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バカと戦うな、バカと関わるな とほほ体験を積んで初めてわかること

先日、ある書類に関して、「確かに届いています」という返事を得ていたので安心し、
夜にその関連の追加作業を済ませ、さて、翌日。

「作業が終わりました。書類Aを送ってください」という内容のメールが届いていました。

えっ。届いているといっていたのに?

びっくりして「おととい、×さんから届いています、という返事をいただいており、それがないということは紛失という認識でよいですか? 至急、確認し、返信お願いします」とメールしました。


無くされているのなら、また、書類を作り直さなければならず、大変大変!

書類はあるのか、ないのか?

まずは問い合わせて、返事を待ってみようと別作業をしながら待ち続けたところ、何の返信もないわけです。
仕方がない、こうなりゃ、電話をかけてみることに。

すると・・・・。

「今、まさにメールをお返ししようとしていたところでした」という。

は?

カチーンと来てしまいました。

「今、何時ですか? 昼過ぎですよ。メールはいつご覧になりました?」

と聞くと、朝一番に見ている、というのです。

何故、そんなに時間がかかったか、相手の話によると、

「どうしてそういう行き違いがあったかを全部、時系列で書いて、上司の承認を得て、今から返信しようとしていたところ」というのです。

ああ、情けないかな、人としての心の持ちよう。

急ぎのメールだと認識すれば、「ご対応させていただきます。少々お時間ください」と一本、メールしておけばすむだろうに。
上司の承認がなければメール一本打てないのか?

内容をちゃんと上司に見せないといけない規約であれば、それはそれとして、
「メール拝読いたしました。調査にお時間をいただきますが、よろしくお願いいたします」と返信するくらいはできるだろうよ。

急ぎ確認してくれ、という相手のニーズに「承知いたしました。弊社のシステム上、少々お時間を頂戴いたしますが、よろしくお願いいたします」くらいは返信すべきだろうよ。

上司の承認、承認と自己保身ばかりの説明にこちとら、ついに怒髪天を突き、激昂。

「会話録音を上司に聞かせて、どうしてこんな話になってしまっているか、二人でよく考えなさい!!」

とブチ切れました。

すると上司という人から「申し訳ございません」と電話がかかってきたのですが、
「私が返信を止めて、ご説明をきちんと書いたメールの作成を命じましたが、すぐ、ご返信した方がよかったですか」
というではないですか。

ああ、脱力~、脱力脱力・・・。

状況を事細かに説明しなくてもいいから、「ご対応させていただきます。お時間ください」の一報をすぐ入れるべきだろう、

と説明すると、「わかりましたあ~」とやたら明るい農村の朝みたいなお返事です。

とほほほほほほほほほ、脱力ううううう。

話にならん。

この団体は大勢の一人親方的な仕事をしている人たちを相手に事務作業しているのですが、一人親方の忙しい状況を全く理解していない。

零細会社経営者であることが多い先生業の私たちはそれこそ、秒速で仕事している。
どんどん千手観音的に物事を進めていかないと回っていかない。

その集まりの団体がえっちらおっちら役所仕事じゃあるまいし、ご説明文書を三時間も四時間もかけて作って、このくそ忙しい年末に講師業や社長業の人たちに「ご対応」している。

話にならん!

怒髪天を突く勢いで怒ってしまったけれど、バカバカしくなり、もう、かかわらないのが一番だと思いました。
三時間も四時間もかけて説明してもらわなくても、
大切な書類はちゃんとあるのに、
自動返信メールで「書類を送れ」というメールが発信されてしまいました、と電話なり、メールなりで相手に連絡すれば済む話。書類をなくされているのか、どうかがこちらは一番知りたかったことなんだから。

「あります!」
「無くしました」
「探します!」

いったいどういう状況か説明してほしいだけなのに。わかってないよ、この人たちは。

それでこちらが不審に思って問い合わせたメールに対し、
時系列でご丁寧にいきさつを書いて、要するに自分たちは悪くない、システムがそうなってしまっている、という保身に終始した内容のメールを送って、「ご理解いただきたい」としたかったんだろう。


ご理解してあげるともさ、はい、あなたたちは悪くない、システムが悪いんだよねと。

なんちゅう情けない職場、システム、仕事の心構えなんだろう?

残念すぎる。

こういうことでは、どうしようもないわ、もはや、これまで。
わからせることを放棄して別のことにエネルギーを配分したほうが自分のシアワセだわ、と思いました。

人がそういう思いで接していることもある、ということを自分も含め、注意深く見まわしてみるべきですね。
成長する機会はかようにいっぱいあるんだから。

ちなみに私も一つ、学びました。
怒るということは相手に成長してもらいたいから差し上げる花束であって、
にこやかに対応している時には「退散、シャットアウト、あきれ、あきらめ、絶望」も時にはあるよ、ということを。

バカと戦うな、バカと関わるなと相手が思うとき、きっと満面の笑顔であることが多いんだろうと。


by yoshi-aki2006 | 2018-12-15 15:43 | シンキング | Comments(2)  

洋麺屋五右衛門のハードな仕事環境にびっくり!

