喪失からの立ち直り、そして喪失と共存しながら創る未来にむけて

喪失。

私たち日本人、いやこの世に生きる人は今まで何度も大きな喪失を味わっています。過去の戦争も震災もマネー敗戦と呼ばれる金融状態にも。
大切な生活、人、くらし。
そうしたものを無念な形で亡くした痛みははかり知れません。

何故、こんなことに?

神様はどうして私をこんな目に?

人々は喪失を体験して悲しみ、嘆き、慟哭します。

しかし、泣いていたってもうもとには時間を戻せない。
亡くしたものは帰ってこない。

哀しいけれど辛いけれどその事実を受け入れるほかありません。

そして失くしたものの大きな穴を埋めるためにがむしゃらに動く。それしか辛さを忘れる方法がない。

辛い辛い喪失感の中で、耐えがたい痛みに突き動かされるその力を

亡くなっていった人はこの世の私たちに与えてくれた。

そう思います。

痛み、辛さに耐えかねて、天を仰ぎながら「この先、どう生きていったらいいんだ!」と絶叫する、その生身に感じるこのやり場のない止むことのない感情を亡くなっていった人々はこの世の私たちに遺産として残してくれたのだと思います。

だから、私は踊り、仕事をして、新しい企画もどんどんたてて、今まで知らなかった人ともつながり、焼けた鉄板の上の一粒のトウモロコシや大豆の実のように
この世にいる限り、活動を続けようと思います。

喪失の痛みと共存して創る今の時間、明日という日。

そしたら亡くなった人たちもきっと一緒にこの世を生きて耕したことになる。
戦争や大震災、不慮の死、無念な死に方をされた人々のことを心にお彼岸を迎えたいと思います。

by yoshi-aki2006 | 2011-09-18 08:17 | 生きる力 | Comments(0)  

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