人生の醍醐味

意外な人が意外な能力を発揮する。
能あるタカが本来の羽ばたきを見せる瞬間に立ち会っていると感じさせられる。

自分が受け取っていた包み紙からのイメージと相反して、箱を開けてみるとすばらしい能力が原石として眠っていて、何らかの状況でよい方向に大化けしそうな予感を与えてくれる人がいる。
苦しい状況のとき、通常は表出しないその人の持つよさが、あぶりだされてくることがある。

見込んだ人が見込み違いなことをする。つまり、自分が一方的に買いかぶって、相手の発するイメージに依存していたことに気がつく瞬間がある。

また、自分の立場を守るために牙をむき出す人がいる。
浅ましいと思えるような保身に走る人がいる。

要領よく、その場を渡っていく人がいる。
ここはこうしたほうが得、ということに非常に鼻が利く人がいる。

完成してしまい、破壊と創造とは無縁の場所にたつ人がいる。

私が今、見ている人間集団。実に多様な人がいる。

その中で自分の弱みや強み、長所や欠点、方法論の間違い、改善点をいま、照らし返しで見ているところだ。

こうした経験で何点か悟ったことがある。
それは子供を産み、育ててこなかったツケを今、払っているということだ。
仮に子供がいれば、私はその子に自分が生きてきた社会から学んだことを易しく翻訳して教え聞かせ、それが子が世の中を生きていくのに役立つことかどうかを子の成長と照らし合わせて検証する機会があったろう。

その機会を持たぬまま、自分という単体時間で世の中を突っ切ってきた結果、この年齢で見知らぬ世界と日常、多々遭遇することになり、それを問題意識として、今、そのギャップを埋めようと大勢の人々を外付けデバイスにして大バージョンアップを図ろうとしているところだ。

日々、ぼろぼろになるのもまた楽し。
炉に入り、余分なものを溶かし、何が結晶されるかを待つ。
炉から出て、めぼしい結晶ができなければそれもまた、いずれ知らなければならなかったこと。
何かが結晶し、暗夜行路の残りの人生をキラリと照らしてくれれば、儲けもの。

by yoshi-aki2006 | 2008-06-16 09:38 | スタディ | Comments(4)  

Commented by poran at 2008-06-16 18:51 x
人と付き合っていると、思わぬ感動があったり、失望があったり。自分を省みるに、子供こそ産み育てたものの、単体時間で世の中を突っ切ってこなかったツケだらけ。本当にカラッポ。ちょっと唖然とする現実を受け止めて先に進むにはかなりのエネルギーがいるけれど、まだ(?)51歳の私はもうひとがんばりできるような気がしている。“人生の醍醐味”いい題ですね。
Commented by yoshi-aki2006 at 2008-06-16 21:15
poran さま

もちろん、もうひとがんばりできますとも!!
何か教えてくださいね。
Commented by うま子。 at 2008-06-17 21:58 x
先生のHpには、自分の心にずしんとくるような言葉がたくさんあり、いつも考えさせられています。40を過ぎた今、私としては、こんな風に40歳を迎えるはと思っていなかったような気がします。しっかりと前を見て、過ごして生きたいと思う、今日この頃でした。 
Commented by yoshi-aki2006 at 2008-06-17 23:51
うま子。さま

40才になったとき「不惑」と聞いていたのに全然違う、と思いました。迷いや欲に惑いまくり、それは今も続いています。
また、年をとったからって習熟するってものでもなく、油断していると失敗します。年上の人の前でかく恥と年下の人の前でかく恥では恥の熱さが全く違います。
だからちゃんと生き続けなければならないって今更ながら思います。
がんばろ、ね。

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