先日、夜遅くなってしまい、寒いし、家に帰って食事を摂るのも大変だし、とふと目についた店舗に入ってみることにしました。

きれいな店舗。
まあまあの価格設定。
女性一人でも入りやすい。

ということで入ったのが五右衛門スパゲティ。

以前、都内の別店舗でもランチで利用したことがあり、印象は悪くはありませんでした。

しかし、びっくりしたなあ!
その夜、入った店舗。

そこそこの広さの店舗のホールを一人の青年が回している。
入店するとピンポーンとチャイムが鳴り、しばらくするとホールも担当している青年がお席まで案内してくれるのですが、観ていると、ホールと客案内とレジは彼一人で回しているのです。

お客さんを席に案内し、お水を運び、しばらくしたら注文を聞きに来てくれるのですが、その間も、
青年は入店客の席案内、水だし、注文を聞き、帰る客のレジをし、テーブルをかたずけ、出来上がった品をテーブルまで運び、目の回るような忙しさです。

ふと、厨房を見ると若い女性が皿を洗い、下げられたコップの水を捨て、彼女も人間業とは思えない秒速労働なのです。

観ているこちらが涙したくなるような、それは過酷な現場でした。
ふと、過労鬱で大問題になったワタミ事件を思い出しました。

厨房にはもう一人、料理担当者がいるようですが、三人で秒速労働・・・・。
大丈夫なんだろうか。
彼らだって疲れるだろうし、毎日がこんな状態なら、鬱になるのでは?

私が経営者だったら、この現場の課題をどうするか?
まず、食券を受付で客が購入するシステムの導入をする。
厨房にはその情報がリアルタイムで伝わるようにする。

これでホールさんのレジ対応は軽減される。
次にドリンクバーを設け、客が自分で好きな飲み物を飲めるようにする。

これで水出しやドリンク注文、ドリンクを配膳するホールの手間が省ける。
ホールさんはテーブルのかたずけとセット、できた品を運ぶことに専念。


厨房では、自動食器洗いかもしくは洗い場さんを二名体制にする。
自動食器洗いは置かれているのだろうと思いますが、下洗いを若い女性がしている姿は重い皿ばかりだけに痛々しかったです。

いったいどんな会社が五右衛門スパゲティを経営しているのだろうか?
興味をもって調べてみました。

洋麺屋五右衛門というのが店舗の正式名称なんですね。
スパゲティだけでなく、多様な店舗展開している日本レストランシステム株式会社が運営主体ですね。

日本レストランシステム株式会社

上場企業としては

(株)ドトール・日レスホールディングス 3087
になります。

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チャート画像はゴールデンチャートより

ファイナンスの世界では成長率や配当、株主優待など投資家への還元率が注目されるわけですが、たくさんの人が働く職場としてこの会社を見た時に、働いている人、過去に働いたことがある人、店舗を利用したことがある客など、幅広い人たちに幸せな思い出や空間を提供し続けられる持続可能性も評価対象になると思います。

働く人が人間の限界に挑戦しているかのような過酷な有様では店舗利用者もつらいです。
人手不足なのか、人間の労働力の限界に挑戦して利益を出そうとしているのか、
注目していきたいなと思いました。

女性同士安心して入れる、カメダ珈琲のように長居できる、きれいなお店のインテリアなど、魅力ある店舗。

でも、働いている人がとても正視に堪えない状況に置かれていることがとても残念でした。

その点が改善されれば、いいですね。






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人を幸せにする投資。
人を幸せにする企業を応援します!






by yoshi-aki2006 | 2018-12-12 14:32 | シンキング | Comments(0)  

ド厚かましさ、厚顔無恥が出世する人間の特徴になってはいけない

世に出す作品は話題性はあるけど駄作ばかり。でも、金儲けは上手で、順調に出世し、次々と賞をかっさらい、果ては勲章まで授与されるという、まさに絵にかいたような出世街道をひた走る人物がいる一方、

こんだけ素晴らしいのに、どうして有名という点や受賞という評価では差がついてしまうのか、という人もいます。

両者の差は何なんだろう?

とつくずく思います。

「こんだけ素晴らしい! もっと人に知られてしかるべし」と私が思うのは、例えばダンサー。
フラメンコダンサーでもベリーダンサーでもそれは素晴らしい人がいます。

もっと評価されてもいいのに、と彼ら彼女らのダンスを拝見するたびに思います。
どうしてその世界では評価が高いのに、全国的ではないのかなーとも思います。

私が「この人は出世するためにアーテイストという手段を選んでいる」と思う人と、「こんだけ素晴らしいのに、なぜ、もっと知られないのか?」と思う人の差はなんだろう?


