習い事教室選びのポイント

オフ時間をどう使うか。人それぞれだが、運動系のactivity(活動)は健康維持に欠かせない。
私はヨガ、ピラティスを10年以上続けてそれを実感した。コロナで自宅すぐの教室が閉鎖になってしまったのは残念だったが、バレエやフラメンコ、ベリーダンス、フラダンスなどの舞踊系のactivityは継続している。
いずれも駅近で通いやすく、教室としての機能も充実で長続きしている。

教室選びで立地はとても重要だ。どんなに優れた先生が教えてくれる教室でも通い辛い場所に位置していると長続きしない。
会社、自宅の近くで教室を探そう。

開催日時が自分の生活に合うかどうか。
会社からなら会社の近くの夕方以降のクラス。
自宅からなら土日昼間などの開催が充実しているところ。

欠席した時の振替機能や、月謝などの費用面の適正性、心付けなど忖度系の教室独自の徴収慣習、イベント開催頻度などもチェック。
チケット制だったりすると自分のスケジュールに合わせて参加できると感じる人もいるだろう。
1986年から始まった派遣法などによって今は正規労働者と非正規労働者の割合でいうと女子の二人に一人は非正規労働者である。
所得は伸びず、ボーナス、退職金もなく働いている女子が高額な月謝をねん出し、イベント毎に衣装、その他を準備し、忖度系の費用まで徴収されるようでは通うモチベーションは減退する。イベントがたくさんあり、都度都度、参加奨励なら費用面で苦労する。わざわざ発表会がない教室を選ぶ人もいる。

教室が目指していることは何か? それも吟味したい。
規模の大きさを目指している教室なのか。家族のようなアットホームな居心地の良い教室を目指しているのか。プロ輩出に力を注いでいるのか。
規模の拡大イコール質の充実かどうか。
もちろん質の充実は規模にかかわらず見なければならない。

ちなみに、フラメンコの場合、振付やフォーメーションも重要だが、最も重要なのはカンテ(唄)だ。
例えば日本の踊りでやすき節なのか黒田節かもわからず踊ることはないだろう。
なのでカンテで何がうたわれているかもわからず振付だけ夢中になって覚えても意味がない。
それぞれの教室でカンテ重視か、振付重視かの傾向がある。

いろんな教室の発表会を積極的に観に行き、生徒の状態を見ることも教室選びの参考になる。
例えばフラメンコの発表会なら、この中の何人くらいが本格的なパルマをたたけるかとか、いきなりブレリアを臆せず踊れる人が何人くらいいるだろうかとか。

ある教室のミニ発表会ですごい生徒さんがいて、客席で感心していたらその教室の方が「彼女は昼間は幼稚園の先生なのよ」と教えてくれた。教室主催者の先生はレジエンドでゆったりとした雰囲気の方だったけれど、こんなにすごい生徒さんがいるんだと思い、どんなふうに指導されているのだろうと思いをはせた。

舞踊団としてどんどん舞台に出ていく系の教室もある。スペインのタブラオに踊りに行くようなチャレンジも見た。生徒も舞踊団の一員になろうという人が集まるようだ。だから私のようなのほほーんと楽しく習いたい、通いたい場合は場違いだと思う。

教室主催者の先生が献身的に職人的にマンツーマンで教えてくれる教室もある。
ただし、マンツーマン教室の場合は覚悟が必要だ。
天才舞踊家のライブにしびれたとしても、そのかたに習うのは、のほほーん系生徒には恐れ多い。若くてこれからプロを目指そうという人が習うべきだと思う。

代行を担う人たちも見ておこう。感情に任せてレッスンに関係ない事柄で生徒を人前構わず罵倒したり人格攻撃をするような心得違いの代行もいると聞く。
正しい病というか本人の偏った思い込みに反発する生徒にはつい攻撃的になるのだろう。

私のように趣味として楽しめればいいなあ、健康効果も期待出来て、ちょっとしたイベント性もあって・・・・と思っている生徒にとってクラスでストレスを感じるのはごめんだ。何のためにお金を払って嫌な思い、理不尽、不条理、不愉快な思いをしなければならないのかと思う。

代行講師が会社の上司感覚で細かなことをいちいち口うるさくヒステリックに注意するようでは集う人にストレスを与える。
そういう代行に限って、踊りは小さく縮こまっていたり、おおらかさや明るさ、展望がなく息苦しく見苦しいのではないか。舞台はすべてを明らかにする怖い場所だ。

