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あてにできない人、あてにしてはいけない人

久々に人間勉強をしました。

日々、決まったローテーションの中で自分の講演の充実だけに特化していくことに集中できていた環境に
幹事役を仰せつかったり、なんやらで、
今まで付き合いのなかった人との交流が増え、

いや、実にいろいろな人が世の中にはいて、
考え方、
その人の出来具合は多種多様だなと感じさせられ、
そして、そのことででは自分はどうなんだろうということにも気がつくチャンスを与えられ、

とっても勉強になりました。

さて、本日のトピックは
「この人の話をまともに聞くとろくなことがないな」ということをいまさらながら学んだので
備忘録としてブログにしておこうと思いました。

話の結論は
「すべて自分が悪いのだ」
という落ちなんですが、
人間、生ものなのでついつい忘れる。油断する。
が、あてにできない人はやっぱりあてにしてはいけないのですよね。後始末が大変です。

例えば、結婚式やら何やらの出欠で比較的早い段階で
「ぜひ、伺います」
と返事をくれていた人が
「やっぱ、やめとこーかーなー」と言い始めるような時、
「ああ、この人、まともに相手にしてはいけなかったんだ」とその時に「ああ、そうだった」と気がつくわけですね。

そういう人は
ノリがいい
明るい

から好きなタイプの人ではあるんですが、

ノリがいいからすぐ気が変わってしまい、
明るいから、そんなことで落ち込まないで=つまり、鈍感さんというか、自分を守る術にたけているので
平気なんですよね。

最近、「それ、自分にまかして」といわれて任せると早々に「こういうことができそうだ」と返事が来たので、
「あー、すごい助かった」と安心していたら、
「やっぱり××の理由でダメになりそうだ」と直前になって変更されてしまいました。

その人はまったく悪気かなく、あえて言えばノリがいいから、人からいい返事をもらえた=実は処世術で適当にあしらわれただけだったのに=うれしくなっちゃって、「大丈夫」と早々と連絡してきてくれたというわけなんですね。だから、その人を責めちゃいけないんだけど、

考えてみると、その人はいっつも言っていることがふわふわしていた、といまさらながら思い出すんですね。

こういうふわふわさんのいうことをついうっかりとあてにするととんでもない苦労や後始末を自分でしなくてはならないので、
「ああ、失敗したなー」と転んでから、自分の甘さを反省します。

人生にはこうしたふわふわさんとの遭遇で段取りが狂うことが、ままあります。

「人なんか当てにしないんだよ、僕は自分しかあてにしない」と大学院で授業をとったH教授は口癖のようにおっしゃっていたけど、先生も苦労したんだな、きっと。

ただ、この先生の偉いところは自分頼みがしっかり軸として確立されているから周りのふわふわさんを上手に自分の資源に取り込んでおられました。先生の取り巻きにしちゃって、団体を立ち上げられましたからね。

ふわふわさんの活かし方。これも処世術ですね。

私は人を軽く扱おうとする人と遭遇したとき、その人の在り方がとてもよく見通せるので=実はその本人が軽い人=、人を軽くあしらいたくない、と思うから、

ふわふわさんもしっかりさんも区別なく、接するようにしています。

が、ふわふわした人を当てにしてはいけないんですよ。絶対に。
そういう人は羽根だから。
そういう人は神様が遣わしたある意味、天使さんみたいなもんだから、いてもいなくてもいいように接しなければならない。

要は自分しか頼れる人はいない。
そして、その自分も、いつか体が朽ちて、魂もどこかに飛んでいく。

はかないものなんですよ。

だからこそ、応えてくれる人は奇跡なんですね。有難う、なんですよね。
有難いことを成し遂げてくれている人なんですよね。

さて、人にしたことは自分に返ってくるということも私は真実だと思っています。
ある会合が開催されたとき、ちょうど、大雨で私は行きたくなくなったんでした。
もともと、スケジュールが厳しくて、あんまり気乗りのしない会合だったのですが、
さそってくれる人が熱心で
「行こうよ、行こうよ」とさんざん言ってくれた。

私はそれも「えー、忙しいのに勘弁してよ。無理っぽいでーす」というニュアンスで、
「泊りはむつかしいです、行けるとしたら日帰りかな」と返事。

ふつう、私の周りのビジネスマンは「あ、お忙しいんですよね、じゃ、また、今度お誘いします」と引き下がってくれるものなのですが、その時の相手は、テキストをまともに受け取って、
日帰り日程を組んでしまったんです。

当日の朝、「雨だし、ちょっと・・・・」とさらにやんわり断ったつもりでした。

が、それも伝わらなかったんですね。

何時に来ますか?

と矢の催促を受けてしまいました。

私がその人にとって「あてにできない人」になってしまったんです。
とうとう、「今日は行けません」と告げて、その日は
行かなくて済みましたが、
その時、その誘ってくれた人とおなじことを幹事会で遭遇した次第です。

不思議なことにちゃんとやっていれば、どこからか運が運ばれてきていい展開に物事が進んでいきます。

あてにならない人にならない。
あてにしてはいけない人を当てにしない。

ところで、人はふとした拍子に本質をさらけ出してしまうものです。

いろいろな場面で
なるほど、この人は負けん気の強い人だな、
とか、
自分よりすごい人を見た時、こうなる人なんだなーとか
ちらっと日ごろは出さない部分がわかったりする。

私もそうやって人に見られているわけだから、
自分を磨き続けるしかないですね。

ふわふわさんに幻惑されたときは

「人を当てにしちゃいけないんだよ」ということを教えに来た天使だと思って正気に返ろうと思います109.png

ちなみに自律的な人の集団は強いですよね。
有望投資先である会社探しの視点にも加えたいですね。101.png








by yoshi-aki2006 | 2018-07-27 09:09 | 人間考察 | Comments(0)  

ナイトクローラー 人はどこまで人の不幸が観たいのか?

6月は各地での講演が多く、移動距離も長いんですよね。

徳山への足の場合、スタッフやほかのご登壇者は飛行機を選択されたのですが、私は羽田での待ち時間、搭乗のめんどくささ、到着してからのバス便を考えると、やっぱり乗っていたほうが早いなと徳山までも新幹線。
広島西条からの帰りも新幹線。

航空便を選択された登壇者のお一人は
「新幹線での事件があって以来、新幹線は敬遠しています」とおっしゃっていました。
確かに・・・・・。
私も新幹線乗車は怖いな、と感じます。どんな人と乗り合わせるかわからない点ですね。グリーン車両を選んだとしてもそれは変わりません。

乗車するときは何が防御に役立つか、絶えず考え、使える防御用品はないか、周囲を見回すようになりました。棚の上も見ます。そして人の足元も。

最近の発見は靴です。靴、靴、靴!

