2018年 04月 10日 ( 1 )

 

道徳が特別教科になるそうですね

現在、小中学校では、週1時間、「道徳の時間」という枠があるそうですね。
子どもたちはそこで道徳を学んでいるんですね。

その道徳を学ぶ時間が
小学校では2018年度から、
中学校では2019年度から、「特別の教科」になるそうです。

何が変わるのかというと、教科書と評価が導入されるのだそうです。
文部科学省にいろいろ情報が掲載されてありました。

今度、実際に本を買って読んでみたいな。どんなことを勉強するのかしら?

道徳の特別教科化を「戦前のような思想教育につながる懸念がある」という意見もあるようですが、やっぱり、社会生活への常識は備えていたほうがいいと思います。社会性ということを考える機会を作る点で、私は「学校での道徳の教科化」は必要だと思いますね。

というのも、本来は家庭で親などの周囲の大人が子供に社会性を身に着けるよう、教えなければならないところを親自体が、社会性を持たないで自己中心的なケースがあり、結果的にその子供に自己チューの連鎖が起こっているように感じられます。

あまりにも自己中心的な行動が多くなると結局は社会は保たれなくなると思うので、社会生活を維持できる程度には自分以外のことに目を向ける力を各自が身に着けたほうがいいです。その取組の一環で、道徳教育を推進していただきたいと思います。

このところ、ヒヤヒヤする場面、辛い場面を立て続けに見てしまい、社会の課題を感じます。
高齢者の社会ルール無視の姿も見かけますが、
若い人の逸脱も多いですね。

「ま、いいだろ」と信号を無視する、ような「ま、いいだろ」症候群の例。

確かに車の往来がないのに、信号が変わるのを待っている時に「ま、いいんじゃないか」と考えて赤なのに渡ろうとすることは誰にもあることではないかと思います。
が、この「ま、いいだろ」の基準があまりにも危険な時にもスイッチオンになると話は別。
事故る確率が増します。
該当者が事故にあってしまうのは自己責任としても、巻き込まれる人の悲劇があるし、該当者だって刑事罰、民事訴訟になる場合もある。

事故の背景には誰かの自己チューがあるケース、実際のところ、多いのではないですか。

私が見るのも辛いなあ、と感じた直近での道徳観というか社会性の欠如例は
80歳代後半かと思える高齢者が杖を突きながら混雑した電車に乗り込んできたにも関わらず、その高齢者を押しのけてバーッと席に座った女性がいました。

思わずその女性を見てしまいました。化粧顔にマスクをして、殺気立った余裕のない鬼女顔の30歳代後半の勤め人風の人でした。
ばつが悪いのか、具合が悪いのか、すぐ目を閉じてしまいました。

高齢者の前ではドール風の化粧をした若い女性二人がスマホいじりで埋没していました。
目を上げて目の前の人を見ることはないんですね。

辛い光景だなあ、と思いながら2つくらい駅を過ぎた頃、やっと近隣の席が空いたので、杖の高齢者に声をかけて座ってもらいました。

また別の日のことです。
山手線の夜6時半から7時くらいの大混雑はこのところ、特にひどくなり、勇気を出して乗り込まないと乗れない状態が続いています。
しかし、ぐいぐい押すのも気が引けます。
ついにドアが閉まる時になっても乗り切れないので、「ちょっと押しまーす」と声をかけたんですね。
学生風の大きな男性が女性を守るようにドア付近に立ちふさがっていて、10人くらいの人が乗り込めずに立ち往生していたから、その学生風にもうちょっと奥に入ってもらったら、と注意喚起するための声掛けでした。

すると、その学生が抱え込むようにしていた空間で黒いマスクをしたメイド喫茶店員風の若い女性がスマホから目を上げようともせず、「押しすぎだよ」とどすの利いた声で独り言のように言います。

アンパンマン顔の学生はドア前じゃまっけ迷惑無視で護衛兵のように無表情でぼさーっと、スマホいじりのどす声女性の盾になっています。スマホどす声女性は肩にかけた固い皮のカバンで周囲の人を容赦なく押し返し、黒いマニキュアを施したボロボロの爪でスマホをいじり倒し、アンパンマンに声をかけるわけでもなく、顔を上げるわけでもなく自分に集中しています。

アンパンマンは別の駅から乗り込んできた会社員の顔に自分の吊り革を握りしめた腕がかぶってもまったく無表情にぼさーっ護衛兵役に徹しています。
スマホどす声女性は不自然な二重目でお構いなくスマホに集中。

ああ、この女性は恐ろしいやっちゃなあ、と思っていたら、ある駅で、順序良く降りようとしている大勢の乗客の体をよく車掌さんが満員電車のドアを閉める際に押すように突如、アンパンマンに声もかけず、身をひるがえして全力押しして、下車しようとしていたので、さすがに私も切れ、「自分だけのことを考えるんじゃないよ、このアホ女!」と怒鳴ってしまいました。自分が出入り口に陣取って乗り降りする人の邪魔になって押されると「押しすぎだ」と文句をいい、自分は降りるとき、そこまでするかの全力暴力的押しかよ、このバカもん!

するとその女性は中指を立てながら早足に逃げていきました。

どうやったらこんな自己中心的な人間が出来上がるんだろうな、とその後ろ姿を見ながら思いました。体があそこまで貧相に痩せこけているのは親にきちんと世話されてこなかった人なのだろうか。

ここまで感じの悪い若い人を見ると、家庭などで自分の道徳観を確立できなかった人に、社会で生きる上で最低限、配慮すべき事柄について考える時間をどこかで持たせようとする仕組みは必要だと思います。

それが道徳の授業なのか、会社でのインターン経験なのか、なんなのかはわかりませんが。

バスの終点で小さな女の子たちが運転手に「ありがとうございました!」と言って下車する姿やりりしい子供たちの姿もたくさん見るので、世の中、捨てたものではないとは思うけれど。


さて、国会。
日本の周りで国際的な枠組みが大転換するかもしれないこの大事な時にまだ国会では
森友、加計、防衛文書問題で紛糾していますねえ。

国会審議の大事なことの優劣が不思議すぎる。
改憲させじより前にもっと議論が必要なのでは?


日銀政策の今後も大事なことですし。

民度が問われる4月国会。
安倍さんの答弁が心なしか弱気含み。
9月任期延長問題に考えるところ有りなのか?

国政が内政問題一色になる時というのは、国際的に重大なことが進行していることが多いのでよく注意して各方面のニュースを読み込みたいですね。


by yoshi-aki2006 | 2018-04-10 07:38 | 日々雑感 | Comments(0)