一言でいうと、
ド厚かましさがあるかないかだと思います。

ド厚かましい人、厚顔無恥な人、かつ、世間的には「?」と思える人の中に「そうじゃないでしょ、私こそ、一番評価されるべき人なのよ」という強烈なエネルギーを放つ人がいる。


そしてこのタイプの人はすざまじぃ勢いでド厚かましさを発揮し、欲しいものをワシズカミしていくので出世する。
金儲けもうまい。
子供や家族のブランド化にも成功する。


いっぼう、これだけ素晴らしいのに、どうしてもっと評価されないのだろうか、という人は総じて謙虚で勉強熱心。
そして、
「私なんか、まだまだです」
とか謙遜してしまう。
そして謙虚でもある。

そして、こういう人たちは見かけもきれい。

だから、異性にもてる。
すぐ、異性に取っ捕まる。

で、心がその愛にとろけて、出世というより、きれいなオーラを放つ女神様になって、ますます人から愛される。

愛されるから特に飢餓感を覚えず、素晴らしい芸術を構築しながら、世の中で評価されて上っていこうという野心が醸成されにくい。

「憎まれっ子、世にはばかる」という言葉があるけど、
出世して、がつがつ賞を狙い、金も得るわ、そこいらへんのめぼしいものはみんなワシズカミというようなタイプの人は

愛されず、だから満たされず、
故にがつがつと評価を欲しがり、
結果的に出世していく、という構図があるのかもしれない。

美しく謙虚で、謙遜、謙譲、そして一意専心で芸事に精進し、その道では一角の人物でも、いわゆる全国的には知られていない芸術家。

私が愛するのはそういう宝石のような人たち。

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この日は赤坂のサライというトルコレストランにyukariさんのベリーダンスショーを観に行きました。
彼女はエジプトで行われたコンテストなどでも複数回の優勝歴があるほどの実力者。

なのに、
そういうことをけして看板にしないで、一意専心、素晴らしい踊りを実現させてしまう。毎回、彼女の踊りには感動します。

その踊りのすばらしさもさることながらお人柄もそれは素敵な方なんですよ。美貌だし、声もきれいで、その声を聞いているだけで癒される・・・・。

池袋、高田馬場、目黒などでレッスンクラスもあるので、yukariさんのファンのマダムたちと私もクラスに参加しています。

というわけで、ド厚かましさと厚顔無恥かつ自己チューの勝つまであきらめないチャレンジャーがはびこるエセ芸術家や作品を選ばず、本当に素晴らしいエッセンスをしずくのように受け取る自由を満喫できることができることに感謝です。yukariさんの踊りに改めてそう思いました162.png

ここでお知らせです。
●12月10日は名古屋今池レオパレスで講演します。
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●12月19日は西新宿でセミナーを開催します。
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お申し込みサイトはこちらです

お待ちしています162.png162.png162.png162.png162.png






by yoshi-aki2006 | 2018-12-09 13:26 | シンキング | Comments(0)  

カートひっかかる視覚障害者誘導用ブロック、もっと双方にとっていいものはないか?

いま、視覚障害者誘導用ブロックの敷設がかなり進んでいます。
駅はもちろん、駅から四方八方に伸びる通路、道路など。
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数か月に一度くらいの頻度でこのブロックの誘導で白い杖を使って歩いていらっしゃる視覚障害者のお姿を拝見するので、大切なものなのだと思います。

しかし、一方でインバウンド、高齢者の杖、車いす、ビジネスマン、乳母車など、杖や車輪付きのカートを引いて歩く人が増えている今、このブロックにカートの車輪等が引っかかって、持ち手のダメージにも見過ごせないものがあると感じます。

私も週3回はカートを引いて出張という生活を送っているので、カートの車輪が何度もブロックに引っかかり、その都度、頭がい骨に振動が伝わり、「ダメージ受けているなあ」と感じます。車輪も傷むし。ブロックにひっかかった車輪を無理にひっぱってカートが跳ね返っているような場面も見かけます。危ないなあ・・・・と思います。

視覚障害者にもカートを引く人にもブロックが最善なのだろうかという意識で今一度、ブロックの存在を見直してみてはどうなかと思います。

ブロックが最善なのだろうか?
もっといい方法があるのではないのか?そもそも、この工事は誰が旗振り役をしたのか?
道路関係者なのか?
建設会社なのか?
あるいは視覚障害者の切実なニーズからなのか?