ハイヒール、スニーカーなどを脱いで両手に持ち、それを防御に使う。

男の人の革靴も十分、防御に使えます。

あと、バックに入っているものでは新聞紙です。
それを胴腹に巻く。雑誌でもいいですね。開いて腹に巻く。
硬く巻き、棒のようにして防御具にする。
着ている服の心臓部にポケットがあれば、そこに新聞を四角く分厚く折りたたんで入れる。サイズが合えば、財布を入れる。

首を狙われないようにするためにはとっさの時は首にネクタイで防御する。
背広の腕の部分をクロスさせて首を防御する。
ベルトも振り回せば防御具になる。
筆記具を両手に持つ。
鍵も使える。

女の人は日傘を持っていることが多いから、日傘で防御する。
ペットボトルが柔らかであれば中身を捨ててペタンコにして前面首に巻く。
ストッキングをはいていれば、そこに何か硬いもの、小銭でもいいですね、そういったものを入れ、首に巻く。

そして攻撃こそ最大の防御のチャンスを待つ。蹴る、突く、噛む。
時間があれば回し蹴りの稽古!
じっと座っていないで、シャドーボクシングの構えで、うりゃうりゃうりゃ~。
(すごい変な人オーラですけど105.png)

いろんなことを考えて車内でおちおち眠っていられなくなりましたね119.png

ところで、この人ならどう行動するか、と考えさせられた映画を長い乗車時間に鑑賞しました。

2014年作品で大ヒットした「ナイトクローラー」という映画です。主演はジェイク・ジレンホール。全編無駄がなくすーっと入っていけます。

出演者のジェイクも素晴らしいですけど、共演者もいい!
キャスティングのセンスの良さが感じられます。

公式サイト~ナイトクローラーの予告編動画

アマゾン・プライム会員特典で無料で見られましたが、見る価値がある映画でした。

それにしても、この作品が象徴しているように
人はどこまで「自分愛」を満たせば気が済むのでしょう。

「自己愛」といえば、電車に乗っても優先席で平気で談笑する高齢者ではない人たち。
スマホに没入し、目の前に杖をついている人がいても知らん顔している(相手のお困りごとを察する神経回路がない)

そういう人はバカにしか見えないんですけど・・・・。

分別盛りの男が女性を押しのけ、我先にわずかな隙間に座って平気でいられることもとても不思議です。かっこよくみられることより「自分愛」最優先なんですね。その、なりふり構わなさにびっくりします。

そういう自己愛最優先の人が増えるほど、ナイトクローラーには商売チャンスが増えるというわけですね。

ホント、考えさせられる。

が、仕事は利他の心で進めないと成功できません。
利他、他者のニーズを察知する能力が大切。

粛々と。

さて、お知らせです。
毎週水曜日正午更新の「木村佳子の経済都市伝説」では
操られる大衆心理~前半をオンエアしています。
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木村佳子の経済都市伝説 最新号

取り上げているテーマはナイトクローラーと接点があると思うのですが・・・。

ま、何しろしっかりお仕事で皆様に還元できるよう頑張ります!

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福岡会場

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兵庫県三田会場で

6月26日は鳥取に伺います!
お申し込みと詳細です
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7月5日は大阪に伺います。
大阪セミナーの詳細です










by yoshi-aki2006 | 2018-06-23 12:42 | 人間考察 | Comments(0)  

言い返すか、やめとくか? 「ちょっと待ったその一言」への対処法

記者のあり得ない質問に対して、時折、プチ・ブチ切れる麻生財務大臣。
お気持ち、よくわかるわあ・・・。

何か麻生財務大臣が発言すると、孫ほども若い記者が「どのような経緯でそういうご決断になったのでしょうか」みたいなことを聞く。

「だから、いま言ったでしょう。同じことをまたしゃべれってのか」と思わず言いたくなるような質問をしてくるわけです。

「お前はアホか!」と言いたいでしょうに
よく耐えておられるな、と思いますよ。

しかし、ブチ切れたりするとそこのブチ切れ画像だけ何度も何度も前後はカットして使われてしまうから、メディアとの付き合い方っつてむつかしいんでしょうね。

麻生財務大臣をイライラさせる記者例に限らず、日常的に「いわなくてもいいようなことを言う人」や「あり得ない言い方をする人」がいます。

私が最近、ブチ切れ寸前になった事例です。
エレベータが来たので乗り込むと、ほかにも乗りたそうにしている人がいたから待ってあげていたんですよね。すると最後に乗ってきた65歳くらいの女性が片足をエレベータに突っ込んだまま、半身でフロアの人としゃべくる。結構、長い時間だったんです。

ようやくその人が乗ってきましたが、「ありがとう」も「すみません」もないので、しょうがないなと思っていたら、下に行くボタンが無効になって上に行ってしまった。

ドアが開くと男性2名が呆然と立ち尽くしていたので(おそらく年かさの女性ばかりがガッと乗っていたのでおののいていた感じでした)、私が「早く乗って」という代わりに「乗られますかー」と促したんですよ。
するとその65歳くらいの女性が「そりゃ、乗るわよ。ボタン押したんだからさ」とぶつくさ声で言うではありませんか。

かつてのように瞬間湯沸かし器にはならないまでも、さすがにむか~っと来ました。

だいたい、あなたが早くエレベータに乗り込まないから上までエレベータが行くことになってしまい、ありがとうでもなく、済みませんでもない上に、男性に乗車促進している私に対して、「あなたがそういう言葉をいえた立場なのか」と。

しかし、また、この場所に来るんだし、次は無視すればいいんだし、今日のところは言い返すまい、とスルーすることにしました。睨むのも疲れるしね~。

「無敵の会話術ですね」「息子さんにお嫁さんいらっしゃるの? お嫁さんの気持ち、察するわ~」などと皮肉ったところで、この手の人は理解しなさそうだし、そもそも、こういう人とは話がかみ合わないのだから、コミュニケーションしようとするだけ無駄。

スルー!

が、時には言わなくてはならないときもありますよね。
「ちょっと待った、その一言」というような時。

言わなくてはならないときとは究極的には

●相手が利害上、こちらが不利になることを恣意的にしていると感じられた時

です。

被害を受けているのに、黙っていると

喜んでいた
とか
黙っていたから肯定していると思った
とか
話を作られてしまいます。

だから、
被害を受けた時や不都合なことをされた時には
「やめてください」「困ります」「そういうことは受け入れられません」
とはっきり、言ったほうがいいです。

精神的に傷つけられてしまうような物言いが度々続くときは
その人が誰に言われたら効くかをよく考えて、その人から指導してもらう機会を作ったほうがいいですね。

直接ぶつかるりはNGではないかな。

以前、音楽関係の先生に対して好きの裏返しでしょうか。
つまらない絡みを毎回のように仕掛けている女子がいました。

明らかに周囲の人も「つまんない絡みを言ってんなー」とハラハラしていたんですよね。
が、その先生は一度も言い返さず、ふっと微笑んでかわしていましたね。

生徒としてその女子から月謝を受け取る立場だから、ぶつかるのを避けるのが賢明だということがあったにせよ、人格者だなあ、と感心したものです。

異性間では好きの裏返し。

同性間で嫌なことを言ってくる人間は嫉妬しているんだから、
ははー、私のほうがきれいだから嫉妬しているんだわ、と大きく構える余裕も必要ですね。

そういえば、エレベータ片足踏ん張りマダムもそうだったんだわ、きっと104.png106.png126.png129.png
エレベータに乗る前に顔があった時、たじろいだように私を見ていたもんなー。
「美しすぎる!」と思ったんだわよ、きっと。
そう思えば腹が立たない、確かに。( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