フラメンコはコンパスというリズムに乗って舞うが、コンパスがずれている代行からコンパスについて注意されたりすると生徒側はしらけるし、うるさく攻撃されると生徒は萎縮し、学芸会踊りになってしまうだろう。
教室を変わるきっかけはこうした代行が原因になることが多い。

教室を変わったいろんな知人に聞くとたいていは「意地悪な代行に辟易して」という理由を言う人が多い。
会社でも問題ある人を役職に就けていると、部下がどんどん離職し、しまいには会社が衰退していく。教室主催者は自分がライブなどで留守を任せる代行には目配りが必要だ。
自分に憧れてせっかく教室に集まってくれている生徒を大事にするならば、代行選びは教室運営の肝といえる。
そもそも教室主催者に賛同して生徒は來所している。代行が主催者の生徒にストレスを与えるなんてあってはならないことなのだ。

幸い、私が通っているバレエ教室では代行の先生は生徒にストレスを与えるような教え方は一切しない。
育ちの良さがこの人柄をはぐくんできたんだろうなというような素敵な代行だ。
だから年齢の高い人も安心してマイペースでレッスンに励んでいる。
主催者の先生以外に代行の先生のクラスも受講して教室を選ぶと間違いが少ない。

通う教室が定まったら、生徒心得も定めておく。
舞踊系はハマるとどんどんハマっていく。お金、時間、労力をつぎ込んで際限がなくなっていくことが多い。
人生、なすべきことは多いのに、舞踊系に多くの時間を費やした挙句、永久の素人以外、何者にもなれなかったことにはっと気が付いた頃、寿命を迎えることもある。


姑は日舞の名取となり、舞台に立って踊りまくっていたが、腰を痛めて老後に健康寿命を縮めた。
結婚後に舞踊系にハマって家に帰ってこずに離婚に至った人もいる。
離婚に至らなくとも、プロになるわけでもないのに舞踊に熱中し子供を産む時期も逸し、仕事にも差し障って、家庭生活も家族に我慢をしいていたりする。一体そこまでの熱狂は何なんだろう。のめりこみ方が激しい場合、夫が賭け事やゴルフなどに熱中して妻子を嘆かせるのとどこが違うのか、時には冷静に考えてみたい。

生徒心得として
仕事か家庭が第一なのか、舞踊が第一なのか、優先順位を決めておく。プロになるわけでもないのなら線引きは必要だ。
こうなったら辞めるというデッドラインを決めておく。
つぎ込む費用を決めておく。私立大学の学資ほどつぎ込むのか、国立大学並みの費用にとどめるのか。
見栄を張ったり競争したりしない。そうしないと際限がなくなる。楽しめる範囲にしておく。

いつでも日常生活に戻ってこれるようにしておくといい。

さて、ここからは一回完結の勉強会のお誘いだ。

【木村佳子の講演予定 お知らせ】
◆7月1日 リーガロイヤルホテル新居浜
14:10~15:10分 木村佳子登壇  新NISA活用とインフレ防衛資産運用

◆8月8日(木)札幌   主催/日本証券新聞社
お申し込みは会場名をお書きいただきファックス(03-3662-0361)までどうぞ
■会場:北海道自治労会館 5階 「大ホール」
  (所在地)北海道札幌市北区北6条西7丁目5-3
  (アクセス)「札幌駅」 西改札口より徒歩8分
■タイムスケジュール
12:30 開場
第1部 13:30〜14:20 エスプール(2471・東証プライム)
<10分 休憩>
第2部 14:30〜15:20 日本都市ファンド投資法人(8953・東証REIT)
<10分 休憩>
第3部 15:30〜16:30 木村佳子登壇  株式講演会
(終了後5〜10分 お楽しみ抽選会)

◆9月20日 徳島  主催/日本証券新聞社
お申し込みは会場名をお書きいただきファックス(03-3662-0361)までどうぞ
 【会場】あわぎんホール 5階 小ホール(所在地:徳島県徳島市藍場町2丁目14番地)※JR「徳島駅」より徒歩8分
 【タイムスケジュール】
 12:30 開場
 第1部 13:30〜14:20 上場企業IR
 <10分 休憩>
 第2部 14:30〜15:20 上場企業IR
 <10分 休憩>
 第3部 15:30〜16:30 木村佳子 株式講演会
 (終了後5〜10分 お楽しみ抽選会)
 