ごつごつしたブロックはカートだけでなく、女性のヒールにも厳しいです。足裏にごつごつが当たって痛いんですよ。けつまずくし。

本当にブロックが最善なのか?
考えさせられます。駅のホームなどでは黄色い線まで下がってください、などとアナウンスされて危険を除去する一助となっていると感じますが、その他の道ではもっと視覚障害者、カート、車いす、乳母車にいい方法があると思います。たとえば、


技術が発展し、敷設ではなく無線タグのような誘導方法が普及して、杖と連動して誘導するなど、視覚障害者もカートを引く人も不自由なく道を歩けるようになるといいな、と考えます。

それと奈良の不思議。

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ブロックが敷設されている道の両脇は小石。
風情がいいとか、水はけがいいというような理由でこの小石のような歩道材が選択されたのでしょうか。

カートを引いて奈良に入る観光客が多いのにこの道はガラガラ音がしてうるさいし、前後を歩いている人にも騒音が申し訳ない。それに、中にパソコンなどを詰めているキャリーカートは小石と車輪の振動が
恐ろしくてとてもひいては歩けないです。

どうしてこういう歩道材を導入するかな? 奈良はインバウンドの観光客が多いところなのに・・・・・と不思議な気持ちでカートを抱えてフーフー言いながら駅まで歩きました。

駅前はスーッとした床でストレスがないんですけどね~
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こういう歩道材はお高いのでしょうけれど・・・・。



さて、12月19日西新宿で19時からセミナーを開催します。
お時間がありましたら是非、ご来場くださいね。

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こちらがお申込みサイトです





by yoshi-aki2006 | 2018-11-29 09:25 | シンキング | Comments(0)  

人の価値は「その人のいない世界」で定まる


ある公共の場で向こうから私をじっと見ている女性に気が付きました。
懐かしい顔でした。

以前、交流のあった人の部下の女性。人柄がよく、応援していた人です。

「わお、久しぶり!」

懐かしいはずです。20年ぶりくらい。
「××さんは元気?」と彼女の上司の名前を口にすると
「それが、昨年亡くなったんです」といいます。

あー、××さんが私たちを引き合わせたんだな、と思いました。
××さんは自分が亡くなったことを彼女を通じて私に教えたかったんですね、きっと。

で、ひとしきり、××さんの話になりました。

「人は亡くなって初めて自分の評価を知るんだな」と思います。

××さんは美人で素敵な人ではありましたが、ものすごく嫉妬心の強い人=裏返せば自信のない人で、「自分が一番」を維持するためになりふりを構わないところがあり、肉親だろうが他人であろうが、どうでも自分ファーストをごり押しするところがありました。それが魅力といえば魅力ですが、そのためにずいぶん迷惑もこうむったなあ、と数々のディテールを思い出しました。

××さんの意中の人が私の身なりをほめたといって、突然、私の家に真っ青な顔して乗り込んできて、勝手にバーっと上り込みドレッサーに突進したと思ったら、化粧品名を逐一チェックしたり、当日着ていた服を見せてくれと、強制したり。

うるさいので、ある程度は聞いてあげましたが何でもかんでも人のプライバシーに首を突っ込んできて、ほとほとげんなり、というのが本当のところでした。
だから、亡くなったと聞いて、特に感想はありませんでした。

すると、わかったんでしょう。「ワタシ、亡くなったのよ。知って知って」とせっついていたようなシグナルのようなものがすーっと引いていきました。

自分の本当のところの他人評価を知って、私からは何も手向けてはもらえないと感じたからだと思います。
亡くなってすぐは意外と肉体に宿っていた魂のようなものは現世をさまよっているのだろうと思います。

全く偶然にとてもお世話になった人の死を知ったことがありました。
亡くなった当日、「俺、死んじゃったんだよ」
という声をすぐそこで聴いた気がしました。その時は亡くなったことなど知らなかったので気のせいだと思いましたけどね。

亡くなった時刻頃、夜、コンビニに行こうとしたらずーっと私の後をついてくる何かの気配があり、何度も振り返りました。不思議だなーとも感じていましたがこの時も亡くなったことは知りませんでした。

ほかにも、実にさまざま、いろんなシグナルを受け取って「まさか」と思って調べたら亡くなっていたということがありました。

とてもお世話になった人だったので心から手を合わせて傷みました。

たぶん、そういう他者の祈りや思いはその人に宿っていた魂の次の展開の栄養になるのだろうと思います。次の「生」のようなものがあるとするなら、より、その人にあった場所、人、などに生まれ変わってくるのだろうと思います。

自分がいなくなったとき、「ああ、あの人にはお世話になったなあ」「ああ、あの人に救われたなあ」という気持ちを持ってくれる人がどれくらいいるのか。

自分のいない世界で自分の人生をきっと知るのでしょう。

そう思えば、この世で人を泣かしたり、いやなことをしてはいけないとつくずく思いますね。情けは人のためならず。

亡くなった時に人の価値は定まるということを念頭に日々、生きていきたいですね。

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長崎のランタン祭り。
お盆もそうですが、懐かしい人との再会を願う心がこうしたお祭りや行事に込められているのでしょうね。
懐かしい人に会うためには、この世での生き方が大切なのだと思います。




by yoshi-aki2006 | 2018-06-06 14:23 | シンキング | Comments(0)  