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ところで、自分もいらないひとことを言わないようにしないとね。106.png
無敵の会話術は無用な敵を作るのだから。

言われたほう、されたほうは一生忘れない。いつか復讐というか、敵として果し合いに来られることもある。

その怖さを知っているかいないかで人生が違ってきます。

あの辞めた事務次官さんも「一回口から出た言葉がどれほど恐ろしいことになるか」ということを今回よくわかったと思うなあ。
いらないことを言わないに越したことはないってことですよね。ホント、気を付けよう。

余計なことをバンバン口にしている人は今、自分がへこまさなくても、将来、もっとまずい相手にガツンとやられる、と思えばいいんですよ。ふっと微笑んでかわしていたあの先生は「君が成長してそういうことがわかる日を祈っているよ」と彼女に言いたかったのかもしれないなー。






by yoshi-aki2006 | 2018-05-19 01:40 | 人間考察 | Comments(0)  

2度と飲みたくない、2度と食事したくないと思われないために気をつけること

先日、ある人とたわいもない話をしていた時のことです。

「××さんと飲んだんだけど、会うなり、金がない、仕事を紹介してのお願いが始まった。もう、あんな人とは二度と飲みたくない」

とつくづく愛想が尽きたという表情でした。

私もそういうケースに遭遇したことがあります。「久しぶりに飲みませんか?」としきりに誘われるので、「あー、仕事紹介して、だな」と
思いました。何の用事もないのに、さほど親しくもないのに、しきりともみ手で誘ってくるのだから、お願いごとに決まってます。

飲もうよ
飲もうか

で展開している話ではなく、

「お会いしたい」「ぜひ」

と同業者があり得ない猫なで声で誘ってくるときはなんか頼まれごとであることが多いです。
で、ちょっと顔を出していないご無沙汰な店があったので、そこでならと会うことになりました。

マスターは顔なじみ。でも、この人、どんな人と飲むのかなーと客である私をそれとなく観察はするものです。
開店直後。店は静か。
懐石ミニコースでさあ、一献と行く前に、つまり飲む前に、シーンとしている店内で開口一番、その人が口にしたのは
「金がなくて、仕事がなくて、困ってます。仕事紹介して」
でした。

えっ! いきなりですか? そんなに?

正直、そう思いました。

もうこの一言で、「この人と飲むのはこれが最後だな」と思いました。
新鮮なお刺身が運ばれてきたというのに、一人で飲んだほうがよほどおいしく味わえたなあと。

いや、私だって知り合いが仕事に困っていたらひと肌脱ぐし、思い切り、真剣に紹介してあげますよ。
が、この人はどんだけ仕事を紹介してあげてもお歳暮一つ送ってきたことがないし、ありがとうと感謝の言葉を自分からいち早くいってきたこともないし、紹介してあげた仕事先でちゃんと仕事はしているものの、報告もないのです。
「仕事をいただきました。ありがとうございます!」と報告してきていれば、以降も困ったということがあれば、いくらでも相談に乗ってあげたと思うんですよ。

が、一度もそうしたことはありませんでした。

そもそも酒の席でおいしいものを目の前にしてお酒がまずくなるようなことを店主が耳をそばだてている中で発言して平気な神経がこの人物の自分勝手さ、自己中心さを物語っています。

そんなことだろうと思った。

そう思い、「本来ならあなたが若手に仕事を紹介してあげなければならない年恰好なんだからさ、お互い、頑張りましょうよ」といいました。
でも、情け深いというか、お人よしというか、それでも私が「書き仕事なら紹介してあげられるわよ」というと
「書き仕事なんか一本原稿書いていくらでもないじゃないですか。講演なら稼げるじゃないですか」
と金に困っているといいながら、仕事を選ぶわけですよ。

さすがにバカ言ってんじゃないよとカチンと来ました。
そんなおいしい話がどこにあるというのでしょう?

その日、私はおごってあげませんでした。手ぶらでやってきて、自分勝手なお願いごとをして、しかも仕事を選ぶとは何事ぞ。
二度と飲みたくない、と思う人はこういう人です。

人はバカじゃないんだから、口に出して言わなくても「あ、この人、困っているんだな」とかわかるものです。それを口にしないで我慢している姿こそが人の胸を打ち、「よし、何とかしてあげよう」と思うものです。
それをなんじやらホイ?

「高い仕事を紹介してくださいよ」
だって? 顔洗って出直してこい、じゃないですか。

二度とごめんだわ、と思い出すのはもう一人います。
そんなに親しいわけでもないのに、
「ランチしませんか?」と異常な執念でアプローチしてきて、会うなり「離婚して慰謝料ももらっていない。お金に困っている。仕事紹介してくれませんか?」
と言ってきた人がいました。外車を乗り回し、億ションに住み、セレブな暮らしをしていると噂を聞いていたのに、あらまあ、どうしたの?
「夫が浮気して女にお金を貢いで・・・・」
と同情を引くようなことを会うなり長々披露します。
情け深くお人好しな私は人材派遣会社の女社長を紹介してあげました。

さて、その人。
勘定の時にすーっとトイレに行き、ものすごく長い間、帰ってこずに、しょうがないから私が勘定しました。

すると帰ってきて、「あ、そうなんですね」と勘定が終わったことにしれっとしているわけです。ランチにしては高い店だったんだけどな。

いや、これはなかなか、と舌を巻き、いや、どこかでちゃんとするかも、と思い直しました。
たまたま女社長が近場にいたので合流し、女社長の前では「一生懸命、なんでも仕事させていただきます」と殊勝なことをいいます。

まあ、頑張ってくださいな、ということでお開きに。

しかし、そのお茶席でも絶対にレシートをつかんで支払うそぶりは見せません。女社長にお茶位、おごればいいのにな。せっかく忙しい中、来てもらったのだから。

ケーキなどのショーケースもあるのだし、勘定しないのならせめて女社長にケーキの土産でも持たせればいいのに、とその人を見ているとしらーん顔しています。

そんなに金がないのだろうか?

