2018年 03月 21日 ( 1 )

 

フラメンコで知る感動の根源 うまい踊りと感動する踊り

3月17日の翌日、18日。
仕事で大阪に行く仮予約が入っていたので空けていたのですが、スポンサー様のご都合から日程が変更になり、この日は習いごとをしているお教室の発表会にお手伝いに行くことにしました。

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このお教室には16年くらい前に一度入所したことがあるのですが、当時はなぜ人は平気な顔で踊っているのに私はハアハアして頭が白くなるのか、理由がわかりませんでした。おかしいな、おかしいな、そのうち何とかなるだろうと通ううち、ついに簡単な踊りですらふらふらで踊れなくなって、病院に行ったら、死んでもおかしくないくらいの大貧血でした。

ヘモグロビンの値が5!(通常は11~15くらいあるものらしいのです)。

いろいろな治療の果て、治せない病院巡りにも疲れ果てたころ、マガジンハウスの雑誌のライターさんの取材を受けた際に、
「行ってみたら?」と勧められた病院で抜本的に治療してもらえることになりました。
つまり、出血の元を抜去することに。

一週間後にはお酒を飲んだり、その二か月後にはエジプトにも学会の仕事で行ったりして平気、と思っていましたが今から思うとお腹を切った後の養生は必要でしたね。著者大会で顔を合わせる先生からは一年くらい養生しないとだめだよ、と諭され、そうだなと後から思った次第。

が、手術直後から体調は急激に良くなり、それまでは15分も歩くとハアハアしたのに、どこまでも歩ける体になっていました。
そして、「こんなにもしんどくなく歩けるなんて信じられない!」と感動しました。
命の恩人はライターさんと手術してくださった医師ですね。本当に感謝しています。

一連の体験で医者にも治せない、問題解決できない人が少なくないことを10軒くらい回って知りましたし、
「そんなの時間が解決する」と男の先生は病気扱いしてくれなかったりでした。
検査検査で時間と放射能とお金がかかった挙句、治せない? 
そんなのアリ? と思いましたよねえ。

さて、何をしても疲れにくくなった私の人生はここからまたスイッチが入り、
家事+仕事+勉強が可能に。
体力の回復は意欲の源泉にもなり、大学院には二校も行くようなことができるようになり、
さあ、と落ち着いた時にああ、もう踊ることから遠ざかって11年にもなる、と思い出してまた、お稽古にも通うようになった次第なのです。手術直前の2007年の発表会が最後でしたから。それにしても「ともかくここで一区切り」と出た2007年の発表会はひどいものでした(;'∀')

体力は回復したとはいえ、年は年で外反母趾も痛いですが、ハアハア、フラフラは前の酸欠状態とは違います。

通ううち、なんとか一曲、踊れるようになったのですが、それが前述の事情で発表会と仕事予約がぶつかってしまった次第。
もっとも、よくよく考えると前日は大切な講演で大勢のお客様の前で話す仕事があったので、
当初からは無理ちゃあ無理だったのかも(*´∀`)
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ほらー、こうした講演が一日2回もあったのですから・・・(*'▽')

さて、一部のお手伝いの時間が終わった後は一日3回にわけて行われるうちの二部を観ることにしました。

踊っている人の中には「あ、彼女はひょっとして16年前にクラスにいたあの人?」と懐かしい顔が混じっていました。
16年も踊りこんだ成果が出て、うまいなあ、と感心したりしましたが、感心に終わらず、感動した踊りもありました。

それは2つとも年齢の高い女性の踊りで、
課題曲に立ち向かっていく姿に涙が出そうになりました。
思わず自分でもびっくりするくらいの声で声援も送っていました。

うまい人の踊りは「うまいなあ、すごいなあ」とは思うけど、感動はまた別物。
フラメンコの言葉でアイレというものがあるそうなのですが、
深いもの
味わい深いもの
奥が深いもの
みたいな意味で、それがある踊りと感じ取れにくい踊りがあります。
慣れてくると
「どうだい、私。こんな踊れちゃうのよ。練習したもんねー」と踊ったり
「ほら見て、私を。すごいでしょー」と踊ったり、
「今日のために頑張ってきました~」と踊ることが多いかと思いますが、

