カテゴリ:人間考察( 109 )

 

一年前の自分

Dさんはアラウンド私と同じ年恰好。
会社を経営されている「しゃっちょ」さんです。
そんなDさんと私は一ヶ月に1~2回、勉強会で顔をあわせます。

そして、「あー、一年前の私だ」とDさんを観ていてそう感じるのです。
まず、勉強会だからみんな忌憚なく意見をいい合う。
一年前、私も結構発言していました。
が、KYになることも多かったのです。そのときは分かりませんでしたが、今はDさんが身をもって示してくれています。教室で社長をやってしまう。
私も一年前は教室で「センセイ」をやってしまっていました。

しかし、その場には期限付きで文書を仕上げなければならない人もいる。
そんな人にとっては、教室の「社長」や「せんせい」の不規則発言でなく、ちゃんとした先生の話を聞きたいわけです。

今、自分が「仕上げなければならないもの」を抱えて教室に行くわけですが、「しゃっちょ」が会社の社長室にいるのりで発言するのを時に「KYだなー」と感じてしまうことがあります。

そして一年前の自分を思い出します。
一年前、自分も平気でKYでした。

ちょっと年かさの人がフラットな場所で疎んじられる1つの要因は自分の知ったこと、培ったことを自分の個別のスタンスでフラットな場所であるにもかかわらず、
自分のそれまでの人生で獲得したステイタスにのっかって発言してしまうことでしょう。

これで若者に反発されてしまうんです、きっと。ババー、ジジー、だまっとれと。

このミスマッチを何とかするにはできるだけ話すときにうまく船を出さなければならないわけですが、私なんかは出たとこ勝負におばさん喋りをしてしまうんですよね。

ま、順番にいろいろ勉強していくしかないんですが、それにしても神様はすごいなー。ちゃんと鏡を用意してくれるんだもん。鏡を見て、自分の身だしなみを質していくしかないんだよね。

Dさんも来年、自分に似た人と出会うことでしょう。えへへ。
Dさんからはもう1つ、自分を見つけました。
ビジネスの戦場から教室という敵の少ないフラットな社会に来た当初、ものすごく緩むんですよね。ほっとする。で、若くなった気がする。
楽しくなる。ラクになる。
その緩み方が端から見ているとなんか場違いな感じがする。
どうしてでしょう?
きっと私もいろいろと観られているでしょうね。

自分のことは人を通してしか観られない。
厄介だけど、だから、人は人を求めるのかもしれませんね。
いろんなことを学ばせてもらっています。ありがとう。

by yoshi-aki2006 | 2009-11-26 15:41 | 人間考察 | Comments(0)  

反面教師 イタイ思いから学ぶリーダーシップ論2

人を呪わば穴二つという。
無為淡々。恨みを徳で返す。
人の去就にまつわって「なるへそ、なるへそ」と強く学ぶことがあった。

一つの教訓は人の悪口は絶対言うまいということを学んだ。

ある人が先日、失脚した。
みんなからNO、を突きつけられた。

私はその人のことを最初から胡散臭いやっちゃ、と思っていたが評価に値しない人物だし、歯牙にもかけていなかった。自分とは何の接点もない人だ。好きも嫌いもない。関係のないよそのジーさん。そんな風に思っていた。

その人はまったく付き合いのない人のことをあしざまに言っていた。
「あの人はどうこう」「この人はどうこう」
言われた人の耳にはいつか入る。

その人の失脚物語に人の悪口をいう人間性が無関係とは思わない。

その人の一派も駆逐された。1人はたった1070円くらいの経費のことで人をいじめていた。嫌がらせをしていた。重箱の隅をつつくようなことをしていた。自分は高給をもらい、冷房のかかった快適な部屋で、自分の邪魔になる人だと思えば世間では立派な人をオイコラ式にやっつけていた。

その人はわずかな金額で人を苛め抜いて、1000倍にして恨みを返された。

その人の例をまじかに見ていて、「人に嫌なことをすると1000倍、万倍にして返されるんだな」と思った。この人に同情は覚えなかった。「自業自得だ」と思った。

善行を積もう。反面教師から教わったことはそういうこと。

彼らはいまだ「私は偉いんだ」と吠えている。
会で呼んだ有名講師の講演録をあんちょこにして自ら講演もしているのだという。
夢のない74歳と72歳の爺様たち。

人の人生とは? と強く考えさせられた年嵩の人たちの失脚物語。
人の残念な姿からも私たちは学べる。ああはなりたくないということを教えてもらえたのだ。
神様、ありがとう。夢のない小汚い爺様たちを見せてくれて、私は大切なことをたっぷり学びましたとも。

by yoshi-aki2006 | 2009-08-11 00:18 | 人間考察 | Comments(2)  

人はパッと二度見!