と思っていると、帰り際、「私、デパートによりますので」とさっさと身をひるがえしていきました。
後日、菓子折りでも送ってくるのかと思いましたが何も挨拶ナシです。私ならデパートに行くのなら、交換したばかりの女社長の名刺住所に菓子折りでも送っておくけどなあ。

その後、仕事先で顔を合わせる機会があった時にも「お世話になりました」という言葉は聞けませんでした。差し入れでも持ってくれば
印象が変わるのに気が利かない、気がつかないんだなあ。挽回する機会がせっかくあるのに。

後日、女社長から、電話があり、
「あの人、使えないわ。こちらの貴重な時間を使って一時間ほど電話でアドバイスしてあげたのよ。そして、こちらがすぐに紹介できる仕事も提案したのよ。なのに、そんな小さい仕事は安いですよね。もっと高い仕事がしたいです、というのよ。賞味期限キレているのに、全くわかってないわ」
とのことでした。

二度とこの元セレブ妻さんとも食事したいとは思いません。

両者に共通していることは何だろうなあ。

あえて言えば、両者とも若い頃、ちやほやされた、ということでしょうか。
今もその手形が使えると錯覚しているんでしょうね。

いい歳をしたオジサン、オバサンなのに
いつまでも僕たち男の子、女の子感覚・・・。

というわけで、二度と飲みたくない、食事したくない、と思われてしまうのは

勘定の汚さ、調子よさ
おごってもらって当たり前の態度、当たり前のように人に金を払わせる人は嫌われるし、憎まれる
おごってもらったら、後日、ちゃんと礼をする(最低限、礼状を送る。おごってもらった金額の半分~同等程度の菓子折りなどでお返しする、など)
言葉でもちゃんと感謝する。でないと、礼が行き届かない、と思われる
おごってくれそうな人と食事するときは手土産を持っていく
特にお願い事をするなら絶対に手土産が必要
わざわざ出向いてもらった場合はお車代を包む必要がある場合もある、もしくは車やタクシーで最寄り駅まで送る

店をセッティングしてもらったのならその店で相手のメンツをつぶさない

そうしたこと以外に、

相手がきれいな服なら焼き鳥屋などけむりもうもうの店にはいかない
二度と食事したくないと思われるようなガツガツ食い、矢継ぎ早な注文は慎む
食べ方、飲み方にすべてがでる 相手はそれを見ている

食べ終わった食器類の扱いに育ちが出る
割り勘の時にみんなの分の割り勘分の自分分の領収書はもらっても、みんなの分の領収書を「あ、私、それ使うわ」ともらわない。
これをする人は信用できない。
領収書の諸問題はおろそかにしない

などなど。

人はざっくばらんにしているようでも見るところは見ています。

二度と飲みたくないとか、二度と食事したくないと思われないために、

マナーや人としての基本的なありかたをしっかりさせたいものですね109.png
わざわざ嫌われるために飲み、食べ姿を見せているのは残念です。
あった人全員を自分のフアンにしてしまえる魅力を磨いていきたいものです101.png

by yoshi-aki2006 | 2018-01-20 06:23 | 人間考察 | Comments(0)  

虐待する親は心の病人である 

最近、ニュースで子供の虐待問題をよく見聞します。
虐待する親には

出来ちゃった、流れで産んでみたものの、結果責任を自覚しないため、
泣くのがうるさい、言うことを聞かないので腹立たしい、自分の生活リズム最優先なのに足手まとい、金がかかることが腹立たしい

など、親の自覚がまったくないまま、子供に当たりちらす虐待と

自分が「親=他者との共存」になることをかたくなに拒んでいることによる子供の人間性、多様性、成長否定からの虐待があるように思います。

このほか、子供の存在が自身のコンプレックスを刺激するケースの虐待もあるように思います。

ないまぜになっているケースもあるでしょう。

わたしが目撃した母子は容姿にめぐまれないやたら若作りの母親とかわいらしい少女のケースでした。母親は些細な因縁をつけては子供の顔を何度も殴っていました。女の子の顔は一日二日の叩かれ方ではこうはならないだろうという状態で腫れていたし、アザも複数ついていました。

その時、止めに入ると逆切れしていましたが、
「将来、あなたが弱ったときにおんなじことをこの子供からされるよ!」というとビクッとしていましたから、気の弱い人だと思います。弱いものに当たり散らすのはだいたい気の弱い、小心モノです。

顔が親子で違っていたから、本当の子供ではなく、継母なのかもしれません。
このとき、警察にすぐ通報するなり、もっと何かできたのではないかと後で後悔しました。取り逃したもんなあ。

男の子を虐待している母親も目撃しました。
この母親はいつも男の子を泣かしていました。
男の子は見かける度に母親に腕を引っ張り上げられて公道であろうと通路であろうと引きずられて泣いていました。
男の子は小学校3年生くらい。
エレベータで一緒になったときも泣いているので、「どうしたの?」と聞くと、本当に悲しそうな顔して声をあげて泣いていました。しかし、母親は無言で男の子の腕を無理やり引っ張り上げて、強制的に途中の階で力技で引きずり降ろしてしまいました。

この子はお父さんといるときは楽しいそうにしていて、お父さんが仕事でいない時間帯に母親といる時、常時、泣いているという印象でした。
そのおうちの前を通ると、男の子の本当に悲しそうな鳴き声をよく聞きました。近隣の人と「通報しようか」と相談し、心配していたところ、その一家はどこかに越していきました。

何もしてあげられなかったなあ、と無力さにため息が出てしまいます。

かっこいいスタイリッシュな「きれいなお姉さん系」のお金にも恵まれていそうなお母さんが大勢の人が闊歩する公道に泣き叫ぶ赤子を放置して、その様子を動画撮影している場面にも遭遇しました。

「何をしているんだよ」と思いました。
自分が将来、介護が必要になったときに息子に同じことをされたらどんだけ悲しいか、考えもしないのだよね。

友達や旦那に動画を送信して、「こんなに泣いちゃってる」とかコメントするんだろうか。子供に手間がかかっていることが腹立たしい? きれいなお気楽なお姉さんにまた戻りたいのか? 産んでおいてそれはないだろう、と感じるのですが。
自分の想定したものでない「赤ちゃん」を持てあますあまり、子供が泣き叫んでて母親を求めている状態を意地悪な顔で動画撮影してしまうこのおしゃれした女性の本質は何だろうなと思いました。

悪魔か?
あほなのか?
軽薄なのか?

