サラリーマンの運
2010年 11月 15日
Aさんはたまたま部署移動した先でビックビジネスにぶちあたった。
そしてチーム全体で非常に大きな商談をまとめた。
それは勤め先の会社のみならず業界で大きな話題となり、部署に所属する全員が時の有名人になりました。
しかし、Aさんの所属する会社は今、斜陽。
せっかくの大きな業績も「華々しかった過去」の一こま。
戦果を誇った上司たちは退職し、それぞれ第二、第三の人生を歩いています。
つらいのはまだ会社に残るAさんたち。
過去に携わった仕事が今は縮小される一方で才能の持ち腐れ状態になっています。
ここでサラリーマンとしての割り切りができるかどうかで人生が違ってきますね。
過去は過去。
今は今。
そう割り切ることができればつらくはない。
でも、割り切れない。
だからとても、苦しむ。
Aさんの場合はこれまで働き蜂で休みもとらず働き続けました。それはもっと自分の才能を生かしたかったから。現場を上がったら、行きたい部署もありました。
それが現場は次第に縮小され、行きたい部署も相次ぐリストラですべてなくなったそうです。
中年にさしかかり、ふと、「自分の人生ってなんだったんだろう?」って考え込んだ。
若かった自分の馬力を上司の出世に利用されただけだったのかなあ、とか。
自分は何をもとめてあんなに釈迦力に働いたのか、とか。
足元を見ると家庭人としても趣味豊だった自分の時間もしぼんだまま。
心身の健康もむしばまれていました。
どんな時期にどんな上司、仲間、部下、取引先と出会い、どんなふうに仕事できるかはその時々の運です。
いい運もあれば不運もある。
サラリーマンとして生きていくなら、自分の気持ちをセーブせざるを得ない場面ってありますよね。
大きな仕事が来たときにものすごく才能を発揮するような人がそつなくサラリーマンをやっていくのはひどく難しいと思います。
「有能すぎるサラリーマン」の悲劇は多い。
無能なふりもしなくては身が持たない。それが特に大きな会社のサラリーマンには必要な処世術といえるかもしれません。
それがいやなら、フリーになってけもの道を行くしかない。
このけもの道もあまりおいしそうなら食われますし、まずそうなら鼻もひっかけられない。
食えないやつと思われながら花を咲かせていかなければならない。
仕事が順調な時は運のおかげと感謝し、
順調でない時も腐らず落ちず鮮度を保ち続ける努力をいとわない。
そんなことも心掛けなければなりません。
そんなことをAさんの苦悩に教えられています。
ありがとう。
もっともっと考えてみたいですね。そんなにたくさんの時間を生きれるわけではなさそうな中年時間にいる自分としては。
by yoshi-aki2006 | 2010-11-15 00:16 | シンキング | Comments(0)