# by yoshi-aki2006 | 2023-06-25 12:47 | アンテナ | Comments(1)  

病院で死にたくない~終末医療に疑問がいっぱい

実母が大動脈解離。老人ホームから緊急搬送された。こうなるとたいていは二日以内に亡くなると聞く。
そこで親族は病院に。
ところが思うようには会わせてはもらえない。
遠方、やっと時間を作ってようよう病院にたどり着いたとしても、「先生に聞かないとわからない」とナースステーションで言われてしまう。
「予約のある方しか会わせられない」。
その予約を取ろうとすると受付の電話が込み合っていて長々待たせられる。
やっと病棟ナースステーションに問い合わせてもらうと「先生に聞かないとわからない」
その先生はというと今日はいない。この繰り返し。らちが明かない。

重篤な日には5秒ほど顔を見ることができたが、別の日はナースステーションで「先生に聞かないと」と止められ、その先生はまたもや留守だった。

その日、「個室に患者さんを移動させてなら会わせられる」その個室は一日2万円。いったんその個室に移るともう元のベットには戻れないのだそうだ。
退院するまでその一日2万円の部屋にいなければならないという。
面会日だけその個室に移すことはできないのだそうだ。
実母は齢95歳。
もういつ何時、万一のことがあるかもしれない。
そこにいるのだから、手を振るくらいの面会も駄目なのか。

病院の言い分もわかる部分はある。
コロナがまた増えているので、部屋に面会人が入ってその病室で万一コロナが発生し、重篤な人や亡くなる人が出た場合、収拾がつかない大影響が出る。
だから、部屋に人を入れることはできない。
ごもっともだ。

しかし、やはり病院には不備があると思う。
面会室という個室に患者を一時的に誘導し、透明シートかなにかで防御したうえでせめて手を振るとか、顔を合わせるくらいのスペースを作ればいいのに。
地獄の沙汰も金次第とばかりにその病院では3つしかない一日2万円の個室に入りぱなしでいいなら会わせられるとは。

病人にとって家族が励ましに来たということがどれほどエネルギーになるかを考えてないんだ。
その日は前々から食べたがっていた昔ながらのブドウを探し出して持参したが、食べるものはだめという。

不用意にそういうものを食べて万一のことがあればと病院は思うのだろうが、死期の近い親族にこの世の名残にブドウをわずかでも口に含ませてやりたいという思いは病院側が立ちはだかってかなえさせない。

姑の時もそうだったけれどコロナが流行ってからなのか、その前からなのか、病院で亡くなるということは「不自由」を余儀なくされる。こんなことってありなのか。病院はヒエラルキーがはっきりしている組織で指揮系統がはっきりしていて、入院している患者にもその家族にも組織自体が強権を持つ。
家族の命を人質に取られているようなもので、親族は病院とかかわる以上、その強権に従わざるを得ない。人道上のロジックが容易には通じない。
家族や自分の終末を病院で迎えるかどうか、本当に今一度よく考えなければならないなと思う。

自宅で家族に看取られながら、亡くなる。その死に方のほうがよほど本人にとっては充実した終末になるのではないか。
あれダメ、これダメ。そしてヒエラルキーのトップである医師に聞かないと何も決められない現場。
家族を盾に取られて、カネ次第で事情が変わってくるのは一体、病院とは何なんだろう、と立ち止まって考えなければならない。
実母の場合、95歳という年齢なら死亡退院の可能性が高いのに、そのわずかな時間に家族と会わせる発想が病院にないのはいかがなものなのだろう。

そして、家族はただでさえ家族が病気で打ちのめされている場合が多いのに、「病院」という「不自由」がさらに追い打ちをかける。嫌な思い、悲しい思い、悩ましさには病院という組織の在り方やあれダメこれダメの対応からくるものが実は多いのではないか。

ちなみに母は息を吹き返し、一度は重篤な状態であったが持ち直した。
あと一か月か二か月入院したら(30日と60日では随分と開きがあるが)、老人ホームに帰れるかも知れないという。
ちなみに60日入院した場合は120万円。
第一連絡人になっている長男の采配があるので、嫁に行った私が勝手には決められないが、なんとも複雑な思い。
終末医療の在り方を病院経営者はよく考えてほしいものだ。