人はパッと見! といいます。
第一印象が大切と。第一印象の比率がその後の人物評価の7割を占めるというから大変です!

なんとかパッと見を良くしなくっちゃ!

でも! 

パッと二度見が実は大切なんじゃないかと思いますねえ!

というのも先日、携帯を買いに店に行ったら、ものすごく一生懸命な若い元気な女の子がいたんです。一生懸命説明してくれるので「買うなら、この販売員さんから」と心に決めて、一週間後に店に行くと・・・・。

どよよよよーんとしてて、「はー?」みたいな腑抜けモードだったんです。まったく売る気なし、説明する気なし、あんた誰よみたいな対応でした。がっかりして「と゜うしたの、今日は元気ないじゃない」というと、へらへらへらーとしている。もう、ホントにがっかりしました(結局買いましたが)

人は二度見。
パッと見では失敗します。

私は最近、二度見で相手のことがよく分かるようになりました。

あとは軌跡見ですかね。

足跡を見てどういう人かと。チャート分析時系列です。

で、ポイントアンドフィギアで馬力を見る。
最近上り調子かどうかはRSIですね。

足跡でその人の戦略性の有無を知る。
ボラティリティはその人の戦術性をあらわす・・・。

ところで、今日はがっかりがもうひとつありました。
長年、評価していた職員さん。
最近、キャパオーバーだなとは感じていました。
が、今までは自分に実害がなかったので職場の彼女のキャパオーバーをつい忘れていました。

そしてそして・・・。

今日は、彼女の一杯一杯の辛い部分を触ってしまったようで、それを知る機会と遭遇してしまいました。

そして、土下座で謝罪されても、許せない言動を聞いてしまったのですが、
人は一杯一杯のとき、そのことの失礼さも分からなくなってしまう実例を見ることになりました。

別件でお会いした人と四方山話になりました。

その方は「私も謝られても許しません。口先で謝る人はまた人を
裏切る。だから、許さず、二度と交際しないほうがよい」と断定されました。

そうだよな、と共感しました。

人は自分の都合の中にはいてくれない。
パッと見は自分の都合よいイメージでみがち。
二度見は一回目との整合性を見てどこが軸かを知れる機会。
そして、逆切れする人は本性むき出し。

むき出しにはむき出し。

久しぶりに狼になって月夜に吠えまくろうかな。
あいにく来週は朔で空は暗いけれど。

by yoshi-aki2006 | 2009-06-20 01:22 | 人間考察 | Comments(4)  

女道の歩き方

相手はフレンドリーだ。
口でも私に親切なことを言ってくれる。同性として好きだとさえ言ってくれる。

が、しかし。

どうにも腑に落ちない行為がある。ささいなことなのだけど、相手の心のあり方が、その一瞬のささいな行為のかけらからズバーッと分かることがある。

それは稲穂が茂る畑に風が吹いて、一瞬、さーっと道が出来るときのように、笑顔の向こうのその向こうにある相手の私に対する核心が非常によく見えることがある。

それが見えたときは、相手のレーダーから消えるに限る。

要するにねたましいわけだから。その人が平穏な気持ちで生きていくのにジャマッケなサンプル。そう思われているわけだから。

また、露骨に「アンタなんか私、歯牙にもかけていないのよ」と無視していることをしめそうパフォーマンスをする人もいる。金持ちの娘なのに、スタイルはいいのに、学歴も高いのに、収入も高いのに、何かが欠けている気がするのかもしれない。

その勿忘草みたいな立場に立たされているような気がしたら? 相手が疲れ果てるまで知らん顔するに限る。

前者の例も後者も不思議と綺麗な輝いている女性からはそうしたシグナルを感じたことがない。

コンプレックスの強い人たちの女道はそうして歩いていく。

by yoshi-aki2006 | 2009-06-05 11:52 | 人間考察 | Comments(0)  

