からぽとっと虫が頭髪に落ちてきたりきたりなトホホな展開にも・・・・。そんな時間ふと、今後のことをしみじみ考える。

そこで、今日は50歳、60歳の人にとっての老後について。

一応、FPの国家資格や協会の上級資格を取ったりしたので、老後資金問題にはそれなりに接することが多かった。
専門家でない人たちも自身や親兄弟の老後資金問題については折々に研究されていることだろう。

しかし、50歳、60歳が想定する老後イメージは甘い。80、90歳も通過中の老親を見てもわかるようにたいがいは想定外になる。
なので「知識と現実は別物。現実問題をよく検討することが何より大切だ」と自戒する必要があると思う。

例えば、私は親の家などを全部売却し、都心に150㎡程度の不動産の買い替えを検討していたけれど、
「ちょっと楽観的過ぎるな~」と思うようになった。買い替えたとして一体そこに何年、どんなふうに住む?
人間100歳まで生きる時代。
しかも、最後の30年はどのような状態になっているかわからない。
家族も自分も頭も心も体も健康とは限らない。
家族全員がボケていたら一体どうするんだろう。

そんな問題が発生するかもしれないのに、グレードアップマンションを物色している場合ではないよなー。
老後をどんなふうにイメージするかは人それぞれだけど、
私は考えを改め「老後は冬山登山なみ」と想定することにした。

老後2000万円必要という話はその前提が生活費として5万円は必要ということから12か月で60万円。
これが10年続けば600万円。30年で1800万円。
その延長で出てきた金額なので、介護などの費用とは別モノ。

介護施設に入る費用などを準備しておくことを想定すると、とてもそんな金額では足りない。
ピンキリですが
高級な施設では入所金が数千万~億単位のところもある。平均的な施設でも数百万の入所費に加え、月々の費用が必要。
仮に年金に上乗せして毎月20万円前後を足すとしたら20万円×12か月で年240万円。10年なら2400万円。30年なら7200万円(物価上昇率など考慮しないで計算)
夫婦なら億単位のお金が必要になるわけだ。

いやいや、これからの冬山登山を今からよく考えておく必要あり、という結論に。

夢の老後を送る人もいれば悪夢の老後を迎える人もいる。
人それぞれではあるけれど、甘い登山計画では遭難しそう。

老後30年は冬山登山。浮かれていてはだめなのだ。

ところで、残念な報道が最近相次ぐ。
ついこの間まで、ダンディな姿をメディアで観ていたのに、慶応大学教授の中山俊宏さんが55歳で、
素敵なシニアとしてこれから先も活躍が期待されていた俳優の渡辺裕之さんが66歳で。
そんなに早く逝ってしまうのも周囲の方たちにとってまさに想定外のことだろう。

50-60歳台でも生まれて以来の登山が続いていて、それが70、80、90、100歳もと死ぬまで続くんだ。死んでからさえ、別の旅が続くんだ。

うんと若い時には、生まれる前からつづく営みや生まれてからの道のり、その果てしない過酷な登山に気がつかないだけなんだ。

ふと、登山の過酷さに気がつくのが60歳台なのかもしれない。
気持ちを引き締めなくては。

ということで月曜日の動画は以下の内容です♬





# by yoshi-aki2006 | 2022-05-10 17:37 | 日々雑感 | Comments(0)  

NHK「東京ブラックホール」を見て~バブル期を理解する手がかり

バブル期を理解する手かがりの一つとしてNHK「東京ブラックホール」を面白く見た。



映像で「懐かしいな」と思ったのは整備される前の地下鉄の駅。
「そうそう、あんなだった」と当時を思い出した。

そして切符切りの人の姿。押し寄せる電車利用者を当時はまだ改札に立つ通称「切符切り」という業務で人がこなしていた。
それは見事な超人的な技だった。
ある意味、あれが日本人の器用さ、賢さの源泉だったと思う。
切符をいかに早く切ってもらうか。客の側の技術も毎朝のように磨かれたし、改札に立つ人もそのあたりは心得たものだった。

それが今は自動改札。スマホやスイカ、イコカ、パスモなどですいすい行く。
改札という関門に無関心というか、特に注意せずにスルーしていく。

ところで、これは施政者にとって、政策実現のために利用できる仕掛けとして大きなヒントを与えている。そして、利用者は日々、パブロフの犬のようにレッスンを続けさせられている。
自動化は単に便利とか、時短とか、省エネとか人件費抑制だけでなく、大勢の人の利便性を高めるという表向きの、賛成を取り付けやすい取り組み以外に「便利さによって人を飼いならす」だったり「大事な通過点を意識させない」という面を持つ。

「だいぶん飼いならされちゃったよな」とバブル期と対比して、今を想った。
バブル期にはラストサムライがいた。バブル崩壊はそのラストサムライを消し去る装置としても機能した。


ところでNHK「東京ブラックホール」の中で紹介された女性がいた。
魔性の女という(おそらく本人もそう呼ばれるメリットは十分わかっているだろう)KAさん(番組では本名で登場されていた)。

華やぎのあるきれいな女性で、昔の写真などで特に目を引いたのは足の美しさだった。
六本木などの繁華街に繰り出し、バブル紳士たちと知り合い、
20歳のころ、地上げ屋として名をはせた中高年の実業家を友達の母親から奪って愛人になったという。マスコミでもはやされた。
20歳の身で父親以上の年齢の男性の愛人になれること自体、どんな家庭に育ち、どのような出自だったんだろうと想像してしまう。

そして、芸能界の個性的な人たち、野心家、絵図描きらが集まるレストラン経営者の三番の妻になり、子供をもうけたものの、数年後に離婚したという。

バブル期には濡れ手に粟状態で大金をつかんだ男性がたくさんいたし、クラブホステスなどにはそうした男性の愛人となって金目の物を貢がせた女性たちが少なからずいた。マンションやベンツをプレゼントされたり、高価な宝石、ブランド品を買い与えられた人たち。

KA子さんもいわば、その一人。ただ、「上がり方」がレストラン経営者であり芸能界などに一定の影響力を有した男性との結婚で、子をなしたことが人目を引いた。

しかし、45歳の時(今から10年位前になるようだ)、熟女クラブのホステスとして働くことになった、とインタビューなどで語られていることを知り、
「そこなんだよなあ」とちょっと引っ掛かった。

なぜ、また、そういう場所に身を置くんだろう? と。
当時から10年は経つ今はどうなさっているかわからない。
が、会社を興して女社長としてバリバリ仕事しているだとか、何らかの自立した姿を拝見できれば、すがすがしかったんだけど、どうしてまた、富と地位を持つ男性と知り合えることを求めるかのように水商売の前線に45歳(当時)の身空で身を置いたんだろう?と。
そこがひっかかり、せっかくの物語に水を差す。

女性は45歳から55歳くらいまでならなおも「色香」という点で、それを武器に使いたいと思うなら可能だ。
が、それを武器に使う発想を私は貧しい、と感じる。

せっかくの成功物語を45歳の時に「がっかりさせる」ように使ってはならなかった。

キレイで色香も十分ある女性がそれに頼らず、そんなものは自分の要素のごくごく一部である、といわんばかりの豊かな人生を送っていることが自他ともに望ましい、という知性が成熟とともに人といわず、世に広がれば、バブル期に対しても、バブルを嗤う人たちにも「負け感」なく平然と接せられると思う。

今日の方があの日より豊かである、と人々が、そして自分もが思えるように今日を過ごしたい。
そう思った。

# by yoshi-aki2006 | 2022-05-06 10:23 | 事象観察 | Comments(0)