私は病院で最後を迎えたくないなあと思う。
最後位、好きなものを食べて好きなようにして死にたい。

いや、ほんとに病院で死にたくはないとつくずく思った次第。
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# by yoshi-aki2006 | 2023-06-11 00:46 | 事象観察 | Comments(0)  

成功し続けるには打たれ弱さの克服 鈍感力が必須

市川猿之助さんの今回の件。
水面下でどんなことがあったかは分からない。
しかし、騒動の原因といわれる週刊誌報道に限って言えば、死ななければならないようなことですか? と思った。

記者会見を開いて、「私、酒が入るとキス魔になってしまうようです。反省しています。いい舞台を見せますので、それに免じてご容赦ください。今後はこんなことのないように励みます」とわびれば済んだことではないだろうか。

打たれ弱いのが本当に残念だ。

もっとも、一丸となって舞台を務めなければならないのに内部に裏切者がいるかのような状態が耐えられなかった、という気持ちになってしまったのは分かる。足元が崩れ落ちるような無力感を味わったのだろう。

一説には破門になった役者がリベンジとしてこのネタをチクったとも聞く。
破門になった者の恨みはこうした形で仕返ししてくるのはこれまた世にはよくあることだ。

破門!
とする前に人としてひざを突き合わせてなんでアンタがダメなのか、こんこんと言って聞かせることがあってもよかったかもしれない。
しかし、そこまで猿之助さんが老成していなかったのかもしれない。

お前とはもう組めない!!

相手にそう言い放って縁を切るとする。相手は納得していない。
人は一生、どんな人でも承認要求を持ち続ける。
承認要求をこじらせると人はとんでもないことまでしでかして、それを満足させようとする。

時にはそういう火の粉、炎の直撃を受けることがある。
成功者の多くは一度や二度、そうした経験で痛い目に合う。

しかし、そんなことに打ちひしがれてはだめだ。
返す方法もある。
交わす方法もある。
鈍感力でしのぐ手もある。

市川猿之助さんにも打たれ強さが求められる。
芸の完璧を目指そうとするエネルギーで自己像の完璧を求めてはならない。

現実の人間なんて大なり小なり、テレンコテレンコしているものだ。
仕事の時にピッとすればいいではないか。

厚みを増した市川猿之助さんの復活を待つ。

さて、私もピッとしなければ~。
26日は兵庫県三田のプレミアホテル内ホールで講演です。
詳しくは動画概要ランでご確認くださいね。









# by yoshi-aki2006 | 2023-05-25 08:57 | Comments(0)  

LGBT法案を巡って政治家の姿勢があぶり出されてきた

LGBT法がどうやら成立しそうだ。
心は男で体は女。
あるいは心は女で体は男。
そういう人たちを人権の観点から多数派である心は男で体も男、心は女で体も女の人たちと平等に生きる権利を認め合いましょう。
人として皆平等。
人権という観点からはほとんどの人たちが理解できることだろうと思う。

さてはて、しかし。
問題はここにはあらず。

問題は心は男、体も男の人が「私、心は女なんです」と装って女性トイレに入ってきたらOKですか、という点だ。
女風呂に、女性更衣室に入ってきてOKですか? 自分だけでなく娘、孫の着替えている部屋、化粧室に入ってきても親として、祖父母として大丈夫ですかという点である。

国会で法案が承認されたから、受け入れなさいと言えるか。

あるいは最近では女性も男性に合意のない交渉をせまり未成年にそれはないだろうと逮捕者が出ているから、女性が男性トイレ、更衣室度に入り込み、「私は心は男だから気にしないで」と言いながら好みの男性を心も体も女の人が物色する狼藉もあるかもしれない。

人類はみな平等。だから性的マイノリティの人も肩身の狭い思いをせずとも人権の観点から、堂々と生きていける社会にしましょうよ、という論点とは全く違う文脈で拙速に通してはいけない法案なのだ。

リンク先の記事にもあるように「学校教育でこうしたむつかしい問題点をどのように教えていくのかを担保しない法案には反対する」と自民党の採決現場から退席した政治家がいるという。
中曽根弘文元文科相だ。立派だと思う。