1998年大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶ事件と株価

ついに福田氏辞任。
政権はリクルート事件さながら、次々と不祥事によってボデーブローが効いてきました。
まったく、いろんな意味で嘆かわしい限りです。

さて、天下の財務省に不祥事が続くと株式市場にもやがて効いてくる可能性がありますね。用心したいものです。
過去にも証券不祥事から大蔵省にも飛び火した事件がありましたので振り返っておきたいと思います。

そもそも前年に大事件がありましたね。
1997年11月24日 山一証券、自主廃業を決定  

そして、だんだん、大蔵省、日銀にも飛び火していきます。

1998年1月26日、東京地検特捜部は大蔵省を家宅捜索
        

1998年2月 銀行のMOF担行員が旧大蔵官僚の接待にノーパンしゃぶしゃぶ店「楼蘭」(東京都新宿の歌舞伎町)を使って    
      いたことがマスメディアに暴露される。

      大蔵省の官僚ら合計7名が逮捕、起訴

      

1998年3月11日  日銀証券課長を逮捕  

1998年3月12 松下日銀総裁が辞意表明  


当時の日経平均株価(チャートはゴールデンチャートより)
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日本でバカげたノーパンしゃぶしゃぶ事件報道一辺倒だったとき、世界で何が起こっていたか?

アジア通貨危機ですよ。
アジア通貨危機1997年7月タイから始まりました。

アジア経済が大きく揺れたその時に日本は日銀、大蔵省不祥事でガタガタしていたのですよ。
いかに内省的な大騒ぎがバカげたことか、資産運用をする人ほど、気が付くべきですよね129.png

もっとも愚かな大騒ぎが株の買い場を作ると考えればチャンスではありますが。

【追記】
名門企業の破たんの影に何があったのか? ~木村佳子の経済都市伝説 更新しました!

名古屋・大阪講演の資料の解説補助として「木村佳子の経済都市伝説の物価指数編」も併せてごらんくださいね。
木村佳子の経済都市伝説~物価編 ①
木村佳子の経済都市伝説 物価編 ②


by yoshi-aki2006 | 2018-04-18 21:41 | シンキング | Comments(1)  

危機管理術~安倍内閣に必要なキーワードは「待ったなしの経済政策を今こそ前に進めます!」です!

名古屋で 講演させて頂きました✨
ありがとうございました✨
さて、
講演会場のお客様も最近のモリカケ問題ばかりの一部の議員の動きにウンザリされていました。
いい加減にして欲しいと。国際問題と国民生活が大事な時なのに何してるのかと。
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写真は日経朝刊です。 
野党、メディアは国際問題や福島、九州、広島、茨城、長野など災害アフターフォローなど国民生活に目を向けて欲しい。内向き問題で国をぶち壊すような行動は国益にはなりません。

そして、モリカケだけでは国民は栄養失調になります😅 

お客様も国にはもっと大事なことがあるとの思いでした。
特に大フアンというわけでなくても、安倍さんを応援して、経済問題などしっかり前に進めてもらいたいと感じておられるようでした。

とにもかくにも、大枚の国税をかけて選挙で選んだ人に全力で働いてもらいたいと思うのは国民として当たり前のことです。

だから安倍さんは経済、国際問題、国民生活に直結する政治に全力投球することが一番の危機管理です。
ダメなら選挙でノーを返されるのだから。


ところで、海外では一連の騒ぎをどう見ているんでしょう?私はトランプ大統領のセクハラ問題を聞いても、やられているなと感じるのが先にきます。セクハラはハラスメント防止で人権の観点から大切なことですが政争に使われるのはいただけません。

今回の財務省・事務次官セクハラ発言問題は1998年の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」と同じで当時の大蔵省解体に結び付いた事件と似ています。当時、大蔵省を解体して誰が一番得したのか?


それを考えてみるといろいろな視点が得られますね。


野党のどなたが海外のトップと渡り合えるというのでしょう?どなたなら外国の大統領からバカにされずに会談できるのでしょうか。

国民としては手持ちのカードで一番いい働きをしてくれそうなエースで難局を乗りきって行くしかなく、それにも限界があることも知っています。

政治が機能していないことほどもったいないことはないですね😆

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18日は大阪に伺いまーす✨
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もったいないです。

政治が国民生活に機能していないのは困ります。
モリカケ、文書、日報・・・・。国会外で委員会でやればいいのではないですか。
もっとほかに大事なことがありますよ。

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by yoshi-aki2006 | 2018-04-17 12:22 | シンキング | Comments(2)  

激しさ増す安倍おろし~では、いったい誰を担ぐのか? やがて空しき野党共闘

モリカケ問題で次第に追いつめられる安倍晋三氏。

最近の気弱な視線からご自身も三選はむつかしかろう、と覚悟を決めつつあるのでは?