自然の摂理は「赤ちゃん」「子供」をその者に与えて、成長を促す。

どうか、成長してくださいな。
悪魔から人間に。人の親に。




虐待は心の病です。
親を治療する必要があるケース、虐待する親から子供を保護する必要があるケース。

少子高齢化を国が憂うなら、せっかく生まれてきた子を宝として育てられる環境つくりが必要です。

インバウンドでモノが買われ、サービス提供が金を生むことだけ推進しても国は豊かになりません。

生まれてきてよかった、と子供たちが思えるような国として虐待親問題は保育園整備と並行してしっかり取り組むべき子育て社会の課題です。

なんで子供を殴ったりするんだろう
なんで子供の成長を阻害するのだろう

その親もまた、ろくでなしの系譜の中でそんな大人にたどり着いたのか。

1月22日から通常国会が開かれますが、
国民の幸せ実現のために、本当に必要なことを各党にはしっかり審議してもらいたいものです。










by yoshi-aki2006 | 2018-01-14 11:28 | 人間考察 | Comments(0)  

黙って去っていく人こそを恐れよ~怒ってもらえるうちが花~鈍感さんにはわからない人が静かに怒る時

先日、人に誘われてあるお店に行った時のこと。
開店前に行くのも野暮なのですが、予定より早く着いたのですね。
店主はこの寒いのに、外のベンチで待つように言うので、「こりゃ、ダメだな」と思いましたが店を予約した人の顔をつぶすのもなんだと思い、言われた通り、待つことに。

すると一分もしないうちに今度は中に入ってくださいと案内されました。さっきの対応は何だったのか? きっとあまり頭の回路がつーっとつながっていないのだろうと思いました。そういう人の作る料理は知れているなあ・・・。ますます、「この店はきっとまずい」と確信が。

案の定、値段は二流、味は三流といった具合で、ほうほうのていで退散することに。

店の作りが小さいのですぐに満席になり、その日、初めて行く知人は「満席なので・・」と断られたそうですが、そこをなんとか、と予約したお店とのこと。

我々が食事している間も一名の予約打診の電話がかかってきましたが、その電話の対応を聞いていて、「あ、こりゃ絶対だめだな」と感じました。

私なら、予約してくれた客を断らないで上手につなぐけどなあ・・・と。ぐずぐずの交渉の果て、お客さんが寄り切って来店を受け入れた店主。

私たちが早く食べ終わったので、そのお客さんは別に恐縮のていでなくても、入れるわけです。
私たちは「どうもどうもご馳走さん」と笑顔で退席。店主も私たちの笑顔を見て、満足気でした。でも、店を出た私たちの感想は「あんな店、二度と行くまい」で一致。一度でこりごりです。


しかし、本当の問題は40歳前後と思しき人がこうやって曲がりなりにも店を持てる今という日本の現実でしょう。少子高齢化で前の経営者が高齢で撤退し、店舗物件は出てくる。
低金利で融資先に困っている金融機関から金も借りやすい。
あるいは親が裕福なのか、脱サラ組なのか、はわかりませんが、大した修行も積まず、生半可なものを作って出しても、いっちょ前に店主に納まれている。
店があるから客は一度はまぐれで足を踏み入れる。しかし、二度目はない。笑顔で去っていくだけ。

こういう店主の10年後。今のまま行けばきっと立ち行かなくなると思う。するとその時、店主は50~60歳。

10年後といえば2027年。リニア中央新幹線効果で外国人がたくさん来て、珍しがってお客さんとして来店してくれるのだろうか。そうであればいいけれど・・・・。

店だけでなく人間関係でも笑って去っていく人こそ、恐れたいと思います。
私もきっと昔、若気のいたらなさで、心ある人にげんなり感を与えて笑顔で去っていった人もいたろうな、とこの年でようやく思います。怒られたりした記憶は残るけど、笑顔で去っていく人のことは気を付けて振り返らないとわからないものです。

そのことに気が付くようになるのは自分が笑顔で去ることをするようになったからです。自分も以前は怒ったり、意見したりしていたなー、と思います。

今は笑顔で去れるようになれました。

こちらから「オフ」にした人間関係の例としては、

「お仕事紹介してください」
「お仕事の悩みを聞いてください」

こんな風に人を頼ってくる人にろくな人はいない、というのが私の結論で、それは私の能力、器量が足りないからだと思いますが、本当に仕事が欲しいなら、人を頼って紹介を請うのではなく、人から指名される努力が必要ではないか、と思い、その延長のもろもろにももはや、対応は不可能と思い、決壊前にオフすることに。

思い返せば、その人にはずいぶん以前にお仕事を紹介したことがありました。
すると「相手先から連絡が来ない」だの「いついつは予定が入っているので打ち合わせ日は××日がいい」だのさんざん面倒な話が持ち込まれ、「あー、めんどくさっ」と思いました。
挙句、仕事が決まっても報告はなく、仕事当日に現場で私が「さあ、これから登壇」という神聖な時間につかつかっと近寄ってきて、「今回のお仕事の請求書、どこに出せばいいんですか?」と言われたのでした。

脱力~とはこのことだな、と思いました。

こういう人とはかかわらないに越したことはないのですが、こういう人は人の間隙を突くのがすごくうまく、「あー、嫌な目にあった~、早く忘れよっ」と思っている間は音沙汰がなく、忘れてしまった頃にしれっと連絡してくるのです。

ある時は「ランチしませんか? 」でした。「木村さんならたくさん素敵なお店をご存じでしょう?」というので「えっ?私があなたのためにランチのお店を探すわけ?」と死ぬほどびっくりしました。そもそもランチするほどの仲なんだろうか? 
たまーに共通の現場で接点がある程度なのに・・・・。

「あなたが行きたいお店がいいんじゃないの? 素敵なお店が見つかったときでも、また声かけてよ」と婉曲に断ったつもりでしたが、「××はどうですか? ▽▽はどうでしょう」と聞いてきて、適当に流していると「××日に予約入れました」とメールが来ました。

「ま、どうせ出かける用事があるし。ランチくらいなら」と予定した前日になって「実は私に予定が入ってダメになりました」とメールが。

ずいぶん、大物さんです。

私だったら、先輩先生にこんな大胆な予定変更は恐れ多くてとてもできませんが、彼女にとっては私はママ友程度の感覚なんでしょう。ずいぶん、親しみを持っていただいたものです。
どうも、実現性が感じられないイベントだと予感はしていましたが、それにしてもびっくり。ああ、これでもう完全に縁が切れたなと喜んだランチ事件。

以降、出来るだけこの人とのかかわりは避けていたのですが、
間隙突き名人はその後も
「着なくなったお洋服ください」だのなんだの、講演の前であろうと急ぎの用の途中であろうとあり得ないアプローチをしてくるくる。そして、断り切れない用事を作って呼び出した挙句、お勘定は絶対に自分のお財布から出さない。

もはや、これまで。時間泥棒、善意泥棒、お金、仕事すべてにマイナス。

さすがの私もついに笑顔で去る作戦決行。

大喧嘩したり、意見したりするより「笑顔で去る」ほうが上策ということにやっとこの年で気が付いた次第です。

相手は私が便利だから利用しているだけ。
私が利用できなくなったらまた、別の人を頼っていくのだろうと思います。

笑顔で去る。そして二度とかかわりを持たない。
忘れる。

相手にも忘れてもらう。

お店であれば二度と行かないという選択が取れるのですが、相手の頭の回路が利用しやすい人=ターゲットに向かっているため、忘れてもらうには時間がかかります。

波が引くように静かに引いていった人がいたなら、気が付かないうちに何かしでかしてしまっていたのかもしれません。

自分も省みたいこと。

「人に何かを気付かせる役目を果たしている」と考えれば大物さんの存在にもある意味、感謝です。










by yoshi-aki2006 | 2016-12-21 20:52 | 人間考察 | Comments(0)  

粋な人、野暮な人、残念な人~人は年齢ではなく行動で見る~


いやはや、いやはや!