わかりやすい記事
わかりやすい記事 保守系議員反対

故安倍晋三元総理も「この法案のどこがダメなのか、保守政治家を育てようとしてこんこんと説明してきた」という。
そんないきさつを記事にした週刊誌もあった。
そこで批判されていたのは稲田朋美さんだという。
稲田さんといえば安倍晋三氏が引き立ててきた政治家だ。
一連のいきさつは百田尚樹さんの動画で知った。



百田さんの話を補強する動画も見つけた。
とても冷静に語られている。
https://www.youtube.com/watch?v=l4-mKWLDv4A&list=LL&index=1
上記は小川栄太郎さんの動画である。

こうしたいきさつを聞くとどういう政治家に投票すべきなのか、考えさせられる。

今一度、自分や自分の家族の安全、安心を考えて国を作ってくれる政治家は誰なのかを考えるべき。今年、選挙があるならなおさら。
ちなみに岸田総理は今がピークかもしれないという見方もしておかなくてはならないだろう。
一寸先は闇。来年、ひょっとしてこの法案の拙速さが後悔される何らかの事態が起こって選挙民から猛烈にバッシングされる可能性だってあるかもしれない。
株式市場と同じで一寸先はだれにもわからない。

というわけで講演会のお知らせです。

★5月22日(月)北野誠のズバリ! CBCラジオ出演
ラジコで「北野誠のズバリ!」を検索していただきまして二週間ほどの期間、聞いていただけます。ぜひ、ご視聴くださいね♪


■5月26 ( 金 ) 兵庫県三田市
主催/日本証券新聞社  お申し込みは会場名をお書きいただきファックス(03-3662-0361)までどうぞ


●5月30日東証会館 
主催/日本証券新聞社

■6月1日 ( 木) 洲本
主催/日本証券新聞社  
お申し込みは会場名をお書きいただきファックス(03-3662-0361)までどうぞ





# by yoshi-aki2006 | 2023-05-21 06:05 | 時事 | Comments(0)  

高倉健さんと独居高齢者問題

高倉健さん、享年83歳。 今から9年前の2014年11月10日に亡くなった。
ドキュメンタリー「健さん」をつい最近、観た。いい作品だった。観てよかった。
ちなみにアマゾンプライム会員なら無料で観ることができる。

この映画の監督は日比遊一さん。
日比遊一さんがあとがきを引き受けておられるのが森功さんのこのタイトルの本。
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一読してなるほど、なるほどと思った。

というのも高倉健さんが亡くなってから、「謎の養女」が高倉健さんの住居、10台ともいわれる愛車、大切に専門家にメンテされ続けていたクルーザー、そして江利チエミさんとの間にできた水子(江利チエミさんの健康上の理由からこの世に生まれてこなかった子供)の墓までも破壊しつくしたことが報道されていて、その情け容赦ないやり方に批判があり、「どうしてそんなことになっているのだろう」とずっと気になっていた。

しばし沈黙していたその養女がこの数年、立て続けに「高倉健さん」本を上梓し、タレントのごとく芸能プロに所属し、健さんネタでテレビや雑誌に登場している。
ふとテレビでその養女を見た時、正直な感想をいうと「胡散臭い人だな」と思った。
過去、高倉健さんと噂になった女性らとは全然タイプが違う。
それに男女の関係になったとするには高倉健さんの年齢面で首をかしげざるを得ない。

森功さんの取材によると、高倉健さんは65歳を過ぎたころ、かなり真剣に家政婦さんを探していたそうだ。
確かに身の回りの世話をしてくれる人が必要だったろうと思う。
付き人、運転手、スケジュール管理。
そうした人なら芸能界などにつてを求めれば探しえただろう。
しかし、洗濯や食事の世話、布団を干したり、家の中を定期的に掃除してくれる人、必要な品を買い出してくれるような人はなかなか見つからない。
高倉健さんは私生活を明かさない人であったから、家政婦派遣所みたいなところを利用するのもはばかられたのだろう。
そういうニーズを知るやこの養女はまずは「家政婦」として高倉健さんのフィールドに入り込んだようだ。