一方、こぶしを振り上げて「安倍退陣」を求めて勢いつく野党の皆様。
この映像をメディアで見るたび、本当にむなしくなります。

では、野党の皆さんは誰を総理に担ごうというのか、と。

国会議員なら、一杯、ほかに仕事があるだろうに。
福島救済だってあるのに、ともかく安倍おろしに終始している感じがします。
拉致被害者問題を進展させるべく、安倍内閣をうまく機能させればいいのに、モリカケ一辺倒。

国民の生活をよくするためにもっと効果的な働き方があるだろうに。
そう思うと、ため息が・・・・。

この人も俄然、活き活きしてきました!
外国人特派員の前で講演する田中真紀子さん
ご自身も「こうなればいいのにな」と期待していたという趣旨の話を率直にされていますね。
すごくわかりやすいですね(;'∀')

ちなみに私は田中真紀子さんは嫌いではありません。

ところで、この動画を見て、英語の学習モチベーションが上がりましたね。
政治家たるもの、自分の発言がどう訳されているか、耳が勝負です。
田中真紀子さんはその意味でお手本になりますね。

こうして一連の動きをみてみると安倍晋三さんたたきの本筋は
やはりあの国が、トランプ・安倍ラインをつぶしたいということなのだな、と感じないではいられません。

そして、このごたごたに株式評論、経済評論の観点で突っ込んでいくには限界があるし、あまりの醜悪さにもはや得るものナシ、という気になっても来ます。

プロパガンダ合戦をここまで露骨にされてしまうのは、
民衆が容易にコントロールできる存在だとなめられている証拠ですね。

資産運用の観点から個々の企業の研究に軸を立て直したほうがよほどすがすがしいな、と思いました。
なので、今後は企業研究のウエイトを増やそうと思います。

安倍晋三氏を総理の座から引きずりおろしたところで問題解決にはならないし、
問題解決能力を野党が持っているわけではなく
ただ、許せんと騒いでいるだけで、
国民の幸せにはつながっていない点ではむなしいだけです。

要は2019年の参議院選挙で自分たちの利を増やそうとの抗争以上のものではないとの印象が強く、
そういう抗争に終始している間にも財政問題はどんどん厳しさを増し、
国民の幸せにはつながらない「政治の暴走状態」になんら変わりはないです。

いつまでやっているんだよ、モリカケ、モリカケと。

最近、たくさん保育所ができつつあるけれど
人手不足倒産も深刻化しています。

モリカケよりそっちの対策を与野党でしっかり対策するほうがよほど大切。

だいたい結構な会社ほど内政問題で紛糾し、衰退の道をたどるものだけれど
今の日本も内政問題ばかりで内輪もめ。

東芝やソニーがたどった道を日本丸もたどるのでは?

ああ、嘆かわしい~。

というわけでここからの株式投資は企業選びのセンスで乗り切りたいですね。






by yoshi-aki2006 | 2018-04-15 02:56 | シンキング | Comments(0)  

恐ろしい! 直前記憶ぶっとび現象 

家族が「ただいま~」と外出先から帰ってきました。
そして、あれこれ手荷物を整理し始めた途端、「スマホがない!」「財布もない」と言い始めました。

「えっ? どっかに置いてないの? 玄関とか?」

うっとおしいな~、急ぎの仕事をやってんのに。
とはいえ、自分か逆の立場だったら、一緒に探してもらいたいだろうと思うので家中を探すことに。

行動確認としてリュック、手荷物、
立ち寄り先として玄関、リビング、家族の部屋。

ないないない。
どこにもない。

そこですられたか、落としたかという結論になり、駅からの行動確認と届いていないか改札や交番に聞き合わせに行くことに。
出てこないまま、家に帰り、念のため、と引き出しを開けると
「これじゃないの?」というものが入っています。
「あー、それそれ」
「あーそれそれじゃないでしょう。どんだけ人騒がせなんでしょう?」

やれやれ、と思ったら二時間が消失し、すっかりくたびれ果ててしまいました。いろいろ予定が入っていたのに・・・とぶつぶつ。
ま、しょうがないですね。

本当に災いは向こうからやってきます。
花粉症で顔中、腫れるは息苦しいわ、あちこちかゆいわが収まったと思ったら、こんどは直前記憶喪失症候群に振り回されるとは、とほほほほほ。

腫れるで思い出しましたが、収録時、ピークだったアレルギー。
本日水曜日、ゆうちゅうぶで「木村佳子の経済都市伝説」が更新されました。
木村佳子の経済都市伝説 前編 先週水曜日更新されたものです
木村佳子の経済都市伝説 後編 きょう公開されたものは後半です


さて、直前記憶ぶっ飛び症候群です。はた迷惑ですが、人のことは言えません。
私も直前の記憶が怪しいことがあります。

バナナを食べたはずなのに、だから目の前に黄色い皮が残っているのに、
「えっ、食べたっけ?」という具合に食べた記憶があいまい、とか、さっきこっちの部屋に持ってきたカバンが行方不明とか。

