高齢者の山の遭難に見る認識力の不思議から学ぶことごと

時々、荒天のさなか、軽装備で山で迷い、遭難する人の報道を目にします。
つい数日前も70歳代から80歳代のパーティが山で遭難。
命にもかかわる窮状に陥ったとのこと。

私がまず、驚いたのは「えっ! その年齢で冬山に?」という点でした。そして、ああ、実に教訓にみちた事例だなと考えさせられました。
株式投資やお金の使い方、旅行、リフォーム、健康管理などでにも応用できそうです。

まず、山に登ろうよ。と三人が決めた背景です。
自分の体力、知力に自信があったのでしょうし、これまでの経験から、何、大丈夫さ、という見通しも持ったのかもしれない。
あるいはこれが最後、という決断だったのかもしれないし、毎年のように登山していて無事に帰っては「わあ、すごいですね」と称賛されていたのかもしれない。

軽装備だった、20時に救助要請をしたということは自力下山に相当の自信があったのだろうと思います。
さっといって、さっと帰ってきて・・・・という計画だったんでしょうか。

教訓としたいのは
●どうして無謀になってしまうのか?
周辺に「そんな無謀なこと、慎重になった方がいいよ」と忠告してくれる人や強い反対をする人がいなかったのでしょう。
 独居されているか、登山のことを話せる親族がいない、生活周辺に人の影が少ない生活をされているのでしょう。
 これは高齢者にはありがちなこと。
 よって無謀さや見落としに気が付きにくい。
 教訓として、自分の考えに無謀な点があるかもしれない、と常に自戒したいと思います。

●高齢者の自信満々
 自分は大丈夫、だってこれまでも大丈夫だったから。
 あるいは若い世代と違って経験量、経験知の蓄積があるから。
 周囲の人間も経験量、経験知の豊富な人にモノを言いにくい。

 これも自戒したいですね。50歳を過ぎた大人にそれより若い人は忠告しにくいものです。だから、もう、だれもホントの指摘をしてくれなくなっている。
 家族でも言いにくいことはあります。
 私の経験では実母が更年期を過ぎたあたりから抜け毛が多くなったらしく、それまではなかったのに、手料理に髪の毛が紛れていることが何度かありました。でも、いくら実母でも、そのことは言えなかったですね。
 
  口臭とかフケとか食べ方とか、服装とか。
 「もうちょっとこうしたほうが、スマートなのに」と感じたとしても人は口に出しては注意してくれません。
  
 だからといって「私、変?」と相手に聞くのもこれまた、嫌がられたり、不安視されたりします。なので「自分はひょっとしたら」と検証することは一人の時にした方がいいですね。

 もちろん、年齢に関係なく、どんな人でも「常識はずれなこと」はしがちです。
 常識をどう規定するかですが、正規分布の確率7割近い納得感が得られる状態を目指すのは処世術として必要だということです。

 この納得感をベースにほかの人が持たない能力を駆使して望ましい結果を得ていくこと。
 高齢者はともすれば「俺様流儀」一辺倒になって、常識力の範囲が狭まっていることに自分では気が付きません。
 大いに自戒したいですね。

●救助要請が20時になった点
 他人に迷惑をかけたくない、自力で何とか問題解決をしたい。
 だからこそ、20時になってしまったんだと思います。
 しかし、20時だと救援隊にも大きな負担となり、救助活動も難航します。
 早く万歳していればよかった。
 これはお金のやりくりや株式投資でもいえます。

 大損しているのにさらに信用取引に手を出し、損に損を重ねているお金持ちの奥様がいました。
 知らないのは旦那さんだけ。

 株式評論家一人一人に相談されていて、みな、異口同音に「あなたは株式投資に向いていない。早く、手を引いた方がいい」というような忠告をされていたようです。
 私にも講演会の後、何度か、立ち話で相談してこられました。「立ち話でそういう深刻なお話を聞いて回答するのは心苦しい」と思いましたが、こういうケースで過去に地獄を見た人は何人も知っていますので、「そういう相談をされいる姿はカモにとっては餌がここにあるよ、と知らしめているも同然なので、奥様の場合は銘柄の問題ではないです。株をいったん全部手放し、平常心を取り戻すことが先決だと思います」とお話ししました。
 そして、「どんなことがあってもリベンジ心で信用取引に手を出してはいけませんよ」ともいいました。「今、信用取引はなさっていませんね。していたら、やめた方がいいですよ」とも。

この奥様はIPO銘柄で大儲けしたことで株式投資に病みつきになり、はまっていくうち、逆ねじになり儲け全部を飛ばしてしまいました。しかし、この時点で売却していれば収支トントンという状態でした。

 果たして数年後、「資産のほとんどを溶かした」状態で再び、講演会が終わった後に声をかけてこられました。「実はあの時、すでに信用取引をしていました。今は金融資産がほとんどありません、主人はまだ我が家に億の貯金があると信じています」
 
 誠に残念でしたが、多分、この奥様は負け知らずの幸せな人生を送ってこられ、ここまでボロボロになった経験はなかったんだろうなあと思います。
 もっと早く、最も親身になってくれる夫や家族に打ち明け、SOSを出すべきだったのに、負けた状態の自分をさらけ出せず、何とか自力で問題解決したいと思われたんでしょうね。
 恥を忍んで…、負けた自分をさらけ出せるかどうか。
 幸せな負け知らずの人生を送ってきた人ほど、正規分布の7割からは逸脱しています。それを本人だけがわかっていない。
 
 「自分は大丈夫」と思わず、利害関係者、つまり一緒にボートに乗っている相手に「私はボートに穴をあけてしまった」と早めに告白したほうがいいですね。
  
  認知症や癌などのリスク、
  健康問題が発生した時、
  経営している会社や店が手に負えなくなった時、早く万歳して、利害関係者にこそ早く伝えた方がいいと思います。
  隠し通すより、負けを認めるほうが勇気がいることで、ある意味、立派です。
  
  まだ若い子であれば親に
  親なら子供に
  夫婦であれば配偶者に
  まず、今の自分の状態をいうことです。

  それでもだめなら、公的機関、法律家。
  
  他人に話している間は耳障りの言いことだけを取り込んでしまいがち。

高齢者の失敗はまさに生きたケーススタディとして中年、青年の糧や教訓になる。その点で世に貢献しているといえますが、できれば「難」がない無難=常識ライン、から逸脱せず、継続こそ力なりのラインで生きていきたいですね。




  






by yoshi-aki2006 | 2022-01-19 09:15 | シンキング | Comments(0)  

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