人生の危機

こっちのプログにも書きましたが、人生の危機は厄年の33歳でも42歳でもなく、やっぱ、50歳かなーと思いますね。

先輩の女性もしきりと「50になっちゃったし」と言っていたし、知り合いの男性も「俺も50になったしな」といっていました。私はその時、「それがどうしたの?」と思って、「ふーん」とうなずいていましたが、気が利かないですね。そこで、「いやー、見えないですよ」とか「えーっ、そうだったんですか」とか、言うほうが喜ばれたかも。

人生の危機は50!

それがウッディ・アレンの「私の中の私 アナザ・ウーマン」ってわけ。

ホントにいい映画でした。

人は被害にあったことはいつまでも覚えていますが、自分が加害者である事実にはなかなか気がつきません。

そのことをこの映画で理解しました。

私も一つ、この映画で思い出したことがありました。

自分が思い入れをもって建てた家にまつわることで忘れられない被害にあって、そのことから立ち直るのにものすごく長い年月がかかりましたが、自分も別の家族に対して、同じようなことをしていることがあるのに気がつきました。

若さや名声、美貌や健康、権力やこれまで可能だったことなど、それまでその人が持っていた一種の武器みたいな、強みのようなものが引き潮のように引き始める、その兆しの中で、若さゆえに気がつかなかったこと、しても許されたこと、充実と完成に向けて統合して行こうとするその矢先に、何か別のものが見えてくる・・・。映画もそういうことを伝えようとしているのですが、
それが50歳の人生の危機というわけです。

どうやって乗り切っていくかはその人次第。

そう思って周囲の人を今一度、見本として見つめなおすのもいいかも。

その意味では 「裸の王様だった」と省みる小室哲哉さんはまだまだやり直しがきく状況。ホントの危機はもっと深くて孤独なものかと・・・、と小室さんの年齢を見たら49歳でした。
・・・こりゃ、きついかも。しかし、多かれ少なかれ、みんな体験して通る道。
子育てとか介護などで50の危機どころではない人以外、王道はないってこと。
逆説をいうと、他者のために一生懸命になっている人には蜘蛛の糸があるのかもしれない。

by yoshi-aki2006 | 2008-11-22 01:52 | シンキング | Comments(0)  

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