しょうがないオッタンたち

何が困るって、一端了解したことを「いや、そんなことは言った覚えがない」と言い出す人。

「聞いていない」「そんなことは言った覚えがない」

よく答弁などでそういうフレーズをいう人がいるが、ハタで聞いている分には「まあ、人間だから覚えていないということはあるだろう」と思ったりする。

が、自分がそういうフレーズを聞く側の当事者になると、ホント、困ったものよのう、と思う。

私は最近では2回、そういう人と遭遇した。

「分かりました」といわれて、こっちはすっかり一仕事終わった感。楽ショーとビールでも飲んでくつろぐ。

直前になって「いやー、そんなこといったっけ?」と。
「は?」

あまりのことに茫然自失の法善寺。
って、どうなってるのー?
相手は百戦錬磨のシニア層。

ある人はすぐさま書面をつくり、発言内容に間違いないとはんこを押してもらうようにしたそうだ。
「オレ、そんなこと言っていない」ととぼける役職者があまりに多いから。
「いえ、アンタ、この日にはんこ押してますもんね」とつめると
「えーっ、オレ、こんなこといっていたんだ」と言った本人が驚くんだって。

私の場合は70歳台の人の話を真に受けて動いた後で
「そんなこといいませんよ」といわれてものすごくショックを受けた。
で、「忘れられましたか、あの日、こうおっしゃったのですが」と確認したものの、
「いやー、言いません」とおっしゃるので後始末した。ものすごくたいへんだった~。

また、その後別のシニアに。

「分かった、了解した」といわれたのでラクショーとピール。
すると「どうなったの?」と別ルートから問い合わされた。

あ、やられた。

話をてんこしゃんこにするために私をあんこにしたな。

かくも人間相手は難しい要素が多い。

みんな偉いなあ。

中間管理職の人たち。きっと私の1000倍ほどやーな思いをしてシニアと付き合い、若手を使い仕事回しているんだ。

歳をとって一ついいことはシニアにとぼけられても前みたいに逆上しなくなったこと。
しょーがないオッタンたちだ、と、こっちも対応する。

ホントにしょーがないオッタンたち。

シニア図鑑の狸と狐さん。
それも山の賑わいだ。

by yoshi-aki2006 | 2009-04-29 14:02 | 人間考察 | Comments(0)  

思考の畑を耕す午後

ながら仕事の合間に見たテレビに衝撃。
派遣切りにあい、住まいも仕事も失ったAさん(48歳)密着ドキュメント。
せっかく仕事のクチが合ったのに「相部屋ですか・・・・。それに給料も安いし・・・」と応じず、ただで振舞われるご飯情報を求めて必死に駆けずり回る・・・。

Aさんの考え方にものすごくショックを受けました。

相部屋でもなんでも飛び込んで働けばいいじゃん!!

たぶん、Aさんは「相部屋で窮屈な思いをして、いくらもらえるか分からないのに、飛び込むだけ損」という考え方なのでしょう。

損得勘定。

街でただで振舞われているご飯を逃すのは損。

食べそびれるのは損。

だから食べに行くし、その情報収集には駆けずり回る。

状況を変えると、こういう人はたくさんいますね。買う気もないのに、デパ地下で試食しまくり、得した気分を満喫。もらえる権利にはすごく敏感。

ただで使える資源、若さ、美貌、性、ヨイショ、くすぐり系の下心ある笑顔を武器に相手からの親切、好意を無限に引き出そうとする要領のいいピンクのきつねさん。

たとえ、どんなにおいしそうなものが振舞われていても、それをただ食いする目的で驀進する人間にはなるまい。

どの世代にもあつかましく、卑しい人はいて、そういう人があらゆる手段を使って利権に巣食うんだろうなあ。

「行き場のない、ある種、気の毒な人々」ということを考えても、深く深く考えさせられる。棺おけのふたが閉まるとき、惜しまれるような、死後にもその人の光が人を照らして輝くような人生を願わくば送りたいと思考の畑を耕してみる休日の午後。

by yoshi-aki2006 | 2009-04-05 12:09 | 人間考察 | Comments(2)  

女のガッツリ度お手並み拝見

ガッツリとはどういう意味だろう?