忙しいです!
トランプ政権誕生後の筋読みで要人の行動、発言を追いながら講演するのって、口内炎になるくらい頭が忙しく、脳みそ沸騰。これを言葉に直し、個々の銘柄に落とし込んで、60-90分の講演ストーリイにレジュメにし、講演するのは全力疾走アスリートみたいな感じになります。

しかも、筋を書く人たちは見破られないよう、最後の最後まで筋読みされないように行動しているところがあるので、難しいですね。

さあ、夜、一つの講演が終わり、次の朝講演が始まるまでの夜ご飯。
エキナカの立ち食い寿司に立ち寄ったのです。

金曜日夜遅めともなると込み合って行列もできていたのですが、ふと、カウンターを見ると、飲み、食べも終わって、追加注文もないようなのに40歳代らいの会社員数名が、酔いもあってかぐだくだ、くだくだ、とぐろを巻いている・・・・。お待ち人数はどんどん膨らんでいるのに、まるで気にする風もなし。

思わず「野暮だねえ!」と思っちゃいました。

「ささっと食べて、ささっと飲んではけようぜ」とか、上司みたいな人が言えば粋なのにねえ。
残念!

と、その時、

「おい! ふざけんじゃねえ! この野郎。なんだお前!!」と団体職員風のこちらも40歳代くらいの男が気色ばんでるんです。

一体、どうしたのかしら?

と見ると高校生くらいの若い女の店員さんがお客様の確認をしているのに、自分が最初にカウントされなかったことを行列の先頭にいた男が怒って抗議しているようなのです。

「俺が先だろ! ふざけんじやねえ!」

これから寿司を食べようって時に何を野暮な声を上げているのかしら?
全く、粋じゃないわねえ・・・・。

一応はそれなりの人に見えるのに、何だろう、としげしげとみてしまいました。

こういう人は職場ではおとなしいんでしょうけど、ちょっと状況が変わると、豹変するタイプかな?

それ以上、女性店員に絡むようなら、

「ちょいと、おにいさん、何、大きな声だしてんの?」くらいは言ってやろうと思いましたが、それ以上は何もなかったので、まあ、こちらも黙っていました。

さて、翌日。
朝活セミナーが終わり、老舗和紙屋に千代紙を買いに立ち寄ったのですね。
すると!

そこにも野暮なお客さんがいました。
千代紙の売り場を二人のアクティブおばばさまが独占。私も含むほかの人も「千代紙、見たいなあ」と背後からちらちら、そわそわしているのに、「あら、これもいいわね」「あら、あなた、こういうのもあるわよ」と場所を独占。

仕方なく、端っこのほうで、ホルダーを順次見ていたら、そこに片割れのおばばさまがやってきて、金地に招き猫の図柄の千代紙を見つけ「あら、猫のがあるわよ」とお友達おばばさまに。私がホルダーを上げて、招き猫の千代紙を取りやすいようにしてあげると、「ありがとう」もなく、お友達おばばさまのところにそのホルダーを持って行く。

はあ~、粋じゃないわねえ、先輩女性としてもう少し、素敵なお作法をお見せいただきたかったわとと残念な気持ちに。

「千代紙はホルダーごとレジにお持ちください」とホルダーに表記されてあるのに、全部、抜き出してしまうおばばさま。

この世には二タイプの人がいて、一つは「ああ、あの人みたいになりたい!」という姿を見せて教えてくれる人。もう一つは「ああ、こんな人にはなりたくない」という姿で教えてくれる人。

どちらもありがたい現神様なんですって。

今回の全員に共通するのは、「野暮」

つくづく粋な人になりなさいってことを教わった気がします。

人は自分の姿で誰かの役に立つ。

私も「昨日はバリバリ滑舌が良かったけれど、今日は滑舌悪かったなー」と思うことがあります。そういうときはその後の登壇者を引き立てたんだ、と思うようにしています。006.gif

さあ、12月4日は名古屋に行き、13:00から講演です。

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東京での講演が二件。

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頑張ります!









by yoshi-aki2006 | 2016-12-03 22:10 | 人間考察 | Comments(1)  

情報収集のコツ~人の話を聞く力~同じ情報でも100倍生かせる人とそうでない人がいる!

話すばかりでは成長できない。聞く側に身を置いて、聞く側がどんなことを聞きたがっているのか、身をもって体験しよう!

というわけで、とある大手セルサイドのイベント・プロモーションで株式投資関係のセミナーに潜入してみました006.gif

まず最初に登壇されたのは40歳代の女性課長。
声がよく通り、聞きやすい!
話すテンポもちょうどいいですねえ。落ち着いていて安定感があり、いいぞぉ~!
外見力も地味ながら知性的でアクセサリー、髪型もGOOD。フリーランサーにありがちな(私もだ~)いかにも出がけにヘアケア商品塗りたくりましたなどの「いじりまくりました」感がなく、自然です。

体格がよく、姿勢もよく、貫禄一歩手前で踏みとどまっているところが旦那さんとの仲は良好なのではないかな~などの想像もわき、(貫禄ベースに比重が乗っかっている場合、旦那さんを意識しなくなっているとみなせるため。踏みとどまっている感がある場合は、旦那さんの視線を多少、意識していると想像して・・・006.gif)

が、あえてアラさがしをすると、通り一遍、つるりんとしたプレゼンで、「これではうーむ、とっかかり感がないかもなあ」と思いました。私も講演の時、気を付けなくては!!

理由は会社が大企業で安心感があるからなのかな???

安定感が停滞感になってはいけないので、ビリビリした電気を利き手に伝え、電流を流さなくてはなりませんね。崖っぷち感がない分、停滞感にもつながりかねない安定感がでてしまうのかも。
うむうむ、勉強になるぞ~! thank you berry match!

