とんねるず、タモさんなどビックタレント長寿番組が相次いで終了する理由

とんねるずの冠番組が今秋、なくなるかもしれないとのニュースをネットのコネタで読みました。それによるとお二人とも芸能界を引退し、第二の人生として、テレビ番組制作会社設立や芸術家の道を歩むそうな。出所はこちらの記事

お二人ともかつては長者番付の常連で貯金が生涯使いきれない額たまっており、視聴者からのニーズがなくなったときには芸能活動を引退すると話し合っていたとか。

が、それは「東スポ」の飛ばし記事だという説もあり、その記事の出所真相はわかりません。

要は話を盛り上げるための仕掛けだったかも知れず、ま、どうなるかは今後のお楽しみということですね。

でも、視聴者としては「とんねるず、引退? そういう道もあるかも」と思います。
というのも、長者番付のランキング常連という過去が物語るように、画面で見るお二人からは強いお金持ちオーラが出ています。

特に石橋さんからは強烈なお金持ちオーラが出ていて、それが今の視聴者には「この人が写っている画面を見て笑えない」という違和感となっている可能性を感じます。

今の会社員の平均所得は年間400万円そこそこ。
20~30年前の人たちなら、金融機関勤務で税込み1500万円、メーカーなら800万円という年収の人が少なくありませんでした。その時代の半分から三分の一の年収に落ちている人が多い世相で、
テレビをつければ大金持ちタレントが登場して、また出演料を稼いでいるようでは、テレビを見たくなくなるのもわかる気がします。

タモリさんの長寿番組、「笑っていいとも」が終了したのも、同じ理由がかぶっているように思います。タモリさんからもものすごくお金持ちオーラが出ています。
タモリさんが愛されたのは、眼のハンディをものともせず、面白いギャグをぶっ飛ばすバイタリティであり、捨て身で無常観を通り越した可笑しさを体現していたからです。

その持ち味が毎日毎日のテレビ出演で大金持ちになっていくプロセスで風化していったのは否めないのではないでしょうか。

気の向くままぶらぶら歩き、薀蓄をたれるのがブラタモリで、それを面白いと感じる方もいる一方で、「そりゃ、楽しいだろうさ。大金持ちで余裕があって、趣味の散歩でお金まで稼げるビジネスモデルは見ているこちらが辛いわ」と感じる人もいるだろうと思います。

戦後復興期は視聴者の側に虚像への強い渇望があり、
バブル生成期は視聴者とタレントの関係は視聴者>タレントという構図が暗黙のうちに成立していました。
この時代は俺たちは仕事で忙しいから、「馬鹿はあんたたちにまかせるよ」という住みわけがありました。
この時代はタレントの必死さ、芸が笑えたし楽しめたし、憂さ晴らし、気分転換として面白かった。

今はテレビをつければ金持ちタレントが趣味の延長上で金儲けしているように見える番組もあり、派遣労働者として時給900円などで働いている人にとって、そんなの見るだけ眼の毒ということもあるのではないかと思います。

テレビも人選の幅を広げるべきです。

私が「こういう人がテレビのコメンテータであるべきだと思う人」はこの人です。
中沢彰吾さん
東大を出て、毎日放送に就職。介護のために退職。その中沢さんはジャーナリストをしながら土日は時給900円~1300円の日雇い派遣仕事を体験。

こういう人が出ればリアリティのある内容に視聴者はぐっとくるはず。

テレビ出演で金持ちになった人をテレビに出し続けているから、下流社会化が始まっている今の日本でテレビをつけない人が増えていると思うのですが・・・・。

テレビ局の正社員は年収が高い人が多い一方、ADや下請け制作会社などは過酷な条件で仕事をしているケースが多いと聞きます。

要はそうした過酷な現場の人がテレビをつけた時、見たい番組を作ればいいのですよね。

by yoshi-aki2006 | 2015-07-14 00:30 | 事象観察 | Comments(2)

 

Commented by m.y at 2015-07-16 23:20
確かに。。。
Commented by yoshi-aki2006 at 2015-07-19 05:19
コメントありがとうございます!
テレビの想定している生活者像と現実の生活者像のずれが大きくなっていることを金持ちテレビ製作者(局員、正社員)はわからないんだろうと思います。
視聴率の取れた、すでに過去の人となっている人に容易にすがるのはリスクを取りたくないからだろうとも思います。新しい人を使って視聴率を取れないことを指摘されるより、過去に視聴率を取れたヒトを使って不振であったほうが、会議などでは上からの風当たりをかわせるのでしょう。そうこうしているうちに「おいしい天下り先に行けたらいいや」くらいの感覚の人も少なくないのでは? そういう感覚が、実は世の中のいじめとその周辺の構造に非常に似ている、と私は感じているのですが。

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