六道ツアー

特に信心している宗教はないがそれぞれの教えには感じるところがある。
例えばハンムラビ経典。

詳しい文言は忘れたが「目には目を 歯には歯を」という考え方には共鳴する。
炎天下、自分はしっかり靴を履き、日傘も差して、飼い犬には焼けたアスファルトの上を歩かせている人を見て、ハンムラビ経典を想う。
その人は怒った犬から焼けたアスファルトの上を無理やり引き回されるような目にあうのではないかと。私が犬ならそうする。
キリスト教では「相手が右ほほを打ったら、喜んで左ほほを差し出しなさい」という。
とらえようによっては恐ろしい教えである。
「心が何者にも強い私のほほを何度打っても、私は変わらない、変わるのはあんたのほうだ」
そんなふうに受け取れる。

仏教六道という考え方もある。
教えによると地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天道の六道があり、その中で生あるものは己が属す道でもがき苦しみ、嘆き、怒り、嘆息する。全ての苦しみから解放されたものが天道に属すらしい。

何でくだらないことにこんなに腹が立つんだろう?
それなのに怒りが増幅する。
そんな思いにとらわれた時、その人は天道以外の五道のいずれかにいるわけだ。

5万円で受けた仕事を「30万円でやった」などと吹聴し、嘘から出たまことを期待するいんちき女。それに怒り狂い、くそみそにけなす人。けなされたほうはいつも「あの人に負けたくない」「私にもできる仕事なのに何であんなヤツに行くの?」「あの人のギャラが幾らでどうして自分はこんなに安いの?」などと言っている。この類の話の所属は修羅道だ。
修羅の世界では常に他者が気になり、競争し、醜く争い、心の休まる時がない。

仕事関係者と平気で次から次へと交渉を持ち、フェアーに戦わずズルして得しようとする人。
これは畜生道。畜生道に属している人間は平気で新たな相手とまた同じことを繰り返す。

仕事や権力を得ても得てもなお欲しい。上昇志向がやたらと強い。ブランド、肩書きに貪欲。
これは餓鬼道だ。常に飢えていてけして満足しない。

やっと人並み=人間界に属せても自分や家族の健康、寿命は思うようにならない。志半ばで寿命が来たりする。

ありとあらゆるクソ、ミソなことをそぎ落とした先に楽々の天道がある(らしい)。
こういうことに詳しい人によると、腹立たしい人、困った現象は反面教師の役割を担って
自分の前に現れるそうだ。
「そういうお役目、ありがとう」と思えれば、「人を呪わば穴二つ」にならないという。
難しいが日々勉強。覚えておこう。やれるかどうかは別として。

by yoshi-aki2006 | 2006-04-22 01:06 | スタディ | Comments(0)  

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