よい講演について考える

マネー関係のオンシーズンなので各所に伺い、自分も講演するし、人の講演も拝聴します。
で、さまざま勉強させていただきながら、よい講演とはどんな講演を言うのか? について考えてみました。

一番悪いのは言葉が不明瞭な講演でしょう。
伝える技術が確立できていないわけで、それでは聴衆には何も届けられません。

話上手の中身無し。これも時間の無駄です。
話は流麗華麗ですが、中身が空疎では聞く意味がありません。

空疎をどのように見破るか?
私の基準はその人のいっていることを素材にして頭の中で家を建ててみるのです。

例えば、ヨーロッパの××会社をどこそこの会社が吸収したという話を講演されたとしましょう。最先端の情報のように聞こえ、興味深いのですが、それでは日本にいる私は家を建てられません。家を建てるには土地を用意し、建材を買ってこなければならない。次は大工さんが来て、ペンキ屋さんが来て、畳が入って電気がつく。生活していけるような家になるには何日間かかる?
そのような具体的な話をどれだけその人がされているかを聞き分ける。
聞き終わった後、どんな家がたったかを検証する。
それが見えない話は空疎空論。そのように判断します。

過去の自分の講演を振り返ってみると、最新の情報を入れて話さないとダメなんだと思っていた時期がありました。しかし、今はコンテクスト、流れを知ってご提供する話が必要とされているんだと思います。

自分の講演をよく見せたいあまり、調べていないことなのに口走る。これもミスが多いものです。例えば、××市場は、××企業の社長はどうしたてこうした、××総裁はこうだああだ。聞きかじり、いえば賢そうに見える気がして、口走りたくなったとしても雑誌、新聞、テレビで人が発言していたことを聞いた程度の中身ならやめておいたほうが無難です。恥をかくのは口走った人であり、実損をこうむるのは聴衆だからです。調べて裏が取れていない話ならしない。それが守れなければ一線に残れません。有名人の名前を講演にちりばめるのもダメです。空疎空論を隠す手段になり勝ちです。

また、「慰め節」の講演もあります。これはすでに建っている家の戸締りをして風雪をしのぎなさいと諭していたり、流失した家を建て直すまでの道のりを話したりという具合に広がると、ニーズがあります。慰め節を聞きたいという
お客様はいらっしゃいます。

恨み節、嘆き節、叱り調・・・・。

いろいろな講演スタイル。

どんな講演でも来てくださったお客様に心から渡せるものがある。

そんな講演者になりたいものです。

by yoshi-aki2006 | 2008-10-06 17:00 | ビジネス | Comments(0)  

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