30歳代からこんなことがあったような気がしますが、最近、やばいな~、と感じます。
みんな通る道なのでしょうか。

「遊びに来ない? 桜がきれいだから」と
年上のお仲間に誘われて最近、リフォームされたばかりのマンションにお邪魔しました。

感心したのはアイランドキッチンの後ろはすべて棚になっておりお皿などの食器類がそのまま置かれていたこと。
「しまいこむとだめなのよ」
とのこと。
「ホコリが舞うからしまいましょう」より、「見えないものは探せない」に特化し、
皿もコップも棚にむき出しのまま置く方式にしたのだそう。

玄関には時計、財布、鍵置き場。
靴も全部、棚にむき出し収納。

商品の売り場のようになっていました。

そして高級な食器も持ち物も多くは捨ててしまったとか。

物忘れ対策と「見える化」。

ないないないと探し回る時間の消失のもったいなさと比べると大切なことかも。
ちなみに家族にはトンネル掘削などの時にヘルメットに着けるヘッドハンドのようにスマホも財布もヘアバンドに縛り付けて置いたら、と助言しました。あるいはたすき掛けボシュエットに常に収納とか。

スマホ、財布を持っていたことすらわからなくなるよりましたけど、人騒がせな直前記憶ぶっ飛び症候群。

【日経平均株価の見通し】
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チャート出典はゴールデンチャート日足です。
どう見ても2万円割れ必至。
トレンドが崩れてますね。
銘柄を3つくらいに絞って買い下がりをするとか、方針を立てて、下げもまた楽しいと思える投資をしたいですね。


by yoshi-aki2006 | 2018-03-29 00:52 | シンキング | Comments(2)  

フラメンコで知る感動の根源 うまい踊りと感動する踊り

3月17日の翌日、18日。
仕事で大阪に行く仮予約が入っていたので空けていたのですが、スポンサー様のご都合から日程が変更になり、この日は習いごとをしているお教室の発表会にお手伝いに行くことにしました。

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このお教室には16年くらい前に一度入所したことがあるのですが、当時はなぜ人は平気な顔で踊っているのに私はハアハアして頭が白くなるのか、理由がわかりませんでした。おかしいな、おかしいな、そのうち何とかなるだろうと通ううち、ついに簡単な踊りですらふらふらで踊れなくなって、病院に行ったら、死んでもおかしくないくらいの大貧血でした。

ヘモグロビンの値が5!(通常は11~15くらいあるものらしいのです)。

いろいろな治療の果て、治せない病院巡りにも疲れ果てたころ、マガジンハウスの雑誌のライターさんの取材を受けた際に、
「行ってみたら?」と勧められた病院で抜本的に治療してもらえることになりました。
つまり、出血の元を抜去することに。

一週間後にはお酒を飲んだり、その二か月後にはエジプトにも学会の仕事で行ったりして平気、と思っていましたが今から思うとお腹を切った後の養生は必要でしたね。著者大会で顔を合わせる先生からは一年くらい養生しないとだめだよ、と諭され、そうだなと後から思った次第。

が、手術直後から体調は急激に良くなり、それまでは15分も歩くとハアハアしたのに、どこまでも歩ける体になっていました。
そして、「こんなにもしんどくなく歩けるなんて信じられない!」と感動しました。
命の恩人はライターさんと手術してくださった医師ですね。本当に感謝しています。

一連の体験で医者にも治せない、問題解決できない人が少なくないことを10軒くらい回って知りましたし、
「そんなの時間が解決する」と男の先生は病気扱いしてくれなかったりでした。
検査検査で時間と放射能とお金がかかった挙句、治せない? 
そんなのアリ? と思いましたよねえ。

さて、何をしても疲れにくくなった私の人生はここからまたスイッチが入り、
家事+仕事+勉強が可能に。
体力の回復は意欲の源泉にもなり、大学院には二校も行くようなことができるようになり、
さあ、と落ち着いた時にああ、もう踊ることから遠ざかって11年にもなる、と思い出してまた、お稽古にも通うようになった次第なのです。手術直前の2007年の発表会が最後でしたから。それにしても「ともかくここで一区切り」と出た2007年の発表会はひどいものでした(;'∀')

体力は回復したとはいえ、年は年で外反母趾も痛いですが、ハアハア、フラフラは前の酸欠状態とは違います。

通ううち、なんとか一曲、踊れるようになったのですが、それが前述の事情で発表会と仕事予約がぶつかってしまった次第。
もっとも、よくよく考えると前日は大切な講演で大勢のお客様の前で話す仕事があったので、
当初からは無理ちゃあ無理だったのかも(*´∀`)
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ほらー、こうした講演が一日2回もあったのですから・・・(*'▽')