彼女に高倉健さんが「化粧をしないでください」といったと彼女は著作で明かしている。

おそらく「僕は家政婦を求めているのであって、あなたに女を求めているのではない」「女として迫ってくるのは控えてほしい」という高倉健さんの意思表示ではなかったか。

養女に今も強い批判があるのは、高倉健さんの全財産を「養女であるから」という法的根拠を盾に一人独占していること。高倉プロの代表に収まり、高倉健ビジネスで稼いでいること。
容体が悪くなっても親族に連絡せず、死に目にも会わせず、火葬場にも葬式にも立ち会わせていないこと。死後、すぐに自らが奨めたといわれるコマーシャルのスポンサーの会社に乗り込み、コマーシャルの継続をさせていること。これはお金の問題からだといわれる。
養女になった経緯も首をひねらざるを得ないところがあること、などだ。詳しくは森功さんの本を参照していただければと思う。

私なりに推理すれば
容体が悪くなったときに親族に連絡すれば、健さんのことだ。妹さんやおい、めい、親戚、かつて世話になった人に財産を相続させようとしただろう。
「俺が死んだら、こうしてほしい」という要望も出したはずだ。

そんなことをさせたくないために絶対に会わせたくなかったのだろうと想像する。
健さんのことだから世話になった家政婦さんにもそれなりに何かを残そうとはしたのだろう。
しかし、彼女を唯一無二の後継者にするような考えはなかったと思う。

何故、家政婦を養女にしたのかの経緯はいろんな記述を参考にすると、病気になった時、泊まり込みで病室で世話をするには親族でなければならない、ということからと思われる。

「もし、病気になった時、世話ができるのは親族でなければならないそうですよ」と健さんは知らされ、「ならば養女という形を取るか」となった。そして、世話になった家政婦にいくばくかの財産わけという件も税金などを考えると「養女であるほうがよい」とのことで、養女にする手続きが進んでいたのだろう。

しかし、その養女が「私は健さんと17年、愛の生活があった」とか「最後はこんなだった」とか本に書きまくることを望んだろうか? 
養女が高倉健さんの財産を独り占めし、高倉プロの代表者になり、芸能プロに入ってタレント活動のようなことをし、高倉健さんのことをしゃべりまくり書きまくることを望んでいただろうか?

「僕のこと、書き残してね」といわれたと養女は主張するが、本人が亡くなってしまっているため真相は誰にも分らない。

ただ、高倉健さんの愛人だったと世間に匂わせることは養女にとってはものすごく大きな武器になる。「私はそういう特別な存在だったんです」と主張することは本の印税やテレビ出演など、カネを生み出す装置として有効だし、もとは女優だったそうだが売れずに消え、複数の離婚歴もあるとのことだが、幸せな結婚生活も送れず、その後、ホテルライターとして活動していたという。
「有名人が泊まった部屋に私も泊まった」それをステイタスの高揚感そのままに記述されていることから有名人が好きな方のようである。

健さんは「女優」への警戒は忘れなかったといわれる。
噂になるとすぐ、関係を切ったそうだ。
だからこの養女は健さんが亡くなるまで雌伏していた。
家政婦といえども噂になると切られてしまうことを警戒していたものと思われる。
そして、健さんが「事実はそうじゃない」といえない今になっての華々しい活動ぶり。
それがすべてを物語っている。
この人は健さんの七光りを利用してかつて女優としては不完全燃焼だったリベンジをすべく、タレントとして再スタートしたい人なのか。
そう疑われても致し方なかろう。

独居高齢者は気をつけなければならない。
この世にはこの養女のような考え方の人が今後も登場してくるだろう。

映画「ミザリー」ではストーカーが作家を監禁し、その世話をして自己満足を得ようとした。
高齢者ビジネスのあるあるを描いた「パーフェクト・ケア」では「あなたは認知症」として富裕者を認知症に仕立てて全財産を没収し、悪太りしていく様が描かれた。
そして後妻業。独居高齢者に接近し、財産を自分のものにし、果ては命までも奪ってしまう。

高倉健さんにはこの3つの要素のようなことが起こったのかもしれない。

濃く厚く女優化粧し、おしゃれ染めを施しカットセットしたてのヘアで、「私は怪しくないですよ」「そして今、花嫁として語っています」とのメッセージを発信したいのか純白の衣装で高倉健さんとの特別話を彼女が語れば語るほど、怪しさが際立っていたテレビ映像。


ちなみに高倉健さんの残した財産は40億とも50億ともいわれる。
それを元家政婦が独り占め? このことだけでもあるまじきことだと感じざるを得ない。
因果応報を信じたい。


# by yoshi-aki2006 | 2023-05-03 15:42 | シンキング | Comments(0)