エンディングにも20年かかる~稲盛和夫氏「生き方」を読んで考える

稲盛和夫氏の「生き方」にあった記述を引用させていただきますね。
(以下本文)
もともと私は、自分の人生を3つの期に分けて考えていました。80年をこの世での寿命として、第一期の20年は、この世に生まれ、ひとり立ちして人生を歩きはじめるまでの期間。第二期の20歳から60歳までの40年は、社会に出、自己研さんに努めながら、世のため人のために働く期間。
そして、第三期は、60歳からの20年間で、死(魂の旅立ち)への準備にあてるべき期間です。


本当にそうですね。

寿命が来てばたっと死ぬような生き方ではなく、エンディングにも20年くらいの時間をかけて準備し、旅立つことができればと思います。

終わりを意識することで欲望のおさめ方がわかります。いつまでも栄耀栄華にしがみついたり、昔いた夢時間に居続けようとする意識ではなくて、身一つで生まれて再び身一つで旅立つこの世に自分を選んで生まれてきた意味を問い、自分にしかできないことを見つけ、以前よりも心を高め、少しでも成長して死ねればいい。

誰しも想定した寿命まで生きられるとは限りませんが、この世でし残したことがなんだったのか、老年の入り口で今一度振り返って考えてみる。

そして、「ああ、よかった」と少しでも思えるように行動してその日をむかえられたらいいですね。

私も小さなことから少しずつ、振り返ってみたいと思い、今、時間を見つけては小学校6年生の算数ドリルをしています。
というのも、その頃、何かと我が家は落ち着かず、私たち子供もなんとなく勉強どころではなくなったのです。
で、その頃の部分がどうもあいまいで、なんとなく形成された「わからなさ」が不安感になり、なんとなく数学そのものが苦手になってしまいました。

今、英語を勉強しているのも、やはり、過去進行形など、引っ越しなどがあった時期になんとなくあいまいになってしまった部分を何がどうわからないのかを解明したいとの思いからです。

小学校六年生の数学のドリルをやってみて、「なんでここでわからなくなったのかなー。わからなくなったと思っていたけど、ちゃんとわかっていたみたい。じゃ、何で苦手意識を持ったのかなー」と当時を思い出しながら答合わせをしています。

そして、いろいろな事を思い出すわけですね。
ああ、そうだった。
こういうことが原因で、わからないような気持ちになり、そこから、今も避ける傾向がある部分はここが原因だなーとか。
こういう風に振り返ることで、わからないことをわからないままにしておくと部屋の隅っこにごみがたまってしまうような状態も同然で、「解明しよう!」「きれいにかたずけよう!」としなければずっと課題として残る、と思うようになりました。

そして、冒頭の稲盛さんの本で触発された部分、「のこり20年くらいをかけてエンディング」との思いにリンクしました。

振り返ることで死生観も次第に過去とは少しずつ違ったとらえ方ができるようになりました。
今は、「魂は旅をしているんだ」というふうに思います。

肉体もクロマニヨン人、北京原人をへて現在のホモサピエンスと生物として生成を続けていますが、その器をかりて想いを持ち、魂も次の生、そしてその次の生と旅をしながら成長できる機会、課題を解決する機会を探し探し今のこの肉体に宿っているんだと思います。

そう考えると、「この世に生まれてきた意味はなんだろうな。残りの人生で何をしなければならないだろうかな」と考える時間は必要だし、大切なものだなと思います。

出張の帰りに見た広々とした夕空。
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人の死は空の向こうに沈んだ太陽みたいなものだなと思います。

また、新しい命で誰かになって、光り輝いて生まれてくるのですとも。

そして、何度でも成長できるし、何度でもやり直せるし、何度でもチャレンジできるのですとも。
だから、何も後悔しなくていい。
また、元気に明日、来世に生まれ出でて生きていけばいいのだから。

もしも、現世で病弱に生まれてきたとしても、イギリスに下半身だけ成長し続ける奇病を発症してしまった女性が「あなたなら解決できると神様が私に成長できるチャンスを与えてくれたのよ」といって明るく振舞っている姿に。

容姿に恵まれない女性がペットが人の顔の美醜など気にしないでなついてくれることに生き物のありがたさを感じたり、

原発の事故現場で戦った吉田所長が命を懸けて作業してくれた作業員に対して「菩薩が人々に立ち上ってくるのを見た」とおっしゃっているように。

人は生まれた環境、肉体や頭脳という個別の条件の中で、課題と向き合い、精いっぱいよりよく生きようとすることでこの世に生まれた意味を知り、そうした機会を与えられてありがとうと感謝して旅立っていくのだと思います。

空を見て、そんなふうに思えたのでした。

そういえば、「私にはやり残したことがある」とこのたび、自民党総裁になられた安倍晋三さんですが、一度、総理の椅子をなげうった人が、と言われてもやり残したことをしようとして挑戦されるその気持ちはわかるような気がします。
一度しかない今の自分での人生です。
as your iife

by yoshi-aki2006 | 2012-09-28 00:39 | 生きる力 | Comments(0)  

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