さて、一部のお手伝いの時間が終わった後は一日3回にわけて行われるうちの二部を観ることにしました。

踊っている人の中には「あ、彼女はひょっとして16年前にクラスにいたあの人?」と懐かしい顔が混じっていました。
16年も踊りこんだ成果が出て、うまいなあ、と感心したりしましたが、感心に終わらず、感動した踊りもありました。

それは2つとも年齢の高い女性の踊りで、
課題曲に立ち向かっていく姿に涙が出そうになりました。
思わず自分でもびっくりするくらいの声で声援も送っていました。

うまい人の踊りは「うまいなあ、すごいなあ」とは思うけど、感動はまた別物。
フラメンコの言葉でアイレというものがあるそうなのですが、
深いもの
味わい深いもの
奥が深いもの
みたいな意味で、それがある踊りと感じ取れにくい踊りがあります。
慣れてくると
「どうだい、私。こんな踊れちゃうのよ。練習したもんねー」と踊ったり
「ほら見て、私を。すごいでしょー」と踊ったり、
「今日のために頑張ってきました~」と踊ることが多いかと思いますが、

感動がある人の踊りは何かがプットされています。

一口でいうと人間としての在り方なのかもしれない。踊りの技術ではなく、立ち向かう姿そのものになのかもしれない。

それと普段の言動からどうしても好印象を持てない人の踊りは踊り自体も好きになれず、「あ、踊ってるわ」程度にしか感じない。それに、そもそも積極的に観たいとも思わない。ましてや写真を撮ったりもしたくない。心は正直です。

日ごろから感じがいい人の踊りはやっぱり踊りも素敵に感じられます。
踊りには能力、技術力も出るけど、人柄も出る。

能力〇
技術力〇
人柄×
だと観ているこちらの心は閉じてしまう。
少なくとも私はそうですねえ。

嫌いの好きのと心ざわつくときはマザー・テレサに教えをこう


というわけで、いろんな人の踊りにおいて、感動には踊り手の人間としての在り方がオーラとなっているのだと思います。
ちなみに
生徒の発表会で一番大変なのは主催者の先生ですね。何しろ9×3の一日27公演の2日分を全管理し、指導し、最終的な晴れ舞台をチェックするのだから。
しかも、ギター、カンテ、などアーテイストを招致し、気持ちよく演奏してもらうために気配りもされる。
くったくただろうと思うし、ものすごい気持ちもてんぱってるはずなのに、神対応されているのですよね。

一人ひとりへの気配りが半端ない。ちょっとへこんでいるかも、と思える生徒にはパッと様子を見に行かれたり、
人を読む力がすごい。

一つ言葉を聞いただけで、人の行動を見ただけで発信されているキーワードをパッとつかむ能力がすごすぎる。
改めて感心しました。

そうした感じる心が深いから、先生の踊りには感動があるんだなと思います。
近々、ライブが開催されるようなので、また、ご案内しますね。

【習い事とお金】
さて、私は経済領域で仕事しているため、これからはなるべくブログでもお金に関連した話を披露していこうと思います。

「習い事はお金、時間、家族の理解がないと成立しないね」

これは真実でどんな習い事でも民間のお教室ではそれなりのお金がかかります。
月謝や入会金
必要なお道具
発表会ともなると衣装
リハーサルなどの費用
練習量が増加するためそのレッスン会場費など
知識を増やすため、情報量を増やすための勉強
CD購入やほかの人の舞台にも足を運んだり
お教室によっては指導者への謝恩
発表会に来てくださったお客様へのお車代、お弁当などを用意されるケースもありますね。

すると、ざっと見積もって一発表会に海外旅行費用程度のお金がかかるといえます。

時間のやりくりも大変です。

家族の理解も欠かせません。
時には
子供のお受験や夫の転勤などで断念せざるを得ない状況にも見舞われます。

ある人が「お稽古事に費やしているお金を貧困老後防止のために貯金しておいたほうがいいかしらと思うことがある」と言っていましたが、それも一理あります。

お金をかけずに練習する方法やお稽古ごとの種類によっても違いがあるため、一概にお稽古事はお金がかかると断定することはできませんが、民間のお教室に通い発表会も積極的に参加する場合、お月謝、持ち物、お付き合い、勉強資料、発表会の特別費用など合算して平均すると少なくとも月35000~50000円は出費すると言えるのではないでしょうか。

すると年間60万。10年で600万。20年で1200万円。たしかに大きな額になります。

余裕資金でできるお稽古事を探すことも視野に入れ、無理のないお稽古事ライフを満喫したいですね。


【次の講演会】
〇3月26日名古屋ナディアパーク名証IRセミナーの詳細とお申し込み先
〇4月18日大阪朝日ホール詳細とお申し込み先
おまちしていますね(*'▽')

by yoshi-aki2006 | 2018-03-21 10:30 | シンキング | Comments(0)