次はゼロから起業した若手創業社長登場!(お仕事で大変お世話になっている社長さんです!)
自分で起業して一部上場企業にまで育て上げた今、まだ40歳代の社長さん。もはやレジェンド。

彼のプレゼンでは電流出まくり。

とても参考になり、重要なことをずいぶんインプットできました。

さて、聞く力について。

セミナーの会場設営者側の意識の問題かと思うのですが、
途中入場者を真ん中の空いているお席に案内するため、
話に聞き入っている時にはとてもつらいものがあります。

私も遅れることがありますから、遅刻される方の立場も気持ちもよくわかるのですが、少なくとも話が佳境に入っている時に真ん中座席に座ろうとしたり、案内者が真ん中座席に座らせようとするのはいかがなものかと感じました。

真ん中座席に早々と荷物を積み上げて、絶対、真ん中座席に来てほしくないサインを出している人もいますが、それも社会性がない行為だと感じるため、私はなるべくしないようにしているのですが、主催者は頃合いを見て、途中入場者を座席に誘導すべきです。

それはバレエやフラメンコ、音楽などの催しにも言えること。
遅れた場合は後ろで控えたり、モニタールームで見て、頃合いを見て、会場座席に座る社会性が欲しいですね。

それとレジュメに書いてあることをしゃべっている、と飲んでかかって、携帯、スマホをいじり始めたり、ガサゴソガサゴソ、音を立てて荷物の整理を始めたりする人が少なからずいます。

新幹線車内やお芝居などの舞台でもガサゴソ音を立てて、お菓子などの袋を取り出す人がいますが、ほかの人にとってはノイズですよね。

人が話している時はちゃんと聞かないと(これは自分にも言い聞かせたいフレーズです)。

こんなに気分散漫では大切なポイントを聞き漏らすのではないか、と自分で自分に問いかけたいものです。

創業社長のお話の中にはたくさんの重要情報がちりばめられていました。しかし、社長の癖で、笑いながらサラッとおっしゃるので、ともすればたわいもないことのように聞こえなくもないのです。聞く力がない人はそれを聞き漏らしている。だから大切なお知らせを聞き漏らしたことにすら気が付かないまま、そうそうと帰り支度をして、まだ、お話が続いている最中に時計を気にして帰ってしまう。

社会性がないなあ・・・・。と、思います。

もちろん、自由社会ですから、「帰りのバスが無くなる!」とか「今日は用事がある」という事情で帰る場合もあろうかと思います。

しかし、「あ、だいたい分かった」みたいな帰り方は話し手に失礼であるばかりか、自分のためにも「せっかく時間を費やしたことの見届け」不足であるかもしれないのです。

ちゃんとしっかり聞く。
聞けたことは何だったかを顧みる。

その作業ナシでは何度、人の話を聞いても何か残るとか、次に生かせることはないのではないかと感じました(私も気を付けなくては)

耳は二つ。
口は一つ。

話す以上に聞く力が大切です。

というわけで、聞いたことを咀嚼して自分の栄養に換え、これからの聞いてくださる方に還元すべく、これから準備に専念です!

12月3日朝活セミナーのお申し込みサイトが完成しました。
概要がご覧になれます。
ぜひ、お時間がありましたらお出ましくださいませ!
http://irforum.jp/irseminar/161203/












by yoshi-aki2006 | 2016-11-17 10:24 | 人間考察 | Comments(2)  

酒飲みの品格

秋本番。日本酒のおいしい季節になりました。
おいしい秋魚と日本酒。
あるいはチーズとワイン。
いろんな組み合わせで食事とお酒のバリエーションが考えられ、料理を作る人は腕の見せ所でもあり、食べる人の喜ぶ顔がうれしいご馳走となり、市場に行く楽しみも倍増です。

さて、今日は酒飲みの品格について書きたいと思います。

私はものすごい酒豪に見られることがあるのですが、実はそんなに強くはなく、お酒をわざわざ外で飲みたいほうではありません。疲れている時、ちょっとお酒を口に含むと体の筋肉が緩み、呼吸が楽になるので家にある酒を飲むことがあります。また、人に紹介してもらってたまに足を運ぶようになった店でまったく利害関係のない人とおしゃべりするのは頭がシャッフルされるので、時間があれば行くこともあります。

だから、酒席がそんなに多いわけではありません。

しかし、時には何かの会に呼んでもらって「飲み会」に顔を出すことがありますが、その席でいろんな人のなくて七癖、酒癖を拝見して、
「ああ、いいお酒の飲み方だなあ」と思う人が居る一方、
「こりゃあ、酒乱だな」と思う人を見かけることもあり、酒飲みの品格について考えるようになりました。

食事を一緒にすればその人の育ちと人柄がわかり、
酒をともにすればその人の本性、本心を知ることができるといえるのではないでしょうか。

品格を感じるのは飲んでもどの人とも等間隔で淡々と接する、開けた酒の飲み方をする人です。
前途洋洋という言葉のとおり、その人の前には朝の海、夕の海が広がっており、太陽は前方にあり、それを見据えて、視野広し。そんな酒の飲み方をする人を知っていますが、その方は一部上場企業の社長になる前も、なってからも退任されても、ずっと酒の飲み方が変わりませんでした。
そして、お相伴させていただく席で末席に座っている私のような若輩者にも、ポツリと
「木村君、健康診断は何歳の時には年二回にしたほうがいいよ」というような貴重なアドバイスを言ってくださるのです。

ああ、ありがたいなあ!

今でもこの方を尊敬しますし、その方のような酒の飲み方をしたいなあとあこがれます。

しかし、そういうお酒の飲み方をする人ばかりではありません。
政治家にタバコ飲みは大勢居ても酒は警戒して飲まない人が多いと聞きます。
彼らは言葉が命取りになることをよく知っています。
不用意な言葉ひとつで政治生命の危機にさらされる例はしらふであっても多いものです。酒の席でふっと漏らした本音が刃となって人を襲う例を見てきているわけですから、酒席を警戒するわけですね。

酒は人の隠している本音、本性を暴いてみせる力を持つ、毒にも薬にもなるものです。
それを知るか知らないかで人生が違ってきてしまうことを酒の機会が多い人ほど知らなくては成りません。

専門医の酒乱の定義は酒の席で一度でも人を不快にさせる飲み方をした場合、だそうです。
酒を飲んで人に絡む。
暴れる。
店に迷惑をかける。
一緒に飲んだ人に嫌がられることをする。
セクハラをする。
裸になる。
モノを壊す。盗む。
ゲロしたり酒をこぼしたりして周囲を汚す。
酩酊して人に介護してもらわなければならなくなる。
だれかれかまわずおごられ酒、たかり酒をする。
会計の時の金勘定が汚く、狡い。ちなみにきれいにさっと金を払う人に酒癖の悪い人はいませんね。

男でも女でも気をつけなければなりません。

だいたい酒飲みはさびしがり屋で、誰かにかまってもらいたいのです。
一人で飲んでいりゃいいものを、それじゃ寂しいということで誰か相手になってくれる人を探します。
自分がおいしく酒を飲むために少しでも惨めな自分を忘れさせてくれる相手がいい。
豪華なメンバー、かまってくれる人、座持ちのいい人が飲み相手であって欲しい。
よく行く店に相手にされていないとか好かれていない場合、「ほう、なかなかご立派な人と飲んでますね」といわれたい。だから、できるだけ名士や有名人と飲みたい。