ガツガツ浅ましいさま?

しかし、食いつきが悪いと飢えてしまう場所に居る場合、それはそれで見事な能力といえる。
ガッツリとは、ガツガツしているんだけど、しっかりしているという意味もあり、しっかりガツガツしているさまを言うように思う。ここではその意味としよう。

まず、私が「おー、ガッツリを感じるぞー」という瞬間をあげると、医師、弁護士など社会的地位が高いと思われる、しかも、若いその手の男性の横に必ず座る女性がいる時。
たくさん席が空いているのに、いつも若い「師」や「士」の横に陣取り、「先生~」と黄色い声を発す。

ある女性は上目使いに。
ある女性は胸の開いたカットソーで。
ある女性は鼻の穴を「師」や「士」に突き出して。

「ほほー、やっとるやっとる」と私は思う。
なんで、彼女たちは「師」や「士」の横に座りたいんだろう?
得になりそうな人とそうでない人をものすごく選別して行動する。
なんか、そうすることで得できると思うのだろうか?
それとも相手の学歴や社会的地位にコンプレックスを感じるからだろうか?
「師」や「士」とアイコンタクトが取れると自分が一目おく相手から認められたと感じ、快感を得られるからだろうか?

傾向としてだいたいがあまりキレイでない年増な女性に多い。
これが若い子がやる分にはガッツリ感はあまり感じない。
年増がやるからあざとい感じがするんだな。

食にガッツリしているケース。
ある場所で珈琲や飲料、お菓子が出されていた。
私たちは別の会議室で会議をしていた。お菓子や飲み物は別のグループに供与されているものであった。

私たちの会議の休憩時間、A子さんは「これ、飲んでいいの?」と誰にとも無く聞き、熱々の珈琲をゲットして会議室に帰ってきた。そして私とA子さんはお互いの珈琲を見て、「あんた、ガッツリしているわねえ」と言い合った。

私はこのカテゴリーでガッツリしているクチだ。

知にガッツリしている女性も居る。いつも何かというとW子ちゃんが噛む。
勉強会、研究会、プレゼン、本読み会。

いつもW子ちゃんの姿がある。

すごい。

ところで、W子ちゃんは別として、ガッツリ女同士はお互いを嫌いあっているような気がする。
なんてガツガツあつかましいんだろう?
リアルにそれが分かるのはたぶんガッツリでひっくくると同類だからだ。

ガッツリいくわよ。

ひょっとしてそれ女性の本質かも。

by yoshi-aki2006 | 2009-03-23 22:49 | 人間考察 | Comments(0)  

高齢者にみる若者の原型

日本には素敵な人が増えたと思う一方で、
時々、70歳以上の高齢者の行動にびっくりすることがある。
私の住まいの近所にはご高齢のかたが多く住む。
駅に近く、商店も多く、マンションも多いため、夜でも明るくて治安がよい。あまり事件事故、火災の類が発生しない。適度に高級住宅地も点在し、それなりに文化度、オシャレ度も高い。
住みよいところだと思う。

40歳くらいでこの地に住み始め、70歳を過ぎた今もマンションに1人暮らし、というようなご婦人。

30年前というと日本は後期高度成長期前後。都市部にマンションが建ち始めた頃で、その頃、そうしたマンションを求めようという気概の女性といえば洋裁などで身を立てた人、化粧品店、小料理屋、バー経営などの水商売といった職業で資産形成をした人ではないかと思う。

そうしたかたたちが現役を引退して年金生活者になってこの地で暮らしておられる。

今日のびっくりは正月用品の買出し客でごった返すマーケットでのこと。台の上でひとしきり荷作りを終えた80歳前後のご婦人が荷物ができたのでほっとしたんだろう。市場の買い物籠を籠ケースに戻さないままその場を立ち去った。ここの売り場ではこういうケースは多々ある。するとその後にやってきたやはり80歳近いご婦人が、まったく何の関係もない人々に向かって、「誰だよ! こんな籠、ちゃんとしまわないとダメじゃないか」と啖呵を切ったと思いきや、籠を思い切り籠ケースに投げたのだ。