感動がある人の踊りは何かがプットされています。

一口でいうと人間としての在り方なのかもしれない。踊りの技術ではなく、立ち向かう姿そのものになのかもしれない。

それと普段の言動からどうしても好印象を持てない人の踊りは踊り自体も好きになれず、「あ、踊ってるわ」程度にしか感じない。それに、そもそも積極的に観たいとも思わない。ましてや写真を撮ったりもしたくない。心は正直です。

日ごろから感じがいい人の踊りはやっぱり踊りも素敵に感じられます。
踊りには能力、技術力も出るけど、人柄も出る。

能力〇
技術力〇
人柄×
だと観ているこちらの心は閉じてしまう。
少なくとも私はそうですねえ。

嫌いの好きのと心ざわつくときはマザー・テレサに教えをこう


というわけで、いろんな人の踊りにおいて、感動には踊り手の人間としての在り方がオーラとなっているのだと思います。
ちなみに
生徒の発表会で一番大変なのは主催者の先生ですね。何しろ9×3の一日27公演の2日分を全管理し、指導し、最終的な晴れ舞台をチェックするのだから。
しかも、ギター、カンテ、などアーテイストを招致し、気持ちよく演奏してもらうために気配りもされる。
くったくただろうと思うし、ものすごい気持ちもてんぱってるはずなのに、神対応されているのですよね。

一人ひとりへの気配りが半端ない。ちょっとへこんでいるかも、と思える生徒にはパッと様子を見に行かれたり、
人を読む力がすごい。

一つ言葉を聞いただけで、人の行動を見ただけで発信されているキーワードをパッとつかむ能力がすごすぎる。
改めて感心しました。

そうした感じる心が深いから、先生の踊りには感動があるんだなと思います。
近々、ライブが開催されるようなので、また、ご案内しますね。

【習い事とお金】
さて、私は経済領域で仕事しているため、これからはなるべくブログでもお金に関連した話を披露していこうと思います。

「習い事はお金、時間、家族の理解がないと成立しないね」

これは真実でどんな習い事でも民間のお教室ではそれなりのお金がかかります。
月謝や入会金
必要なお道具
発表会ともなると衣装
リハーサルなどの費用
練習量が増加するためそのレッスン会場費など
知識を増やすため、情報量を増やすための勉強
CD購入やほかの人の舞台にも足を運んだり
お教室によっては指導者への謝恩
発表会に来てくださったお客様へのお車代、お弁当などを用意されるケースもありますね。

すると、ざっと見積もって一発表会に海外旅行費用程度のお金がかかるといえます。

時間のやりくりも大変です。

家族の理解も欠かせません。
時には
子供のお受験や夫の転勤などで断念せざるを得ない状況にも見舞われます。

ある人が「お稽古事に費やしているお金を貧困老後防止のために貯金しておいたほうがいいかしらと思うことがある」と言っていましたが、それも一理あります。

お金をかけずに練習する方法やお稽古ごとの種類によっても違いがあるため、一概にお稽古事はお金がかかると断定することはできませんが、民間のお教室に通い発表会も積極的に参加する場合、お月謝、持ち物、お付き合い、勉強資料、発表会の特別費用など合算して平均すると少なくとも月35000~50000円は出費すると言えるのではないでしょうか。

すると年間60万。10年で600万。20年で1200万円。たしかに大きな額になります。

余裕資金でできるお稽古事を探すことも視野に入れ、無理のないお稽古事ライフを満喫したいですね。


【次の講演会】
〇3月26日名古屋ナディアパーク名証IRセミナーの詳細とお申し込み先
〇4月18日大阪朝日ホール詳細とお申し込み先
おまちしていますね(*'▽')

by yoshi-aki2006 | 2018-03-21 10:30 | シンキング | Comments(0)