あつかましい酒飲みはそういう人を見つけるや、ことあるごとに「行きましょ、飲みましょ」と目をつけた人を誘うわけですが、酒癖が悪い人だと知れてしまうと、だんだん相手にする人は少なくなります。

酒乱が嫌われる理由は、自分本位であることに尽きますが、
酒乱は酒の力を借りなければ自分の憂さ晴らしができず、しかも酒から醒めるとけろっとして、人からその時のことを指摘されても「私はそんなことを言っていません」「やってません!」と逆上し、反省がない上に居直るから、一緒に飲んだ人は踏んだりけったりに感じるのです。

酒の力を助っ人にしないといいたいことがいえない。
酒の力を借りないと思っていることを吐き出せない。
おまけにその目的が遂げられるとケロッとしている。

これが、まさしく酒乱の特徴です。

酒を飲んで車を暴走させる。論外な行為ですが、その本性は反社会性であり、人なんか自分の快楽のためにどうでもよいと思い、そうしないと自己評価が保てないわけです。

酒乱に絡まれると金を払い、時間コストを費やして、しかも不愉快な目にあうという三重苦に見舞われます。その時間、そのお金を別のことに費やしたほうがよほど有意義だったわけです。貴重な人生時間を無駄にした後悔に地団太を踏むことになります。

さて、会社やサークルで誘われて飲み会に参加した際の酒乱との接点を避ける方法として、一番よいのは二次会にはけして行かないこと。これが一番の予防法です。

酒乱は一次会ではまだおとなしくしています。
が、一次会で絡めそうな人を値踏みしていることがあります。
日頃から、「あいつ気に食わん」と思っていたり、今迄は優位に立てていたことが相手の昇進などで、立場が逆転したような時などに、うらやましさが爆発し、それが酒の魔力で一気に噴出します。

で、二次会からやにわに絡んだり暴れたりし始めるのです。

まず、どんなに誘われても、二次会は行かないことです。
女性なら、美人であるとか、出世しているとか、稼ぎがいいとか、旦那が昇進したとか、家が金持ちとかで男や女の絡み酒のターゲットになりやすいですし、
男性なら、美人の奥さんが居る、夫婦仲がいい、本人が上司に引き立てられている、学歴が高い、人にモテる、などの理由で絡まれます。

もし、絡まれてしまったらまじめに返すと険悪になるのでできる限り、アホ、ユーモアでからかい返すことです。

そして、私の今までの経験では酒乱だな、と感じた相手とは以降、絶対に飲まないことだと思います。

誰でも大なり小なり、なくて七癖、どこか人よりおかしい部分は持っていますが、「この人、ちょっとおかしいな」
と感じた人からは一目散に逃げ、二度と席を同じくしないこと。コレが危機管理には有効です。

そういう人はそれを察してわざと「今度、こういう人と集まるんだけど」「ちょっといい店を紹介します」と綺羅星を混ぜて誘ってきたりします。

株式投資と同様に煙が見えたら逃げよ。
それが鉄則です。見切り千両。惜しいとか思わず、ばっさり切る。それにつきます。
不毛な人間関係に時間とお金を投資しない。株式投資とまったく同じです。

なまじ情けをかけるから、ますます迷惑をかけられるのです。


さて、株式市場。
また、怪しい景色が仄見えてきましたね。中国経済減速、ユーロ減速、アベノミクスこの先、不透明。出口がない時、いつも作られる中東危機。シリアを爆撃し、険悪になるアメリカとロシア。

困った時の中東危機演出。本当にマンネリ三文芝居に思えるのですが。

by yoshi-aki2006 | 2015-10-04 13:35 | 人間考察 | Comments(0)  

幼くて愛を知らず~自分しか愛せない人々考

先日、新幹線に乗っていた時のこと。指定席をチェンジする時間がなく、ええい、と飛び乗った自由席で目撃した親子ずれです。
子供は一時もじっとせず、はしゃいだり、かと思うと兄弟でちょっとしたいさかいごとをしたり、飛び跳ねたり、ぐずったり・・・。まあ、見ているこちらが目を回しそうな状態でした。

さて、その子供たちのお母さん。若い女性でしたが、子供が逸脱するとたしなめはしますが、仏様のようにやさしく子供をゆるく腕の中に抱き泰然としていました。

若いお父さんのほうも、同じように静かに子供を見守っており、子供はそうした両親に心底、くつろいでうれしそうにしているのでした。

その姿を見ていて、なんだか、こちらのほうが深く癒されました。そして、久しくこうした親子の姿を見ていないなー、と思いました。
私が目にすることが多いのは、「美・STORY」片手に子供なんかほったらかしのやたらおしゃれなママや、子供が泣こうが騒ごうが無視してずんずん憤然と先を歩くママ、頭ごなしに威圧的に人前で平気で暴言を吐いたり子供の腕を引っ張ったりするママなど、およそ新幹線で見た泰然としたゆるやかな優しいお母さんとは違う、獣の匂いのするママたちです。

虐待されて亡くなる子供が後を絶ちませんが、彼らのママたちも、子供がちょっとぐずるとタバコの火を押し付けたり、粗相をしたり、ご飯をこぼしたりするだけでブチ切れて殴り倒したりする獣以下の人たちでしょうか。

新幹線の中で見たママなら、「ほら、ケンカしないでねー」と優しく子供をいさめられるだろうになあ。鬼のようなママと彼女では何が違うのかなーと、考えさせられました。

たぶん、鬼ママたちはボタンのスイッチ一つで目的を達成してくれる自動洗濯機ような子供を求めているのでしょう。そして、そうはいかない生の子供にブチ切れるのでしょう。自分の思う通りに行かない現実に慣れていないのだと思います。

製品は顧客満足を追求してつくられるため、どこまでも快適ですが子供は思い通りになりません。消費生活しか体験していないから、快適でなく思い通りにならないものとの遭遇でパニックになり、狂らんし、激しく憎むのだと思います。

新幹線で見たママはどんなふうに育ってきたのかな。
泰然としていられるにはたくさんの思い通りにはならないものの中でゆるやかに自分を育ててきたのでしょう。

快適な状態で大人になってしまった人々はできるだけ思い通りにならない世界を体験して、その中で微笑みながら、人を許容しながら自分を保っていられるようにレッスンしなければなりません。でなければ、獣以下の悪魔になってしまいます。

快適消費生活の中で集団催眠にかかったように導かれ、自分を王様、女王様に仕立て上げるものしか必要ない、自分しか愛せない人がひしめき合う憎しみの世界にたどり着く。そのことを新幹線ママの姿から教わった気がしました。

本当の王様、女王様は人の幸せを願い、その実現を手助けしようと心を配る人であると思います。
そんな王様、女王様なら素敵なんですけどね。

by yoshi-aki2006 | 2011-12-02 11:05 | 人間考察 | Comments(0)