頭に毛糸の帽子。色の付いためがね。スパッツ履きのそのお姿は全身黒ずくめ。

この威勢のよさは傾向として酔客をさばいてきた人によく見られるよな~とチラチラ見ながら、それにしても、こういうような人をどっかで見るよな~と考えながら私は家路に向かう。

今の若者にもこういう言動の人がいる。

原型はここにあったのか。70歳~80歳というと戦争体験者の世代に当たる。おばあちゃん、親、そして私たちの三世代が何か、根本的に踏み残している「領域」があることを感じる。

それが何かを考えているところだ。

公衆ルールとか他者への接し方とかそうした共通のこつこつとしたものを積み上げるのを忘れて、高度経済成長というモーゼの杖で拙速に成熟国家を迎えているのだとしたら、今、積み残しがなんなのか、振り返るいい時期なのかもしれない。

by yoshi-aki2006 | 2008-12-29 05:16 | 人間考察 | Comments(2)  

理想の男性最前線から「藤正太」削除の巻

そうだ、理想の男性の話をしよう。

「近いかな」と思って読んでいた日経新聞朝刊の「望郷の道」の藤正太。

が、正太はサキに誘われて浮気した。

サキと付き合い、しかも、女将さんにばれた。
ばれた後、女将さんに謝りもせず、謝ったらサキに悪いと開き直り、800円を持ってサキの元に走り、いないとそれを持って帰って金庫に入れた。

うつくしくな~い!!

もうダメ。正太は愛せない。
男なら、女将さんが抜き身で3つの竹人形を斬ったシーンでふんどしひとつになって庭に出るべき。そして、「お前、俺を斬れ」と女将さんと対峙すべき。

そして、真剣勝負で見つめあい、女将さんが泣き崩れたところで、抱きしめてわびる。
それが男というものだろうがっ!(違うって、佳子さんと私の男学の先生から言われそう・・・)

代わりに「いいかも!」と気になりだしたのは戦争で負傷して帰ってきた弟。
彼っていいかも!

もうちょっと見守ろう。
それにしても、女が惚れる女将さん。
女将さんも浮気しちゃえ?!

by yoshi-aki2006 | 2008-07-25 00:03 | 人間考察 | Comments(2)  

付き合い考

ねちこい人。
私がもっとも苦手とするタイプだ。

特にねちこい初老の男性が苦手だ。

どうしてか、そういうおじさん以上おじいさん未満がくっついてくる。
携帯を持った「おじさん以上おじいさん未満」は夜昼関係なくかけまくる。
飲んではかけ、出張先からかけって頻度。
たいてい無視して出ないようにしているが、それでも共同での用事があるので、つい出てしまう。
携帯で話しだすとこれが長い。途中で切ろうとしようものなら大変だ。
「まだ話が終わっていない」「ちょっと待って、話の途中です」という具合。
ねちこい君は付け入るところを見つける。
たとえば「なぜ、会議に欠席したのか」と延々と説教、とか。

詰問が続くあまり、ついに、女性なら誰もがあまり言いたくない体調不良を明かすことになったりする。それも餌なのか? そう思うと腹立たしい。

ねちこい君に何か頼むと大変だ。事前事後に携帯プラス面会。

小さい頃、お母さんとの関係でなんかあったんだろーか?

そして、たびたびセクハラ発言がある。

「あなたはうちの奥さんよりずっと若いし・・・」(何の関連性があるというのだ?)
一緒に行動すると
「周囲の人に僕たちどう写っているのかな?」(誰もそんな発想はしないって)

「段取りしてくれる?」と依頼されてセットした会議で決定したことをすぐひっくり返す(私の面子丸つぶれだろーが)

るる百害を感じるのだが、切ると意地悪攻勢が始まるのでうっとおしい。

かまって君。
子育てをしてこなかったツケを社会に還さないとな。
そう思うこともあって、育ち上がりの遅い人の面倒も見るべきなのか、と思ったりする。

世のビジネスウーマンもこうした人間関係の海を泳いでいるんだろうか?
切れずに「あきれる」ってきれかたもある。
とりあえず、「あきれて」しまえば、「ねちこい君にかすめとられた時間の痛さ」に沸騰した気持ちの建て直しは図れる気がする。

by yoshi-aki2006 | 2008-07-24 23:16 | 人間考察 | Comments(2)